『逆転ノーヒットノーラン』

真っ暗な部屋の中で、キーボードをカタカタと叩いていた。もうすぐ日付が変わってしまう。明日は、はじめてのデートで、緊張して眠れそうにない。


しかし時計の針が一時を指して、いよいよ不安になってきた。いつもはこの時間はネットをしていて、寝付くのはほとんど朝だ。


「ヤバいな……昼夜逆転は治しておくべきだった」


性格に難あり、しかも重度のオタクの自分に恋人が出来るなんて、こんなチャンス二度と無いかもしれない。だから絶対に、失敗するわけにはいかないのだ。


「不安になってきた……」


『初デート』と入力フォームに打ち込み、検索をかけてみた。何万件のホームページが表示され、そのなかから「初デートの心得」と表されたサイトを開く。


「ふむ…髪型には気を配るべし……か」


とりあえず、ボサボサの髪をなんとかしなければいけないと思う。とりあえず後ろで縛ってみたけど、なんだか余計滑稽になったような気がする。


「あとは……遅刻は厳禁、か」


やっぱり、今すぐにでも寝て、早起きをすべきだ。そして早めに家を出て、なんなら髪を切りにいってもいいな。目も頭も冴えきって居るけど、とにかく布団に潜り込んだ。しかし興奮や緊張が絶え間無く遅い、頭は冴えてくるばかりだ。気付けばもう、ニ時を過ぎている。


「そうだ、本を読めば眠くなるかも」


本棚から、出来るだけつまらない本をひっぱりだす。昔30Pで飽きた長編ファンタジーにしよう。


パラパラとページを捲る。主人公の運命は苛酷すぎる。運命に翻弄される主人公は可哀想だし、自分はなんだかんだで平和な日本に生まれて良かったとおもう。次々に襲いくる不幸や敵。手に汗握る戦いや逃亡劇。そしてついに、主人公は亡き父の形見を取り戻したのだ……!!


「あぁ……面白かった……」


長編を読み終えた後の独特の充足感と喪失感に浸かり、一息ついてから時計をみると、四時をまわっている。


「ヤバい、なにしてんだ」


早起きは諦めよう。十時に起きれば間に合うし、六時間も寝れば十分なはずだ。


目をつむる。流石に四時ともあり、一瞬で意識が飛んだが、すぐに携帯電話の着信音に起こされる。時計をみたら、まだ五分もたっていない。


「こんな時間に非常識な……」


起き上がろうとしたら着信音が途切れてしまったので、無視を決め込んでもう一度眠ることにする。目覚まし時計を十時にセットして、今度はゆっくり、気持ちのよい眠りの世界へと旅立っていった。


*


目覚ましの音で目が覚めるた。六時間しか寝てないわりには、爽快な目覚め。普段は十二時間睡眠なんてザラだから、自分の根性に少し感動する。いつもは朝七時に寝て、夜七時時くらいに起きる生活なのに、やればできるじゃないか。


「よし、支度完了。」


早めに待ち合わせ場所にいたほうが良いよな。携帯をポケットにいれて、外に出る。


「あれ……」


空が妙に暗い。


「雨でも降るのか?それにしても、暗すぎるけど……」


おかしいな。異常気象か?不安になって、携帯を取り出し、恋人に電話する。


「もしもし」

「は?何?」

「なんか天気ヤバいね。大丈夫かな、遊園地」

「何いってんの……」

「え?」


デートでしょ?まさかデートの約束は、こっちの勘違い……なんてこと、ないよな?


「いや、遊園地……」

「おまえ……何いってんだ……?」

「だって、今日行こうって!」

「あぁ、言ったよ?来なかったのはそっちだろ」

「なっ、行くよ!?今向かうところだし!だいたい待ち合わせは十一時でしょ?」

「……そうだよ、昼の、な」

「だから、いま…か…ら…………!?」

「もう閉まってるから。ていうかなに、今まで寝てたわけ?おまえ俺の電話も取らないし、なんなの?流石に付き合い切れないよ」

「えっ…だって、私、ちゃんと目覚ましかけたし……なんで……!?」

「知らない。流石にここまでだらしがないとは思わなかった。付き合う話、なかったことにして」


一方的に電話がきれた。呆然としたまま、着信履歴をみる。


「………着信…午後、四時…?」


自分の失敗に気付いて、私は頭を抱えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る