001-2-03 転入

 薄い緑色を基調とした廊下、シンプルなデザインの机や椅子が規則正しく並ぶ教室、友人同士でガヤガヤと雑談をする生徒たち。波渋はしぶ学園の様子は、他の一般校と大して変わらない。生徒たちも、設備も。


 生徒たちについては言うまでもないだろう。たとえ世界を救った勇者だとしても、まだ青春真っ只中の子供。普段の生活まで特殊なわけではない。


 設備に関しても、勇者たちの通う学校と耳にすると大がかりな設備が導入された校舎を想像する者も多いが、その実態は平凡そのものだ。確かに勇者召喚に関わる授業では特殊な設備も使われることはあるが、基本的には高校の授業過程を行うため、普段使いの校舎を妙な仕様にする必要はない。耐久面も、許可なく異能を使うことは禁止されているし、数多ある異能の全てに対応した耐久など用意できないので、結局普通のモノになるのだ。


 朝のチャイムが鳴り、駄弁っていた生徒たちは慌ただしく席に着いていく。


 各教室ではホームルームが始まった。


 そんな中、二年次のフォースの教室には教師が到着していなかったため、未だ喋る生徒が多かった。


 すると、教室後方の扉が開かれる。入ってきたのは一総だった。


 彼にクラスメイトたちの注目が集まるが、それも一瞬のこと。すぐさまそれぞれの会話に戻ってしまう。


 一総は周囲の様子など特に気にすることなく、中ほどにある自分の席へと座った。


 鞄から荷物を取り出していると、後ろから声がかけられる。


「今日は珍しく遅かったな。どうしたんだ?」


 髪を茶髪に染めていること以外は特徴のない平凡な男子生徒だ。


 名前は久保田典治くぼたのりはる。一総のクラスメイトであり、彼に積極的に話しかける稀有な人間だ。一総の親友と名乗っているが、そんなものを許した覚えはないので、自称にすぎなかったりする。


 答える必要性も感じなかったので無視していた一総だが、典治があまりにしつこく「どうしたんだ?」を連呼してくるため、仕方なく一言だけ返すことにした。


「すぐに分かる」


「へ?」


 振り向くこともない雑な返答。


 案の定、典治は意味不明と呆けていたが、一総の言葉通り謎はすぐに解けることとなる。


「「「「「「……………………」」」」」」


 舞い降りたのは静寂。


 一総の入ってきたのとは別の、前方の扉が開き、担任である女教師が入ってきていた。が、それが原因ではない。静寂の帳を下ろした張本人は、教師の後ろについていた少女だった。


 黒長髪を流麗に揺らし、くらい勝色の瞳が瞬く。誰もが認める美少女――蒼生(あおい)だ。


 ポカーンと呆けた生徒たちを見て、「まぁ、そうなるよな」と呟きながら、教師は言葉を紡ぐ。


「朝のホームルームを始めます。今日は大切なお知らせがあります。見て分かるとは思いますが、こちらの彼女が今日からフォースの所属となりますので、仲良くするように」


 そう言って、彼女は蒼生に自己紹介を促す。


 蒼生は一歩前に出るとペコリとお辞儀して、


「……村瀬、蒼生」


 と、簡素に答えた。


 やることはやったと口を閉じる蒼生。


 あまりに短すぎる自己紹介に、違う意味でポッカーンとなるクラスメイトたち。教師も若干慌て気味だ。


 教師は一総が監視役と知っているので彼の方に視線を向けるが、彼自身は完全にスルー。必要最低限以上の面倒を見る積極性を、彼は持っていないのだ。いくら涙目で、チャームポイントの太い眉を顰めようとも、手を貸す気はさらさらない。


 一総の意志を感じ取ったのか、教師は小さく溜息を吐き、補足説明を始める。


「えーっと、このクラスに転入生なんて不思議に思っている人も多いだろうけど、村瀬さんは連続召喚の被害者なんです。だから、最初からフォース所属を認められました。また、記憶喪失を患っているそうなので、優しくしてあげてください」


 教師の説明に、皆の静寂が破られ、弛緩した空気が流れる。


 ざわざわと発せられる声は連続召喚を憐れむもの、記憶喪失を心配するもの、美少女の転入に歓喜するものなど、蒼生を疎む言葉は一切見られない。


 これなら安心か。


 一総は肩の力を抜く。


 蒼生がクラスに受け入れられるかは、依頼遂行にも関わってくる問題だった。もし虐められでもしたら、対抗するために異能を使ってしまうかもしれない。虐め撲滅に動くなんてことがなくて本当に良かった。


 一度緩めば怖気づく者はいなくなる。なんたって勇者たちだ。何人もが挙手し、蒼生に対して質問を投げかけた。


「得意な魔法系統はなんですか?」


「どこに住む予定なの?」


「街を案内してあげる!」


「お友達になってください!」


「むしろ恋人になってください!」


「スリーサイズを教えてください!」


 途中、内容がおかしいものもあったが、それだけ掴みが良かったのだろう。


 蒼生は律儀に質問に答えるようで、ゆっくりと口を開く。


 いや、それは間違いだった。彼女は律儀に答えるつもりなど毛頭なかった。


「かずさに、きいて」


 厄介ごとをたくさんブレンドして、一総は全てを丸投げされた。


「「「「「「「………………」」」」」」


 二度あることは三度ある。


 再び呆けるクラスメイトらはグルリと首を動かして、一総へ視線を集中させる。そこには「どういうことだ、この野郎」という意思が宿っていた。勇気ゆうきだけは違う風だったが、否定的な色には変わりない。


 一総はこめかみに指を当てつつ、盛大に溜息を吐く。


救世主セイヴァーの依頼だ。村瀬の面倒を見るよう任されてるんだよ」


 元々隠すつもりはなかったので、簡潔に述べる。


 救世主候補や世界を滅ぼす異能の話は大混乱必至なので話せないが、これくらいなら混乱も少ない。


 目の前で「俺たちの天使がああああ」と血涙を流す男子たちや「なんで勇気くんじゃないの!」「伊藤はケダモノよ!」と悲鳴を上げる女子たちの阿鼻叫喚な姿が映るが、被害は微量なはずなのだ。


 一総が遠い目をし、クラスメイトが慌てふためき、教師がオロオロと事態に翻弄される間、蒼生は空いた席へ座ってマイペースにボーっと虚空を眺めていた。


 彼女の肝っ玉は、フォースの誰よりも太いのかもしれない。

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