第20話 巫女と愛し子と、六律の者。
そう言いながらリヴィアは両手にエーテルを集めていく。その尋常ならざるエーテル量にシュルツはその実存強度を観て息をのんだ。
実存強度
リヴィアタン 15.4910
本当に冗談のような存在だった。召喚された存在は六律系譜・水属序列2位のリヴィアタン。どの文献にもその名を連ね、天地開闢とともに世界に君臨する古き聖霊の一角たる存在。そして、その実存強度である支配力に愕然とする。実存強度が15.0000以上ともなれば、もはや支配力を語ることさえ無意味なものとなってしまうからだ。
その彼女が両手に集めている甚大なエーテル量によって召喚魔法陣が軋みひび割れ始めている。もしそのエーテル量が魔法として具現化したならば浮島など一瞬で蒸発してしまう。
「リヴィア様。お戯れを」
ユリがリヴィアの眼前に進み出て片膝をつき頭を下げ続けている。そのユリの頭上にリヴィアの忌々し気な言葉が落とされた。
(アレはこの世界に存在してはならぬもの。お主は守り目―――いや、巫女と呼んだ方が正しいか? アレは穢れそのものじゃぞ)
(‥‥‥承知しております。しかしながら、彼の原典者はココ様にてございます)
ユリの必死の訴えにリヴィアは訝し気にココと呼ばれた少女をじっと見澄ます。それは少女の魂の底さえも射貫く鋭い眼光だった。
「皮肉よな」そう呟くとリヴィアは脱力し天を仰いだ。そのまま両手に集めていたエーテルを霧散させる。そして今すぐにでもココに向かって駆け寄りたかったが、召喚陣に囚われていたためにそれ以上近づくことが出来ずにいる。召喚陣を出るためにはその陣を壊すか、契約を進めなければならない。
「よかろうよ、少年。汝との『契約』を認めよう」
シュルツに契約継続を促すが、リヴィアの視線はココを見つめたまま。偉大な六律系譜の大聖霊に射抜かれているココはユリの服の裾をぎゅっと握っていたが、大きく息を吸い込みリヴィアを見つめ返していた。
「少女よ。そちの名は何というのじゃ?」
「ココ・ニーベルです」
ココは気圧されてしまう自分の心を奮い立たせるように腹の底から声を出した。でも、天異界の中央に座する強者を眼前にして足は震え、体は強張ってしまう。
ココの不安そうな態度とは裏腹に、リヴィアは少女の必至な頑張り様に思わず口元が綻んでしまう。やはり見間違いではなかった。何千年も前に最後の一人を失い、もはや希望は
「そうか、ココか。良い名じゃ」
リヴィアはシュルツに振り返り、冷たく言い放つ。
「どうした? 少年。早く聖霊契約を締結させよ」
そう言われたシュルツはどうすれば良いか分からずにユリに助けを求めた。
「契約対象者であるリヴィア様に意識を向けて下さいませ。シュルツ様が契約を認識できれば、聖霊契約は完了となります」
シュルツは言われた通りに進める。すると、リヴィアを捕えていた召喚魔法陣が彼女の手首に輪として収束し、同時にシュルツの意識の中にリヴィアの存在が感じ取れるようになっていく。
「リヴィアさん、これからよろしくお願いします」
「よい。
リヴィアはシュルツとの契約を許諾し足早にココに向かって足早に歩いて行く。気持ちはシュルツにではなくココに向かっているのがありありと分かった。リヴィアは自分をじっと見つめているココの手を優しく握ると、気持ちのままに抱き上げた。
「ココ、お主があの少年の系譜原典じゃな?」
ココは六律系譜の強者であるリヴィアに抱きかかえられてガチガチに緊張してしまう。でも、リヴィアが柔らかく微笑んでくれたことがココの緊張を解きほぐしてくれた。
「はい、リヴィア様。私が系譜原典です」
「ふむ、良い子じゃ。だが、吾のことはリヴィアでよい。これから、ずっと一緒なのじゃからな」
「えと、はい。‥‥‥リヴィア。こちらこそ、よろしくお願いします」
リヴィアは小さく笑い、そしてココの頭を優しく撫でた。
そして、成立したばかりの自らの聖霊契約に意識を向ける。聖霊契約は片方の意思でいつでも契約破棄ができるはずだ。ただ、破棄の罰則が掛かかってしまうが。聖霊から破棄する場合には器をもらう量が減少するし、逆に契約提起者が破棄を実行すれば器を捧げる量が増加するといった具合に。その程度の罰則などリヴィアにしてみれば大きな損害ではない。だから先ほどから破棄を試みているのだが、一向にノインとの契約は破棄に至らないのだ。契約はリヴィアを捕らえて放さない。破棄が不可能であるのは『来訪者の異能』が関係しているからであろうと彼女は一応の結論を出す。噂で聞いていた程度ではあったが、直接に体験してみると「まさに、異物よな」と独りごちた。
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