一年の始まりの日に

律水 信音

とある正月

 元旦、それは一年の始まりの日。

 忙しなく朝食の準備をしている母さん、婆ちゃん、伯母さん。こたつでぬくぬくと温まっているとおせち料理が次から次へとテーブルの上に並んでいく。みんなは何が好き? 俺は・・・栗きんとんかな。

「ふわぁ・・・眠い」

大きなあくびと共に横になってこたつの毛布を肩にかけて縮こまる。

のぼる! あんたも手伝いなさい!」

大声で台所からうるさく言ってくる母ちゃんを無視して完全にこたつに潜り込む。

 頼むならそれ相応の態度ってもんがありますよねぇ・・・。お年玉とか忘れてない?

「あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!」

リビングの引き戸を開けて、元気よくこっちがイラっとするくらいの笑顔で凛花りんかが挨拶した。その声につられて俺も顔だけこたつから出した。そのままの姿勢で俺も凛花に挨拶する。

「あけおめー」

「・・・あけおめ」

母さん達への笑顔が一転、じとっとした目で一瞥し、つぶやくように言った。そしてすぐ母さんたちの手伝いに向かった。

「凛花ちゃん、あけましておめでとう。手伝ってくれるの? ありがとうねぇ。誰かの息子とは大違いねぇ」


おめぇの息子だよ! ・・・ってツッコんだら負けか?


「いえいえ! 当然のことですよ!」

凛花はお世辞を言っている。もてなす方だから俺が働かなきゃダメなのか・・・? 雑念退散!! 無賃金労働反対!!



 それから二十分くらいで準備は終わり、お雑煮の香りをこたつの中で嗅ぎ取り体を出した。もう親戚はほとんど起床し集まっていた。一通り挨拶を済ませ朝食の後、バラエティ番組が一段落すると俺は部屋に戻って課題を進めることにした。

 正直、親戚の集まりは苦手だった。凛花は愛想よく親戚たちの話を聞きながら相槌を打っていた。・・・クソめんどいだけだろ。

 元旦は寝正月と言って寝続ける人間もいるらしいが、俺の体質状夜しか寝れないし、ゲームはテレビがないとできないから無理。家は漫画禁止になってるからこうなってくるとマジで勉強しかないわけで。寝てる奴は何なんだ? 初夢見に行ってんの? 


 課題に取り掛かろうとしたとき、部屋の扉からノックの音がした。


 誰だ? もしかして小学校に入学したらしい初芽はつめちゃんかな? この俺にお年玉をたかりに来たか・・・。

「どうぞ」

扉を開けて入ってきたのは意外な人物、凛花だった。


 凛花は目を合わせようとしないまま、無言で入り、扉を閉めた。

「どったの??」

凛花は何も答えず無言で部屋の小さなテーブルに折り畳みの将棋盤を置き、駒をこれまた無言で置くと、今度は相手しろと言わんばかりのジト目で見つめてきた。少しは俺にも愛想振りまいてくれよ・・・。

「え・・・やんの?」


 それから三十分くらいで三局目に突入。粘ってはいたが基本クソ雑魚の凛花から二連勝すると三局目の中盤でようやく口を開いた。


「最近どうよ」

「え、あー・・・特にないかな。同じクラスなんだし変わったことなんかねぇだろ」

「学校のことじゃないわ」

「え?」

「仕事の方」

「そっちか」

「あんたから聞くことなんてそれしかないでしょ。で、どうなの? の仕事は」

「モブばっかだけど、夏アニメの主役をもらえることになった」

「・・・へぇ、すごいね」

一瞬、手を止めた凛花は賛辞と共に次の手を打つ。


 俺は中学の頃からなりたかった声優になるために、専門学校に通っていた。努力の甲斐あってか去年は目立つ役ではないものの多くの作品に出演することができた。・・・ええ一年やったで。


「お前もすげーじゃん、この前の全国模試一位だったんだろ?」

そんなのすごくないとでも言いたげな暗澹とした表情でいる凛花。


 もともと声優になりたかったのは凛花だったんだよな・・・。




 中学一年生くらいだったかな。正月に俺が借りてきたアニメを一緒に見て、それから俺たちはアニオタになっちまって、「この声、あのキャラと一緒だね!」とか言って昔は微笑みかけてくれた凛花。俺は見ているだけで楽しかったんだけど、俺なんかより凛花はもっとアニメの世界にのめりこんでいた。

 そして凛花は声優という職業があることを知った。声優に関する雑誌や特集を買って来ては僕も一緒になって調べながら、アニメで声優当てクイズみたいなこともやった。だから声優になりたいという感情が思春期真っ盛りの俺たちの中にないはずがなかった。

 程なくして俺は家族に相談し、オーディションを受けることをを許可してもらった。元々何かをやってみたいといったことがなかったし、俺の母さんは割と楽天家なので軽いノリで了承してくれたが、凛花の家庭はそうはいかなかった。国立大学の合格を条件に出されてしまい、それから中学、高校と勉強の毎日なのだ。・・・でも全国一位はやりすぎじゃね?


