陽光と陰り(前編) 2版

第17話 芋は、とっても芋なのです!

◇◆



「主たる女神よ。貴方の慈悲に感謝して、この食事を頂きます」


 両手を合わせたユリが食事に祈りを捧げる。ココたちが住まう家屋の一階の広間。そこに置かれた大きなテーブルの上で、湯気を湛えた色とりどりの料理から出来立ての香りが漂っていた。コロコロ芋と葉野菜のサラダ、蒸し芋の香草添え、ちょびちょび果実のジャムと、ふっくら芋パンに温かミルク。今日の朝食は芋尽くし! 料理担当のペルンが腕を振るって調理したものだ。

 家屋の二階の大穴から吹き下ろす風が足元をひやりとさせるけど、食卓を囲う皆の笑顔が温かく包み込んで寒さなんて感じない。


「芋パン。焼きたての香りが好き」


 ココがパンの香ばしさに頬を緩ませ小さな手で千切っては口元に運んでいる。すこしむせったココに、ユリが温かいミルクを手渡していた。


「この芋は裏庭の畑―――ペルン先輩の畑で取れたものなんですか?」

「んだべ! 採りたてってやつだべさ」

「甘みがあって飽きない味でございます。ペルンさんが手づから作られた作物ですもの、天異界で一番ですね」


 ジャムを山盛りにのせた蒸し芋を口に運びながらユリはペルンに笑顔を向けている。

 シュルツも目の前に広がる芋料理をゆっくりと味わう。だが、頭の中では黒魔術師との戦闘を逡巡していた。やはり大きな問題があることを自覚する。それは対峙した敵の殆どが実存強度でシュルツを上回る強者だったこと。実存強度はエーテルを支配しコントロールする力。だからこそ、その支配力と同等かそれ以上でなければ戦闘自体が成り立たない。ココの従者であるのだから、戦闘で躓くことなどあってはならないのに。

 シュルツは料理を口に運ぶ手を止めて、漫然と自らの左手を眺めた。幸いにもその実存強度を無視し得る方法があった。一つは実践にて掴んだ世界の理を破壊する『来訪者の異能』、そして、もう一つが未だ憧れの象徴たるユリやペルンが使う世界の理を超越する『修久利しとめ』だ。

 シュルツは目を閉じ、自らの力を反芻する。来訪者の異能―――連樹子は、その力を解放し続けるほどに代償が大きくなることが分かった。今は体の劣化程度で済んでいるが、これから先に対峙するであろうより強大な敵に対しては連樹子だけでは、戦闘の長期戦から不利に転じる事が容易に想定できる。できることなら、代償のない『修久利』も含めて学ぶべきだと強く思うのだ。そうすれば実存強度の強大な敵との戦闘も十分に対応出来るはず。そして可能ならば、聖霊魔術をどうにかして行使できるようになりたい。選択肢の幅が広いに越したことはないのだから。


「シュルツ様。体の具合が悪いのでございましょうか? 先ほどから食が進まれていないようにお見受けします」


 食事の手が止まっているシュルツにユリが心配そうに声を掛けてきた。ココも今にも泣きそうな表情でシュルツの傍に駆け寄って来る。


「シュルツ。右胸が痛むんだよね? 応急処置しかできなくてごめんなさい。義手を作るには素材を欠いていている状況。だから、きちんとしたものを制作するには自由都市ナトラに行かないとならないの」

「自由都市ナトラですか?」

「うん。自由都市ナトラには十年に一度の頻度で交易に行ってる。そこで稼いだ通貨―――結晶石で魔動器の素材を買ったり、ペルンは農作物の種を買ってたりする。この前行ったのが十年前だったから‥‥‥やっぱり材料が不足してきちゃってる。でも、それだと時間が掛かっちゃうから何とか浮島で採取できる素材で対応したいんだ。だから、もう少し待ってて欲しい」

「良かったじゃねえか、シュルツ。んだら、飯食ったら皆でシュルツの腕に必要な素材を回収すれば今日の夕餉までには集まるべさ。体力回復するためにも、まずは朝飯を食わねえとな」

「はい! いっぱい食べて皆さんの役に立てるようになりたいです。そうだ、それで考えていることがあるんです。僕はやっぱり聖霊魔術を使えるようになりたいって黒魔術師との戦闘で身に染みて思ったんです。だから、聖霊魔術を使えれば戦闘の幅が広がるはずだって。もっと言えば、ペルン先輩が使っている修久利しとめの技も使えるようになれれば最高だなって思うんです!」

「なるほどだべ。まあ、俺の雄姿に感激して修久利に憧れる気持ちになんのは仕方ねえことだ。まあ、聖霊魔術については門外漢だから分からねえが、修久利なら頑張れば覚えられるんでねえの? ほら、俺って最強だし?」

「ペルンさんの最強節はこの際、置いておくとして。シュルツ様、修久利の使い手が増えることはとても喜ばしいことでございますよ。敵を斬って斬って、斬りまくるのみでございますね!」


 嬉しそうにユリは胸の前で拳を握り、刀を振り回す仕草をする。ココはノインの右胸の様子を確かめながら「うーん」と眉間にしわを寄せていた。


「シュルツの人形体は私たちと同じように設計してある。だから、シュルツも聖霊魔術が使えるはず。だけど、制御式が描けないのは他に原因があると思う。確定するにはもっと分析が必要。シュルツ、どうしても聖霊魔術を使いたい?」

「はい。僕は聖霊魔術を使いたいです」


 ココはシュルツの瞳をじっと見つめた後、ユリを振り返った。ユリもココが言わんとすることを捉えてゆっくりと頷き返す。


「ええ、ココ様のご高察の通りでございます。シュルツ様自身が制御式を描けないのであれば、代わって制御式を描く者を充てれば良いのです。『聖霊契約』で聖霊と契約を交わし、その聖霊に制御式を描かせその制御式にシュルツ様がエーテルを注げば聖霊魔術を行使できましょう。ココ様、先程シュルツ様の体は生物と同じとおっしゃられました。とすれば、シュルツ様は『器』足り得ると受け取ってもよろしいのでしょか?」

「うん。それで合ってる。シュルツは『器』として現世界の人間と同様の存在。聖霊契約を行使するための『器』足り得るよ」


 ココとユリが真剣な会話を続ける隣で、ペルンはもしゃもしゃとサラダを平らげている。「ほれ、シュルツ。てめえも食える時にいっぱい食っとかねえとな」と、神妙な面持ちをしているシュルツを頬を親指で突っついた。


「ペルンさん。シュルツ様は怪我人なのでございますから、もう少しお気遣い下さいませ」

「ったく、ユリは大袈裟すぎだべ。腕の一本ぐらい唾でも付けときゃえてくるもんだべさ」

「ペ・ル・ン・さ・ん」

「わ、わかったべ。まっ、とにかくシュルツ。戦闘について反省するのは良いことだ。試行錯誤で悩む事もあるかもしんねえが、自分が最善だと思うものを選択すればいいべよ」


 ココも自分の席に戻って皆の朝食が続いていく。気が付けば陽もすっかり顔を出し暖かな日差しが窓から差し込んでいた。

 これから素材採取や聖霊契約とすることは多くて気が急ぐが、今はこの団らんをゆっくりと味わいたい。それが食卓を囲む皆の気持ちだった。



◇◆

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