第3話 目覚めた少年→からの→ちょっとした事情


 


「マリィ。診断結果が出たぞ」

「どうだった!?」

「結論から言うと健康体だ。少し痩せ気味だが、まあ個人差ですむ範囲だな。ただ、遺伝子治療の痕跡が見つかった」



 船内時間の早朝、まんじりともせずにはこから発見された少年の検査結果を耳にしたマリィは大きく胸をなで下ろした。


 一般的に停滞フィールドによる生体の保管は、その時代では治療しきれない患者を後世に託す意味で行われることが多い。


 少年が覚醒するより前にマリィが真っ先に心配したのはそのことだった。



「それで、もう大丈夫なの?」

「問題無い。停滞フィールドの特性をく利用して時間をかけて、丁寧に治療してある」

「良かったあ」



ほっとしたマリィは窓の向こうに見えている眠り姫ならぬ眠り王子に目をやった。



「それにしても、なんでいきなり開いちゃったんだろ?」

「君の遺伝子コードに反応した、としか思えんな」

うそでしょ? 軽くたたいただけなのに?」



さすがに信じられないというマリィに、ルフは軽く触腕をすくめてみせた。



「他に思い当たる理由が思いつかん。それよりも、これからどうする?」



 依頼主のフレイアの言葉をみにするならば、ざっと1500年も前に眠りについていたということになる。さすがにこれは眉唾としても、かなりの歳月を眠っていたことは間違いない。

 帝国支配下の銀河文明はかつての単一惑星のみで成立していた時代に比べるとはるかに進展は緩やかであるが、それでも数百年という歳月は決して短いものではない。



「どこまで自分のこと、理解してるのかな?」

「治療の形跡があったから、そのために休眠の必要があったということは理解しているだろうが。そこから先は何とも言えんな」

「まずは話を聞いて、それからだね」

「そうだな。では任せたぞ」

「え? ルフは?」

「私は顔を出さない方が良いだろう。なにせ、君たちとはかなり違うからな。驚かれたり、おびえられたりすると面倒だ」

「そんなことは無いと思うけどなあ」



確かに知らない人間からみると、ルフは猛獣にしか見えない。言いたいことは理解出来るが、すっかり慣れっこのマリィは納得出来ないという顔つきのまま立ち上がった。



「それにしても……わいいなあ。弟とかいたらこんな感じかなあ」



 ベッドで眠る少年の傍らで思わずニヤけていると、おもむろに少年のまぶたがゆっくりと開かれた。どうやらルフが覚醒処置を行ったらしく、急速に瞳の焦点が合わさっていくのがはたで見ていてもよくわかる。