 そんなこんなで俺は専門学校へ凛花は塾へと互いに時間の都合も合わずに疎遠になってしまった。だから会えるのは正月くらいなもんだ。


「なんでそんなに暗いんだよ!新年からそんな調子じゃ受験戦争を乗り切れんぞ、俺もだけど」

高校二年生の俺たちは、残すところ一年の高校生活なのだが、俺は仕事の都合もあるので出席できる日は限られてくるだろう。

「あと一年で高校も卒業だし、そしたらお前も声優になるんだろ」

「う・・・うん」

「だったら、もう少し笑いなよ。俺なんかと違って勉強頑張ってきたんだから。高学歴声優、超かっこいいじゃん」

「昇にはそう思えるかもしれないけど、私にはあるのよ」

やっとまともに喋りだしたと思うことより、何年かぶりに名前を呼ばれたことの方がよっぽど印象に残ってしまい、思わず凛花の眼を見た。


「なに?」

「いや、なんでもない・・・」

そそくさと目をそらす。久々に会うを続けていると女って生き物は容姿が会うたびに変わっていくわけで、いつの間にか可愛くなっちまうものなわけで、そんな凛花に見つめられるのは何だか若干の照れ臭さがあった。

 そんな感じで油断していたのもあったのかもしれない。聞こえるはずがない単語が俺の耳に飛び込んできた。



「王手!」


・・・・・・全国一位は伊達じゃないらしい。



 将棋の対局を経て多少の距離感の相違を改めることができた。

「んー、勝ったー。・・・ごめんね、愚痴っぽくなっちゃって。私

嫉妬してたんだと思う。どんどん遠くに行っちゃう昇に」

「ん? 遠くに行ってねぇえだろ? まぁいーよ、ストレスは発散しないとな」

「まだまだ、ストレス発散できてないんだけど」

「えー、我が儘だな。俺から勝利をもぎ取ったんだからいいだろ」

「まだ一勝しかしてないもん」

「じゃあ、カラオケでも行くか? 辛いときは歌うのが俺の法則上最も効果的だぞ!」

「今日元旦でしょうが」

「そうだった」

ちょっとだけ静寂が支配した空間でお互いに話題を探っていると、俺の頭の中で豆電球が灯ったようにナイスアイデアを思い付いた。


「なぁ、ちょっとだけ練習に付き合ってくれないか?」

そういって出演アニメの台本を手渡した。

「・・・嫌味かー?」

「違うわ! 純粋にやってほしいんだよ。それとも何か? まさか演じるのが怖いのかなぁー?」

半ば強引に煽って誘い込む。

「は、はぁ! そんなことないし! 怖くないもん! いいわ、やってやるわよ。私に役食われても泣かないでよね!!」

満更でもない表情で、おそらく今日見た中で一番の笑顔で台本読んでいた。


 そうだ、こいつはこんな風に笑うんだったよな・・・。


「懐かしいな、前にも台詞覚えて好きなシーンを一緒にアフレコしたことあったろ」

「あー、あったねそんんこと。昔は声変わりしたばっかで今より低かったしね」

たわいもない会話。徐々に昔の記憶が鮮明に蘇ってくる。

「んじゃ、はじめるぞ!!」



 一時間以上台詞や役回りで議論しながら読みあいをし続けていた。

 とても楽しそうな凛花。

 でもそれ以上に楽しかったのは俺だったと思う。俺に違いない。


「疲れたぁー!」

「俺もー」

そう言って二人は俺のベッドに倒れこんだ。


「「あ・・・」」


俺が起き上がるよりも早く凛花が素早く身を起こすと、ちょっとだけ俺から距離を取った。


「ご、ごめん・・・」


顔が少し火照ったように見えたが、気のせいだろう。多分気のせいだ。


「と、とりあえず元気になって良かったよ」

「う・・・うん。ありがとう、元気出た・・・」


 ちょっとだけ気まずい空気が流れている。

 どうしたもんか・・・・・・。


「あれからずいぶん月日が経ってしまったけど、悪いことばかりじゃありませんでした。これほどまで美しいあなたに出会えたのですから・・・」


 そう言って、凛花の手を取り、頬に手を添えた。

「は!? ちょっと・・・な、なに言ってるの? え、えっ!?」

「もう二度とあなたを離しません」

「あ・・・ぇえっと、その・・・私たちは血が繋がってるわけで、ダメだよ、あぅ・・・」

「はい、続けて」

「え?」

「王子が幽閉された姫を助け出すシーンだろ?」

「へ・・・?」


状況と情報を整理した凛花は紅潮した頬のまま一気に険しい表情になった。


「こ、このアホがーーーー!!」


という一言とともにフルスイングアッパーが繰り出され、俺の顎に直撃しベッドに落下し、怒った凛花はずかずかと部屋を出て行ってしまった。

「いってぇー、ったく・・・・・・覚えてなかったかなぁ。ま、悪ふざけしすぎたかな」


 やれやれだぜ、と心の中で思いながら次に面と向かった時の弁明はどうしようかと凛花が許してくれる笑顔を想像しながら考えるのだった。





「ばか・・・いきなり言われても分かるわけないでしょ、一緒にやったシーンの台詞だなんて。あー、もう!」


怒りながらも内心嬉しさと懐かしさが交じり合い自然と笑みをこぼしてしまう凛花だった。



 

 

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