第29話 アブトミナルアンドオオオサイイイイッッッ!!

◇◆


 ミハイロフは叫ぶ。


「ツチダ守護職殿、貴方は言ったはずです。全ての聖霊の魂を輪廻に還すのだと。我々の戦いはまだ始まったばかりに過ぎません」


 黒魔術師の爆撃音が轟く。閃光が瞬き、粉塵が舞う高層建物の屋上でツチダとミハイロフはかつての光景を思い出していた。


「なにを下を向いているのですか! 貴方は天異界の中央を目指すと言ったはずだ。私が知っているその男はどんな逆境においても必ず活路を見出す男であるはずだ」

「そうだ、そうだったな。確かにミハイロフの言う通りだ。俺はどうやら聖霊の怨念に捉えられていたようだ。死して見出す未来はない。その通りだよ、ミハイロフ」


 終始なっていた爆撃音が止む。その瞬間に、見つかったのだと悟った。ミハイロフは背後の漆黒の空を振り返って見上げた。天空に光の閃光が3度、瞬いた。それと同時にミハイロフは屋上の石床を蹴り上げて天に跳躍する。


「我が天恵アルタは『八壁ポージング』。あらゆる攻撃を耐え抜く輝きを見よっ! サァァイドチェストオオオオオオオオッッッ!!」


 高層建物の上空を埋め尽くす黒魔術師の漆黒の魔術を一人の漢が受け止める。本来ならば、その力に抗することも出来ずに跡形もなく消え去ってしまうのだが、サイドチェストを完璧に決めるミハイロフは、その強大な力を耐え続ける。閃光と爆風が消えた後には、上半身の軍服が焼かれたおとこと、それに守られたツチダが残されていた。

 彼らの頭上に黒魔術師の言葉が落ちる。


「律龍の恩恵を与えられた邪霊が2人もいるとはな。俺は運が良い。我ら黒魔術師をさらに上位に高める糧が目の前に躍り出てくれたのだからな」


 律龍の恩恵を賜りし能力―――ミハイロフの天恵アルタは、自らの実存強度+2.0000までの攻撃を八種類のポージング毎によって5秒間だけ耐え抜くことができるものだ。


 実存強度

   ツチダ       7.3680

   ミハイロフ     5.4905

   黒魔術師×3    7.3000 ~ 7.5600


 ミハイロフの実存強度よりも黒魔術師の方が高く、八壁ポージングといえど完全には耐え抜くことが出来ない。彼が身に付けていた上半身の軍服は焼き払われ、重度の火傷を負った胸郭が見えていた。そんなミハイロフの背後でツチダが叫ぶ。


「ミハイロフ! 30秒だ。複合魔法の構築まであと30秒耐え抜けば俺たちの勝ちだ」

「その言葉、待っておりました。このミハイロフ、黒魔術師の火力程度など容易く防ぎきってみせましょう」


 黒魔術師の攻撃が連雨のごとく襲い掛かる。だが、決してツチダに攻撃が流れていかぬよう、その全弾をミハイロフが受け止め耐え抜いていく。上半身も下半身も黒魔術師の魔術に焼かれて続けても、決して退くことはない。

 ただミハイロフの天恵が発揮されるのは5秒。既に三種は使い切っていた、残るは五種で25秒。能力の限界を超えているが、己の持ちうる力を全て能力『八壁』に注ぐ。我が筋肉の躍動をみよっ!


「アブトミナルアンドオオオサイイイイッッッ!!」


 深紅のビキニパンツのみの屈強な肉体が光を放つ。黒魔術師の苛烈さをも超克し得る圧倒的で完璧なまでの八壁ポージング。形もバキバキでデカく、腰も尻も引き締まっている。上半身も下半身も、全てはこの日の為にあったと言ってもいいほどに。

 ツチダは自爆を図った構成式を書き換え、幻術と転移の術式を2重に展開し始める。黒魔術師の連撃には必ず一瞬の隙が生じるが、ただ2人の連撃となるとその瞬間は刹那よりも短い。しかし、それを見逃さずに魔術を発動しなければ、ツチダもミハイロフも黒魔術師のえさに終わるだけだ。ツチダは残されたエーテルを使い、命をエーテルに変換する制御式『天互律』に手を加え、エーテルを過大に消費させ続ける術に変える。その術を黒魔術師に合わせていく。