「……ここは?」

「目が覚めた? どう、気分悪かったりしない? 目がかすんだりとか頭痛がしたりとか」

「いえ……大丈夫です。あの、貴女あなたは?」

「あ、ごめんごめん。アタシはマリィ。この船の船長代理をやってます。ここは宇宙船の中で今は――マーリア歴で1489年」



 マリィは少し考えてから帝国歴では無くマーリア歴での日付を告げた。



「1489年、ですか?」

「そう。あのね。あなたはずっと長いこと停滞フィールドの中で眠っていたの。多分、何百年も。驚くなっていう方が無理だと思うけどね。落ち着いて、聞いてくれるかな?」



 マリィはゆっくりと一言一言を区切って言いながら、少年の手のひらをきゅっと包み込むように握りしめた。



「だから、ここはあなたのいた時代よりもずっと未来の世界」

「未来……1489年……ですか」



 まだ実感が無いのだろう。ぼんやりとした声で少年はそう繰り返した。



「そう。大丈夫?」

「はい。大丈夫です。ありがとうございます、マリィさん、ですよね?」



 小首をかしげながら確認するように少年がマリィの名前を呼んだ。



「癒やされるなあ……。あ、ごめんごめん。そ、マリィ・ガルド。もう1人船に乗ってるんだけど、後で紹介するね。ええっと……」



 そこまで言ってから、マリィはようやくまだ少年の名前を知らないことに気がついた。

 そんなマリィの様子にほほみながら、少年が自分の名を口にする。



「僕の名前はリアルド・デ・ヴィゼウと言います。色々とお世話になったみたいで、その、ありがとうございます」


 †  


「はい、召し上がれ。と言っても、インスタントしかないんだけど……」

「いえ。とてもしそうです! これ、本当にインスタントなんですか?」



 シンプルな朝食のメニューが並べられたテーブルを見て、リアルドはうれしそうに大きな笑みを浮かべた。



「宇宙船の中でこんなに新鮮な食事を楽しめるとは思いませんでした」

「そこまで感動されると、ちょっと複雑な気分なんだけど……そういえば、いきなりちゃんとした食事とか大丈夫なのかな?」

「だ、大丈夫ですよ!」

「ルフ?」



 今まで気がつかなかったが、よくよく考えてみれば病み上がりの病人にいきなりフルコースを振る舞ってしまったんじゃないかという気がする。



「消化器官も別に弱ってないから、まあ大丈夫だろう。それに重いといっても、別に血の滴るステーキってわけでもあるまい。気にするな」



 うれしそうにクロワッサンをちぎって口に運ぶリアルドを見ながら、自分の分も口に運ぶ。


 基本的に補給の効かない宇宙船の中では食事に関しては、どうにもパッとしないことが多い。

 しかしながら、たった2人しか乗員のいない〝酔いどれ七面鳥号ウツターターキィ〟の場合はマリィの趣味もあってかなり潤沢な食事が積み込まれている。



 検査後、渋るルフに引き合わせてから事情を聞くためにリアルドを朝食に招いたマリィだったが、想像もしていないほどに大喜びするリアルドの様子に心の中で自分に親指を立てていた。


 少しでも気がほぐれたところで話を聞ければ――という考えがあったのは事実だが、ここまで喜んでもらえるとはさすがに予想外だった。


 アタシ、ぐっじょぶ! などとうなずいていると、焼きたてのクロワッサンにサラダ、コーンスープそしてスクランブルエッグという定番の朝食を前にそわそわしているリアルドに気がつく。



「なら大丈夫だね。あ、無理はしちゃ駄目だよ?」

「はい!」



 マリィにとっては食べ慣れた朝食だがリアルドにとっては、当然ながらそうではない。

 見ている方が楽しくなってくるような表情で食事を平らげたリアルドにマリィはようやく本題を切り出した。



「リアルド。話、ちょっといいかな?」

「……はい。僕のことですよね」



 食後のコーヒー(リアルドはホットミルク蜂蜜入り)の湯気をアゴに当てながら、マリィは少し真面目な顔でリアルドに向きなおった。



「そう。その、アタシたちは星間運送業者なんだけどね。預かった荷物の中にまさか生きた人間が入ってた……なんていう話は聞かされてなかったの」

「ということはマリィさんたちは王宮の人間ではないんですか?」

「王宮、というのがマーリア王国の王宮なら答えはイエス。ついでにマーリア王国とも関係が無いかな」

「それでは、どうして僕が、その、目覚めてしまったんでしょうか?」

「それが実は私たちにもわからないのよね」

「大変申し訳無いが。事故としか言いようがない。本来なら解除されるはずの無い封印が解けてしまった。それ以上のことはわかっていない」



 ルフがマリィの言葉を引き継ぐ。


 さすがに想像もしていなかった事態だと言うことが理解出来たのか、リアルドは心持ち青ざめた顔つきで食堂の時計に目をやった。



「だからなんですね。こんなに未来になっていたのは」

「こんなに未来?」

「はい。僕が眠る前の話では……せいぜい50年ぐらいで治療とは終わるはずだと聞いていたので」

「50年、か。参考までに聞かせてもらえると助かるのだが、君が眠りについたのは何年だ?」

「1121年です」

「ざっと320年の誤差か。手違い、というには長すぎるな」

「……はい」



 沈んだ顔のリアルドにかける言葉を見つけられず、マリィはせめてもと新しいホットミルクを差し出した。甘い香りが食堂に再び立ち上がるものの、雰囲気はどうにも重い。



「はやく目覚めすぎた、というならまだしも逆に遅れた理由というのが気になるな」

「はい」



 あまり人間ならではの機微に詳しくないルフが持ち前の探究心でズバズバと斬り込んでいく。



「ル、ルフ? その、もうちょっとね。リアルドくんもほら」

「ん? しかし、だな。とりあえずきっちりと因果関係を把握しなければ」

「僕なら大丈夫ですから」

「ほら、彼もこう言っている」

「いや、けどね! なんていうかさ!」



 1人慌てるマリィにリアルドがくすりとほほむ。



「マリィさん。ありがとうございます。けど、本当に大丈夫ですから。それに……僕も知りたいことですし」

「君は少し落ち着けマリィ」



 妙に1人空回りしてしまっているということを認めざるを得なくなり、すこしふくれっ面で沈黙を選択する。なんというか、置いてけぼりにされたみたいでちょっとムカツク。



「それで、だ。話の続きに入り前に君が眠りについた経緯、というのを聞かせてもらえないか?」



 リアルドに遺伝子治療を要する病が見つかったのは彼が10歳の時らしい。このため停滞フィールドでゆっくりと治療を行うことがベストであると告げられた。

 停滞フィールド内部であっても治療の際には部分的に時間が進む。心身のバランスを取るためにもリアルドの治療はゆっくりとした加齢処置も並行して行われた。

 ここまではマリィの想像のはんちゆうだったが、予想外だったのは遺伝子治療がなくとも、もともと停滞フィールドに入る予定があったということだった。

 マーリア王国では王位の継承者でありながら、継承権を放棄した者には筆頭騎士として専用機が与えられる風習があるという。この専用機の開発が想定外に遅れてしまったために、停滞フィールドに入ることになっていたらしい。


