第21話 天之神如則! 救え、生命の鼓動を。

 そんな彼女の耳元に珍妙な気配が届いた。その気配を見やれば、先ほどの衝撃波でなぎ倒された木々の隙間からペルンが息まいてやって来ていたところだった。彼はあさっての方向折れ曲がってしまっている自分の左腕を力任せに元に戻しながら、リヴィアに向かってそのぐにゃりとした左腕を高く掲げた。


「おうおう態度がでかいウナギだべ! 脚が生えただけの魚類が、俺の畑をめちゃくちゃにすやがってよお、水槽にぶちこんで躾けてやんべえ」

「良く口の動く人形よな」


 の水撃がペルンを射貫く。だが、ユリの防御魔術がペルンを再び守った。リヴィアは得心したような笑みでユリを眺めた。


「ほう、さすがはユリじゃ。先ほどよりも速度を上げたのだが、やはり防ぐものよな」

「偶然でございます。私は大樹の守り目でありますれば、それ以上の身ではございません」


 頭を下げて応えるユリの態度にやはり余裕が見えている。リヴィアに抱かれていたココが地面に降りようと体を捻っていた。そっと地面に降ろされたココはリヴィアとユリの間に分け入って叫ぶ。


「みんな、仲良く! だから、リヴィアちゃんもケンカ腰じゃなくて、みんなと仲良くして下さい」


 ちゃん付けをされたリヴィアはしばしココを見下ろしていたが、その真剣な表情に折れた。


「そうじゃな。ココがそう言うのであれば、は素直に従おうぞ」


 リヴィアはその場にいる面々を見渡し、最後にシュルツを見た。まさか天異界一層に呼び出されるとは夢にも思わず、しかもその召喚者が来訪者ときている。来訪者の使う異能の力が聖霊契約にも及んでいることに苛立ちを感じているのも事実だ。その来訪者が、聖霊の希望たるココの系譜従者になってしまっていることに言葉を失う。ココとその系譜従者をどうしたものであろうかと考えあぐねていると、そのシュルツから期待のこもった熱量が向けられた。


「リヴィアさん、いま制御式なしで聖霊魔術を使われたと思うのです。もし、そうなら制御式なしでも魔術を行使することは可能なのですか?」

「ふむ、そうじゃ。制御式なしの魔術は原始術法というもの。ただ、制御式がある場合と比べて繊細さに欠けるがな」

「実は、僕は制御式が使えないんです。リヴィアさんとの聖霊契約で魔術を行使してもらうことも良いのですが、できれば僕自身が魔術を行使したいと思っています。だからリヴィアさんが今使われた原始術法を詳しく教えて頂けませんか?」

「原始術法は制御式によるものとは違って燃費が悪く、エーテルを過剰に消費してしまう嫌いがある。だが、術法自体は簡単じゃ。原始術法とはエーテルを直接演算することで効果を発現させるもの。要は現象発現から結果までに至る過程、そこに係わる全ての状態を頭で計算すれば良いだけじゃ。制御式が要らぬとは、己の頭で物質を制御するから要らぬということじゃな。ただ、お主は制御式が使えないのではなく、お主の持つ特性で魔術情報を壊しているといったところであろうよ」

「それって、リヴィアさんは何か知っているのですか?」


 連樹子の存在を隠しているわけではないが、魔術を使用できないのを分かっているかのように話すリヴィアにシュルツは戸惑う。僕が魔術を使えないのは連樹子が在るからだ。ならば、リヴィアはその連樹子とは一体何なのか、なぜ僕は連樹子を使うことが出来るのか? 古き聖霊であるリヴィアにとって、僕のような存在は既知の事実ということなのだろうか。

 リヴィアは淡々と続ける。


「そうじゃな。確かに原始術法であれば、お主のような者であっても魔術の行使が可能やもしれぬ。ただ頭脳で計算するのにも限度があるだろうが、単純なものであるなら行使出来るであろうよ。原始術法を使いたいのであれば、魔術の効果をイメージしてそうなるように情報をエーテルに直接書き込み、演算処理すれば良い。容易たやすかろう?」


 自らの脳で事象の仔細までをも演算するのは普通は不可能だが、シュルツの人形体の頭脳である演算処理魔動器ならば出来るはずだ。この前の異形獣キメラとの戦いで魔術防御をしたときを思い出せばいい。多分、あれが原始術法の萌芽なのだと思う。


「原始術法っていうのをやってみます」


 疑問を胸に閉じ込め、原始術法の効果をイメージする。彼が思い描くそれは、全てを焼き尽くすエーテルの砲弾だ。シュルツは手の内にエーテルを凝縮させ情報を書き込んでいく。

 手のひらに形成されていく赤黒色の球。それを破壊の種子へと変容させていく。もっと演算処理を高めようとしたとき、シュルツの連樹子が自動起動していた。「連樹子は空間滅失だけでなく、魔術情報の演算処理も可能なのか?」驚くシュルツを尻目に、シュルツの連樹子はエーテルに惹きつけられたように演算処理を開始したのだ。それは人形体がもつ演算処理を遥かに超えた処理速度。「っ!」勝手に発動していく連樹子にシュルツは危険を感じて、無理やりに連樹子を意識下に押さえつけようとした。だが、一度始まってしまった演算処理は止まらない。


「なんだ? 一体どうしたっていうんだ? まさか、僕以外の何者かと・・・・・・いや、『僕のいた世界』に繋がろうとしてるのか?」


 そう思った瞬間、するどい声が浴びせられた。


「シュルツ! 原始術法を止めるのじゃ。このままでは、系譜原典が持たんぞっ!」


 その声を発するリヴィアを見やると、ココが血だまりのなかに倒れていた。ココの体が次々と裂かれ、噴水のように血を噴き出し続けていたのだ。ユリが傷を癒す魔術を必至に掛け続けている。それでも傷は生き物のようにココの体を深く切り裂き続けていた。その傍らでリヴィアは自らが持ち得る最大の力を解放させ、領域魔法の最終形態である天之神如則ヤージュヴニャルキーヤを瞬時に展開させていく。彼女の口から六律系譜顕現の言葉が唱えられた。


「六律系譜をして、吾、リヴィアタンが天之神如則を経始せしめる。八十八重やそやえの鍵を示して我が意を汲め『姿神ムールテ・イサレーラ』」


 リヴィアの眼前に水属を司る蒼鍵が現出し、その形を変容させて黄色と青色の光子螺旋となる。その光は頭上に八百万に重なる自在式の制御式を構築させ、天上の宙に天之神如則を浮かび上がらせた。ついに天地開闢以来、神話の中でのみ語られていた領域魔法の究極最終真神成術が発動を開始したのだ。


「六律系譜をわが手に、開闢かいびゃくの理を今再び奏でよ!」

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