鬼が笑う

「やあ。未来のノーベル生理学・医学賞受賞者にお会いできて光栄だ」


【ニュージーランド 西太平洋海軍シンポジウム会場 講演直後】


講演を終えた都築博士は、かけられた声に苦笑した。

「買いかぶり過ぎだ。日本ではそういうことを言うと『鬼が笑う』というのさ」

「面白い表現だな。覚えておくよ。

僕はウィリアム。ウィリアム・ゴールドマンだ。

よろしく、ドクタートツキ。」

「よろしく」

握手を交わすと、都築博士は相手を観察した。

銀髪に眼鏡。まだ若い、長身の男だった。

「ドイツ系かな」

「今はイタリアで研究をしてる。あなたの同業者だ」

それで都築博士も思い出した。神経科学者に同じ名を持つ男がいたはずだ。

「同業者ということは、君も知性強化動物の?」

「ああ。そしてあなたの大ファンでもある。一度会って話をしておきたかったんだよ。

さっきの講演は面白かった。神々を野蛮人呼ばわりしたのは痛快ですらあったね」

「人類共通の見解だと思っているんだがね」

「同感だ。だが、歴史上野蛮人は、時に文明国を滅ぼしてきた。ローマ帝国。中国の歴代王朝。君の国だって鎌倉幕府が倒れた原因は元寇だろう?」

「当時の鎌倉幕府も相応に野蛮人だったがね」

都築博士は苦笑。とはいえ本題がそこではないことは彼にもわかっていた。

「近年の例では、テロとの戦いにアメリカは苦労していた。戦力で圧倒的に勝っていたにも関わらず。

これら野蛮人の特徴はなんだと思う?」

「人命が安い」

都築博士は即答。眼鏡の男はそれに頷き。

「その極致が神々だ。奴らにとって人間の生命は限りなく安い。そいつを洗脳して兵器に仕立てて繰り出してくる。

対する我らの知性強化動物に、日本政府は幾ら突っ込んだ?」

「12体、2年で300億ドルほどだったかな。神格の建造費と合わせてのことだがね。

この種の兵器としてみれば高い、というほどでもないだろう」

都築博士は記憶を掘り返しながら答えた。彼はこの計画において、知性強化動物部門の責任者でしかない。それに組み込む神格の研究開発はまた、別の担当者がいる。

「そう。妥当な値段だ。けれどこの問題はずっとついて回るぞ」

「ならばどうする?我々も神々を見習って人命のバーゲンセールでも始める。というわけにはいかない」

問われたゴールドマンは、解決策を提示した。

「そのとおり。

だから、性能で圧倒するしかない。それもちょっとやそっとじゃ駄目だな。撃破される可能性が限りなくゼロに近づかなきゃいけない」

都築博士は呆気にとられた。眼前の男は、科学力で遥か先を行く種族を超える。と宣言したのだから。

「そのぶんだと、アイデアはあるんだな?」

「ある。あなたには想像が付いてるんだろう?」

「肉体と脳の高性能化」

「流石だ!神格は肉体を強化するが、それには限界がある。おおもとの構造は元の生物のままだ。だからベースになった生物の能力が巨神の性能を決める。

なら話は簡単だ。元来肉体的な能力で、人間は他の動物に劣る部分が多々ある。それは人間の生存戦略に合致させた結果だ。眷属になるために進化してきた訳じゃない。

だから僕らが目指す先は、人体構造からの脱却。根本的に対神格戦闘を想定した頭脳と肉体を作ることだ。せっかく知性強化動物という、様々に改良出来てすぐに成長するプラットフォームがあるんだから」

「面白い。だが少々気が早いぞ。まだ知性強化動物は、生まれたばかりなのだから」

「確かに鬼が笑うね。だが十年後には知性強化動物は、次のステージに進んでいるだろう。

一番手はあなたに譲ったが、第二世代の知性強化動物開発の先駆者の座は僕が貰う」

「いいだろう。その挑戦、確かに受け取った」

都築博士は、微笑んだ。




―――西暦二〇二〇年。ニュージーランドにて。人類製神格完成の二年前、イタリアで第二世代型の知性強化動物が誕生する十二年前の出来事。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る