(4)無力
「副部長と、先輩の何人かは違和感があったって、そう言ってた」
力を貸すと言ってもできることは限られている。佐々木先輩が詮索を拒んでいる以上、結局は周囲から情報を集めるしかない。周りのひとの話を訊いて分かることがあれば助言をする。それが落としどころだった。そして当日の様子を尋ねると南久保さんはすぐに答えを寄越してきた。違和感があった、と。
「違和感って?」
訊き返したのは神坂さんだ。本人は至って真剣なのだろうけど、どうにも能天気に聞こえてしまう。それは彼女生来の気質に拠るものだ。南久保さんは気にせず答えた。
「心ここに在らずって言うのかな。どこか上の空なところがあったって。言われてみれば確かにそんなだった気がするの。稽古は普通にしてたけど」
練習試合の前日……土曜日は特に変わった様子はなかったと言う。いつも通り練習をこなし終われば全員で士気を高め合った。佐々木先輩のモチベーションもとても高かったらしい。
「先輩、玉竜旗優勝を目標に掲げてたから」
「ぎょくりゅうき?」
オウム返しする神坂さん。南久保さんはくすりと笑った。
「玉竜旗高校剣道大会。七月に開催されるオープントーナメントのこと。うちは去年の大会で良い成績を残せなかったから。恋花ちゃん、これ前にも話したよ?」
「ああ、九州の大会だっけ? それってインハイより凄いの?」
「どっちが上ってことはないよ。でも玉竜旗は団体戦だから。みんなで勝ちたいって想いは強く持っててくれたんだと思う」
佐々木先輩が二連覇を果たしたのはインターハイの個人戦だ。団体戦での優勝を目指していたのなら確かにそんな気持ちもあったのかも知れない。その気勢がたった一晩で萎れてしまった。
「つまり土曜の夜に、何かあったってことだと思うんだけど」
「心当たりはないの?」
「副部長たちは、先輩が通ってる道場で何かあったんじゃないかって」
道場?
「佐々木先輩、学校の稽古とは別に昔から通ってる道場があるの。大学生とか警察官とか、強いひとがいっぱいいるようなところ。土曜の夜はそこに行ってたはずだから、何かあるとすれば……」
なるほど、と天井を見上げた。さすが全国制覇するぐらいになると練習量が違うらしい。部活の稽古が温いわけでもないだろうに、それだけ自分を虐め抜けるのは素直に感心する。
けれど剣道の稽古に理由があるとするなら考えられることはそう多くない。たとえば、
「怪我じゃないの?」
そう投げかけると、神坂さんが「だよねえ」と同意した。
佐々木先輩は夜の道場の稽古で大きな怪我を負ってしまった。今年度の大会どころか選手生命すら危うくなってしまうほどの大怪我だ。無理をして試合には出たけれど負けるはずのない相手にも負けてしまう。絶望した彼女は一線から退くことを決めた。
「ないと思う。そんな大怪我なら部員の誰かが絶対に気付く」
南久保さんは、きっぱりと否定した。
「隠している可能性はないの? 外から見て判らないような怪我だったら……」
「絶対にない。動きでわかる。それに先輩、怪我には人一倍敏感だったもの。私たちにも調子が悪かったから無理せず必ず言いなさいって」
後輩にそう指導しているからと言って自分が同じようにするとは限らない。良くも悪くも、立場や状況は簡単に前言を翻させるから。
「そんなことない! 先輩は自分で言ったことを自分で破ったりなんかしない。言ったことは絶対に守るひとなの!」
「さ、紗奈ちゃん。落ち着いて」
激昂する彼女を神坂さんが「どーどー」となだめた。南久保さんは、はっとして「ごめんなさい」とうつむいた。僕は「いいよ」と掌を向けながら内心では動揺していた。
まさかこんなに怒鳴られるとは。
見た目こそ裁縫道具が似合いそうなのに中身はしっかり体育会系らしい。そもそも全国レベルの剣道部に高校から入って脱落していないのだから気が強くて当然かも知れない。
(……いや、違うのかな)
強いのは佐々木先輩への想いだ。心の底から彼女を慕っている。心酔していると言っても良い。彼女に憧れて剣道を始めたのだから、それもまた当然なのかも知れないけれど……。
剣道部主将・佐々木京子。一体どんな人物なのだろう?
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