第12話 ありがとう

「えぇーっ!!」

 

 三年生へ進級したばかりの四月中旬。部活が終わり、帰り支度をしていた女バス部室内に大声が響き渡った。それは、女バス部室の前を通る生徒達が思わず足を止めてしまう程のものである。

 

「……まじ?」

 

「……うん」

 

 数人の女バス部員に囲まれ、一七五センチという中三女子にしては大きな体を小さく縮め、恥ずかしいのか、照れているのか、頬だけではなく耳まで熟れた鬼灯の様に真っ赤に染めた女子がこくりと頷いた。

 

「……まじかぁ……柏木かしわぎちゃんに先越されたぁ」

 

 柏木と呼ばれた女子を囲んでいたうちの一人がぺたりと部室内のベンチへと座り込むと、ぼそりと呟いた。

 

「な、なん、相原あいはら……あんたも秒読みね?」


 相原の呟きが聞こえた女子が、驚きを隠せない表情で尋ねる。

 

「……いや、ほとんど喋った事もない……」

 

「……はぁ……あんた……秒読みどころか……」

 

「……それ以上、言わんでやん花田はなだ

 

 呆れた顔をして、大きな溜息をついた花田。

 

「で、柏木ちゃん?どっちから?」

 

 話しの中心が自分から相原へと移ったと思い安心していた柏木へと相原が、また質問した。

 

「い……稲沢君から……」

 

「毎日、LINEとかしよるん」

 

「うん、稲沢君、習い事あるけん、そんなに出来ん時もあるんやけど……」

 

「楽しか?」

 

「……うん」

 

「惚気か?」

 

「……聞いてきたんは、そっちからやんね」

 

 柏木の反応を楽しむ女バス部員達。すると、そのうちの一人、白井しらいがぱしんと手を叩いて言った。その音に皆が注目する。

 

「よしっ、今度の日曜日、練習終わったら、柏木に彼氏が出来たお祝いをしようっ!!祝柏木初カレ記念パーティだぁっ!!」

 

「おぉーっ!!」

 

 

 

 そして、日曜日。午前中に行われた練習後、学校の少し先にあるファミレスに女バスの三年が集まっていた。

 

「柏木ちゃんの初カレ記念にかんぱーいっ!!」

 

 それぞれがジュースで乾杯すると、柏木へ質問の嵐が襲った。それに、顔を真っ赤にしながら答えている。それを楽しそうに聞いている白井。その横顔をちらりと中田が見ている。

 

 柏木の惚気話も一段落着いた頃、今度は別の話題へと変わっていった。中身は相変わらずの恋バナであるが。

 

「でも、最近さぁ、カップル増えたよね?バレー部の真田さなだ早川はやかわ、陸上部の三井みつい香椎かしい……」

 

「えっ、三井と香椎っち、付き合いよるん?」

 

 相原の話しに花田が身を乗り出した。どうやら、彼女は陸上部のカップルについては知らなかったらしい。

 

「うん、本人達から聞いたけん、間違いなかよ?」

 

「まじかぁ……三井って結構人気あったもんね。うちのクラスの女子も狙っとったみたいやけん」

 

「残念やね」

 

「あ、私じゃなかよ?」

 

「知っとる。あんたは一組の……」

 

 横から白井が花田の顔を覗き込む様にして言った。

 

「違うっ!!」

 

「なんね?まだ、私は一組の……しか言うとらんやろ?」

 

 意地悪そうな顔をして笑う白井に、花田が軽く白井の肩を数回パンチしている。

 

「痛ぁいっ、暴力はんたぁいっ」

 

 白井は花田から肩パンを喰らっても笑っていた。そんな様子を見ていた中田が、誰にも気付かれない様に、ふぅっと一つ溜息をついた。

 

 

 

「あーっ、楽しかったぁ!!」

 

 ぐぐっと背伸びをする白井。

 

 柏木初カレ記念パーティも終わり、皆と分かれた後、同小で近所の白井と中田が並んで歩いている。そして、今日の事を互いに話しながら歩いている時、ふと中田が歩く速度を落とし、白井を呼んだ。

 

「ねえ、白井?」

 

「なん、中田?」

 

 中田の方へ顔を向ける白井は、じっと自分を見詰めている中田に少し戸惑いを隠せなかった。そして、また中田が溜息をついた。

 

「もう良かっちゃない?」

 

「なんが?」

 

 そう言われた白井の瞳が動揺を隠せず左右に動く。そして、白井は、それを隠す様にすぐに笑顔を浮かべた。

 

「もう無理して笑わんでも、うちらしかおらんとやけんさ」

 

「はははっ、なんば言いよるん?うちは無理なんか……」


「知っとたよ……あんたが稲沢の事ば好きやったん」

 

 白井の笑顔が消え、くしゃりと顔が歪む。スカートの裾をぎゅっと握り締めている。そして、その白井に一歩近付いた中田が、そっとその手を握った。

 

「私の前くらい、我慢せんで良かとたい。私とあんた、何年付き合っとるん?」

 

「中田ぁ……私……私……」

 

「うん、うん」

 

「ずっと……ずっとさぁ……」

 

「うん、うん」

 

「一年の頃から……ずっと……」

 

「うん、うん」

 

「本当に……好きやったんよ……」

 

 ぽろぽろと大粒の涙が溢れては落ちていく。バスケ部の中でも小柄なその体を小刻みに震わせ、少し丸顔の可愛らしい顔を歪めながら、泣いている。

 

 中田は近くのバス停にあるベンチへと白井を座らせた。そして、何も言わずにずっと白井の手を握っている。

 

 しばらくすると、ぐしゅくしゅと鼻を啜りながら、タオルで顔を拭く白井。

 

「落ち着いたね?」

 

 中田が白井のぽんっと頭に手を置いた。

 

「アイス食べたい」

 

「まだアイスの季節には早かよ?」

  

「良かと……アイス食べたいの」

 

「しょうがなかねぇ……あんたの失恋記念にコンビニで奢っちゃるよ」

 

「ハーゲンダッツ」

 

「はぁ、まじで?」

 

「アーモンドキャラメルクッキー」

 

「ふふっ、しょうがなかねぇ。良かよ……奢っちゃる。それであんたが笑ってくれるならさ」

 

「イケメンやん」

 

「誰がね?!私はか弱い乙女ばい?」


 そう言うと、ふふっと白井が微笑んだ。それを見た中田はベンチからすっと立ち上がると、白井へと手を差し出した。

 

「やっぱイケメンやん」

 

 立ち上がり向かい合った二人は顔を見合わせて笑った。

 

「ありがとう、中田」

 

 コンビニへと向かい中田の隣を歩く白井が小さな声でそう言うと、中田はまた白井の頭をぐりぐりと撫でまわした。

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