 ツチダは、体を流れる血の一滴にまで闘志の炎を流し込み、より深く意識を制御式に集中させる。

 圧倒的なまでのエーテル量を誇る黒魔術師に焦りの色はない。そのエーテルが尽きる前にミハイロフの八壁が終わると踏んでいるのだ。ならば、その余裕こそを俺たちが勝機の糸口とする。

 ツチダが『天互律』を発動させようとしたとき、その瞬間はあっさりと訪れた。

 黒魔術師の2人の、連雨ともいえる攻撃がぴたりと止まったのだ。それはツチダの術によって黒魔術師のエーテルが枯渇したからではない。もっと別の、彼らを揺さぶるような出来事が黒魔術師の系譜に生じたのだ。しかも、黒魔術師の意識は眼前の戦場ではなく、遠く果ての―――天異界1層の辺境部に向けられていた。


 好機だ。


 ツチダは急ぎ転移の術式を発動させる。その術によって自身とミハイロフを共に浮島の中央結晶石に転移させるのだ。さらに続けてその中央結晶石に刻みつけていた起爆の複合制御式を発動させ、直ちに都市住民と自分たちの系譜を切断し長距離転移させる。

 ツチダが浮島を離れたことで浮島全域に張られていた幻彩分映が解かれていく。ようやく彼が覆い隠していたものの全貌が明かとなった。

 2人の黒魔術師が居た場所は、浮島都市から遠く離れた瓦礫の廃墟群が立ち並ぶ廃都。エーテル貯蔵庫や中心結晶石があると思われていた場所も、ツチダの幻惑によって錯覚され続けていたのだった。

 黒魔術師も戦場に意識を戻して、その廃墟を眺めて目を細める。


「虚弱な1層の周辺部と侮っていたのが仇となったか。これほどまでの魔術を創り出せる存在が潜んでいようとはな。我らも存分に欺むかれたものだが、その手腕、実に素晴らしいではないか」

「ええ。良き糧に巡り合えたことを聖女に感謝します。我らをより上位の存在に引き上げる好機となり得ましょう。ですが、先程、高位の聖術師が辺境周辺部にて消えました。気を引き締めねばなりません。より強き何者かがいることは確かなのですから」


 その一言が黒魔術師に数瞬の静寂をもたらす。確かに高位の聖術師を殺せる存在は天異界3層の中央部にいる者のみ。やはり、聖遺物の担い手たる御方の推察に間違いはないのだ。


「では、早々にこの浮島をエーテルに変換するとするか」


 そう言った黒魔術師の発言が終わらぬうちに浮島全体が微細に揺れ始めた。黒魔術師が訝しむ都市のさらなる下層。そこに重層の障壁に身を包んだエーテル中心結晶石が、微振動を発しながら刻まれた領域魔法を稼働させていく。結晶石が永き時に渡って貯えてきたエーテルの全てが魔法に転換されて、眩いばかりの光が変わりつつあった。それは原典系譜からの離脱を完遂するための起爆の術式。この起爆によって従者に纏わりつく系譜を取り払う。そのための甚大なエーテルの爆発が浮島全域を包み込んだ。


 爆発の閃光が黒魔術師2人を包み込む中で、NO.10,253は慌てることなくNO.14,555の胸を手刀で貫く。領域魔法に対抗する為の『恩寵』を行使するためには、実存強度の回復をせねばならない。黒魔術師NO.10,253は自分よりも下位であるNO.14,555を魂ごと肉玉にして喰らう。黒魔術師にとって人は、より強き人間の糧になるもの。強き者の血肉になれる喜びがNO.14,555の全身を満たし、幸福に至る。


 浮島の爆発が終わった闇に残されたのは黒魔術師一人。無傷な体ではあったが、実存強度は確実に減退していた。


「長距離転移した先は分かっている。だが、俺も実存強度を多く減らしすぎた。今回は天恵持ちの情報と、『纏われ』に繋がる可能性を本国に持ち帰るだけとなってしまったか。まあ、良い。天恵持ちあれは、そう簡単にはくたばるまい。俺の糧となる日まで、せいぜいその身にエーテルを貯えておくことだ」


 そう言い残して、黒魔術師は黒点と共に姿を消したのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る