幕間① 軋む世界 2版
第16話 閉ざされた扉、光の散らばり。
◇◆ 幕間 ①
ココの浮島の地下室。その場所に秘匿された転移の聖霊制御式が周囲の光を手招いている。微かな稼働の余韻が残る制御式は、それらの光をさらに浮島の最下層へと、隠された場所に導ていた。
「そうか。奴らは『カジハ』と言ったのか」
「ええ、そうです。少なくとも、我がカジハ家を目的の一つにしていたことは間違いないでしょう。そして、修久利とカジハが意味するものは―――」
「災呪の穢れ『ファディ』、奴が動いているってことになるべなあ。そうすると、この浮島を安易に離れるわけにはいかねえべよ」
「いえ、ココ様を危険に晒すわけにはいきません。黒魔術師との因縁は我がカジハ家の生き残りたる私自身が断つべきです」
ユリの顔に復讐の怒気がふつふつと揺らいでいる。だからこそ、ペルンはこの浮島から離れるわけにはいかなかった。いくら麒麟の聖霊を宿す修久利使いといえど、災呪の穢れを相手取ることは死を意味する。
ペルンは地下室の天井を仰ぎ息を吐くと、話題を大きく切り替えた。
「今回の起動は上々といったもんじゃねえべか? 人格もようやく定着したようだしな」
「ええ、確かにペルンさんの仰るとおり会話が可能な段階に辿り着けました。これまでの数千回に渡る起動と再封印、そして今回のココ様との系譜契約によってようやく実働段階に至れたはずでした。ですが、黒魔術師との戦闘が生じてしまった。これがシュルツ様にどのような影響を及ぼすのか分かりません」
ユリは領域魔法陣の中央で魔動器の中に眠るシュルツを見つめた。
◇
二千年前にココが制作した魔動人形が、原初の狭間にあった不思議な石―――来訪者の異能―――との融合に失敗し、暴走した。究極の異能ともいえるそれは、人形体を手に入れた瞬間に破壊の化身となって、想像を絶する力をこの世界に現したのだった。世界を滅ぼし得る滅相の『
◇
「シュルツ様は、今回の件でココ様をお守りすることを学ばれたと思います。それに本来であるなら、今回から私達と共に生活を始める予定でした。本当にココ様も楽しみにされていらっしゃったのですが‥‥‥。黒魔術師の件もあり安全のため、私の独断で一時的な再封印の処置を行いました」
「ああ、それでいいんじゃねえか。また二千年前のようにシュルツが本来のモノに覚醒されちまうと、ユリに難儀を掛け過ぎちまうからな。シュルツは少しずつ大切に育てていくって決めたわけだから。多少の過保護すぎるくらいがちょうどいいべさ」
ペルンは畏まるユリに笑いかけた。それで幾分か表情の柔らかくなったユリが頷ずき、口の中で小さく反芻するのが聞こえる。「はい、そうですね。愛情たっぷりにです」ユリは下唇に力を入れてから、大きく息を吸った。
「ココ様、シュルツ様の具合は如何でございましょうか?」
封印魔法陣の中央でシュルツの寝顔を間近で見つめていたココが振り返り、ユリのもとに駆けてくる。そんなココと、ユリの姿を目で追うペルンは腕を組み直す。ユリの声音に少しの不安の色を見て取ったから。「ココはユリを咎めるなんてことはしねえべ。家族の身を案じてのことなんだからな。でも、ユリは根が真面目だからなあ。家族に対してもう少し我儘に振る舞ってもいいってもんだが。なかなか上手くはいかねえべさ」と、地下室の分厚い天井を見上げていた。
そんなペルンにココの弾む声が耳に飛び込んでくる。
「うん、みんなありがと。黒魔術師も撃退できたし、シュルツも楽しそうだった。あとね、シュルツの義手を作らならきゃなんない。だから、ユリちゃん手伝って!」
「ええ、もちろんです。ココ様、私に何なりとお申し付け下さい。ええと? 研究室にでござますか?」
ユリが差し出されたココの手を取り、その手をココが引っ張っていく。そんな彼女らの後ろ姿を見やりながら、ペルンは魔動器のなかで眠るシュルツに目を移す。
「シュルツ、確かにお前の異能の力は必要だ。それを俺たちは求めてはいる。だが、系譜従者ってのは都合のいい兵器ってわけじゃねえ。お前が何者であるのかは、来訪者の力を起点に考えるもんじゃねえよ。お前の意思が望むこと、その先にこそお前の世界が広がってるんだからな」
その声は薄暗がりのなかに溶けていった。
◇◆
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