001-2-05 ルール

 放課後、すっかり陽も落ちた黄昏すぎ。一総かずさ蒼生あおいは、ようやく自宅である学生寮へと帰宅できた。学園内を案内すると言って聞かないクラスメイトに連れられ、この時間まで歩き回っていたのだ。


 勇者だけあって体力には余裕があるが、慣れない集団行動に精神的疲労が溜まっていた。今すぐにでも休息を挟みたい。


 だが、そういうわけにもいかない。蒼生には共同生活において伝えておかなくてはいけないことがあるのだ。


 一総は、荷物を自室に置いたらリビングに来るよう蒼生に伝えると、自らも荷物を片付けてリビングへ向かう。


 リビングにはソファとテーブルくらいしかない。一総はほとんど私室ですごしていた上、元々私物を多く持たなかったため、最低限の物しか必要なかったのだ。来訪者が皆無に等しかったのも要因だろう。


 一総がリビングに入ったのと同時、蒼生も姿を現す。


 二人はソファに向かい合って座り、必要事項を伝えていく。


「各家電はオレの私物だけど、自由に使って構わない。ただ、消費するものを使う場合は一声かけてくれると助かる。食料とかだな。厳しくルールで縛るつもりはないから、基本は自由にしてくれ」


 その中、一総は「ただ」と強調する。


「ふたつだけ遵守してほしいことがある。ひとつは、オレの部屋には絶対に入らないこと。もうひとつは、たまにオレが前触れもなく出かけることがあるが、それについて追及したり、周囲に漏らすことはしないでほしい」


 他人が耳にしたら首を傾げそうなルール。前者は当たり前すぎて念押しするほどのことではなく、後者に至っては意図さえ掴めないだろう。蒼生も、無表情ながら瞳をパチクリとさせていた。


 しかし、一総から感じる真剣さから重要なことだと察したようで、コクリと小さく頷いた。


 それを認めた一総は軽く息を吐くと、仕切り直して口を開く。


「オレが伝えたいのはこれくらいだ。村瀬からは何か要求とかはあるか?」


「…………」


 彼が尋ねると、蒼生は沈黙で返してくる。


 蒼生にジッと見つめられるのは正直苦手だ。人形のように整った顔立ちが無表情に視線を投じてくる様は、謎の威圧感があるのだ。目を逸らすことも何となくいけないことのように思えてしまい、行動に移せない。


 そうして数秒と視線を交わしていた二人だったが、すぐにそれは破られた。


 きゅるるるるる。


 可愛らしい高音がリビングに響いた。


 それと同時にサッと蒼生が顔を僅かに下へ逸らし、口を開く。


「要求、ある。食事は、どうする?」


 気がつけば夕食を食べていてもおかしくない時間。どうやら先程の音は、彼女のお腹の虫が鳴いたものだったらしい。顔を下げたのも、お腹を鳴らしたことが恥ずかしかったのだろう。あまり感情を表に出さない少女だったこともあり、何とも可愛らしく思えてしまう。


 欲望に忠実な蒼生に若干の苦笑を溢しつつ、一総は尋ね返す。


「各自好きに食べよう……と言いたいところだけど、村瀬は料理できるのか?」


 ブンブンと、艶やかな黒髪が乱れる勢いで蒼生は首を横に振った。


 その反応を見て、一総は肩を竦めた。


「となれば、朝と夜はオレが用意しよう」


 すると、蒼生が顔を上げ、こちらを覗き見てくる。


「かずさは料理、できるの?」


「ある程度は、な」


 一人暮らしには必要な技術だ。元々趣味で嗜んでいたこともあって、三ツ星レベルの品は無理だが、他人に出しても恥ずかしくない程度のものは作れる自信がある。


 一人分も二人分も、手間はして変わらないので、これくらいは面倒にも思わない。


「でも、さっきも言ったが、突然出かけることもあるから、食事を用意できないこともある。そういう時は他で済ましてくれ」


「わかった」


 その後も細かい質疑応答を繰り返し、最後になって一総がスマートフォンを取り出した。


「今さらだけど、連絡先を交換しておこう。ケータイは持ってるよな?」


政府せーふの人たちから支給された」


 蒼生は首肯する。そのまま、スカートのポケットから無造作にスマホを出してきた。


 一総は「貸してくれるか?」と頼んでから彼女のスマホを受け取ると、中身をざっと確認する。盗聴といった変なシステムなどは入っていないようだ。


「基本的に一緒に行動することになるだろうけど、万が一の状況というのもある。そういった場合は遠慮なく連絡してくれて構わない」


 そんな状況など絶対に来てほしくないと内心願いつつ、二人はアドレスを交わした。


 ひとまず必要な伝達を終えたと判断した一総は、その場から立ち上がる。


「今から夕飯を作るよ。村瀬はそこで待っててくれ」


「ありがとう」


 蒼生の謝礼に対し、軽く手を振りながらダイニングへ向かう。


 その日の夕食。一総の手料理がよっぽど気に入ったのか、蒼生が三杯もお代わりをするという健啖家っぷりを見せつけたのだった。

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