 というのは建前で実際には継承争いが水面下で激しいことになっていたからだというのが本当の理由だとリアルドは考えているようだった。



「僕は父の遺伝形質を一番受け継いでいましたから。放棄宣言だけでは安心出来ないと思った人が多かったんだと思います」

「……1種の島流しというわけか」

「はい。ただ、僕はもちろんですが、父も僕が継承者になることは最初から望んでいなかったので気にしなくても良かったんですが」

「まあ、君がというよりも周囲が安心するために必要だったんだろうな。それで休眠のご褒美がその専用機というわけか」

「ルフ!」

「それだけじゃないと思うんですが、そういう意図はあったかもしれません」

「となると、君が今の今まで眠り続けてきた理由も察しがつくな」

「はい」



 おそらく、意図的に覚醒時期を狂わされていたのだろう。

 本来ならばとっくに覚醒する時期が来ていたのを無理に伸ばし伸ばしにしていたので、条件がガバガバになっていたのではないかというのがルフの現時点の推理だった。



ひどいコトするなあ」

「まあ、政治が絡めばそんなもんだ。が、これはマーリア側も君が眠っていたと知らなかった可能性が高いな」



 常識的に考えて、いくら王家の秘宝か何か知らないが中で人が眠っているもの。しかもかつての王位継承者を部外者にホイホイと託すとは考えづらい。


 おそらくリアルドが眠りについた時点で意図的にこの情報も処分されてしまったと考えるのが自然だ。



「となると、これからだよね。問題になるのは」

「……マリィさんとルフさんは、そのどうして僕を?」

「正確には君ではなく、君が入っていたはこが我々の受けた依頼だったわけだ。中に何が入っているかはまったく聞いていない。どうしてここまで隠されるのか……と気にはなっていたんだが。何のことは無い。連中も知らなかったというわけだ」



 器用に触腕でもってあきれたというジェスチャーを見せるルフにユーモア心が刺激されたのか、少しリアルドに笑みが戻る。



「どうする? リアルドくんが望むなら、マーリアに戻ってもいいし」

「それがまあ筋だな。運ぶのははこだけという契約だ。相手にしてもまさか生きた人間がついてくるとは思ってないだろうから、受け入れ体制も整えてないだろう」

「それは……マーリアでも同じだと思います。たぶん、僕のことは誰も知らないみたいですし」

「まだ、時間はあるしゆっくり考えればいいんじゃないかな」

「そうだな。これ以上はもう少し情報を探ってから考えても遅くはないだろう」


ここまで事情がわかれば、調べようは幾らでもある。リアルド自身も知らない情報を含めて、さらに調査を進めればリアルド自身の今後を決める手助けになるだろう。


 というルフの言葉にマリィもうなずく。



「だね。それまではゆっくりしててくれれば良いよ。幸い部屋も余ってるし。久しぶりのお客様だからね。歓迎するから!」

「え? そ、そんな悪いですよ。僕も何かお手伝いさせてください!」

「まあ、君がそちらの方が落ち着くというなら簡単な仕事ぐらいは任せた方がいいかもな」

「そうかなー。アタシはノンビリしててくれてもいいんだけど。本当に気にしなくて良いからね?」

「いえ。むしろ、この時代のことも勉強しないといけないですし。お邪魔にならないように注意しますから、お手伝いさせてください」



 マリィの言葉で察するものがあったのか、リアルドは少し方向を変えて改めて手伝いを申し出てきた。

 そちらの方が落ち着くというのならば、もちろんマリィとしても考えないわけにはいかない。



「んー。じゃあ、2日ぐらいしたら何か考えよっかな。言っとくけど、それまでは頼まれても駄目だからね。病み上がり……じゃないにしても、まだ起きたばっかりなんだから」

「わかりました」



 よろしい。とうなずくマリィを横目に再びルフのあきれたポーズ。男同士の妙な連帯感を漂わせる2人に少しジト目を向けながら、マリィはすっかり聞き忘れていたことを思い出した。



「そういえば、君のお父さんって? なんか何代目かの王様って感じだったけど」

「そういえば、まだ言ってませんでした。僕の父の名はアルド。アルド・デ・ヴィゼウ・マーリア。初代マーリア王国の国王です」


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