掌編小説・『妻は日本一』

夢美瑠瑠

掌編小説・『妻は日本一』

(これは2019年6月2日の「麦茶の日」に、アメブロに投稿したものです)


      掌編小説・『妻は日本一』


 妻の愛妻弁当を、私はいつも持参して製薬会社に通勤、勤務しているわけですが、

妻は料理教室を主宰してたくさんの教え子を抱えている料理の先生で、栄養士の資格も持っているので、お弁当はカラフルで、バラエティーに富んでいて、栄養も滋養も満点で、味に至っては、ほっぺたが蕩けそうに美味しいのです。

 料理のプロフェッショナルなので、手際はきわめてよくて、少し早起きして、ちょこちょこっと30分くらいで仕上げてしまうのです。

 新鮮な野菜をふんだんに使って、肉とか魚もやはりプロは違うな、と感じる味付けをしている。妻のレパートリーのレシピというのは、大学ノート20冊以上に及んでいる厖大なモノなので、およそ同じメニューというのはあり得ない感じで、しかも常に創作の作業をし続けているので、この分だと定年まで毎日違う献立の弁当を食べ続けられるかもしれない。

 よくできた良妻賢母で才色兼備なのですが、金の草鞋を履いて探せ、といってもこういう妻はなかなか見つからないかと思います。

 いつも具だくさんのお味噌汁と、魚沼コシヒカリのご飯と美麗なおかずの、二段になったお弁当、それを保温機能の付いたケースに詰めてもらっています。

 日々の過酷な労働をサポートするにはどういう食事をするのが適当かということを、怜悧な妻は知悉しているらしくて、私は年がら年中働いていても全く疲れず、病気もせず、バリバリと仕事をこなせるのです。夜はよく眠れるし、頭もよく冴えるし、毎日若々しくなっていく気すらします。

 妻は料理本の蒐集が趣味で、ブリオサヴァランの「美味礼賛」や、「食は広州にあり」、「檀流クッキング」から、薬膳料理の大辞典やら、平野レミやら、小林カツ代やらの俗流の平凡な料理本に至るまで、どっさりとコレクションしていて、全て内容も暗記しているらしい。

 テレビの料理番組にも呼ばれて、美貌なので人気があって、ファンレターが来たりします。

 妻の料理が秀逸と言っても大して高価な食材を使うわけではないのですが、私はずっと身近で密接に交流している夫なので直観的に分かってきたのですが、妻はクッキングに関しては一種の特異な天賦の才能と生まれつきの鋭敏な感覚があって、例えばもう森の奥深くに隠棲しているドルイド教の典薬のおばあさん?みたいに、食事を通じての健康や元気の増進のための、料理や薬膳を構成する種々の食品の栄養分の人体への効果的な発露の、メカニズムやダイナミズムまでに細々とすっかり精通しているのです。そうして、豊富な経験で自家薬籠中のものになっているありとあらゆる食材を、文字通り「料理」するために、吟味した包丁や鍋や計量スプーンや電子レンジやオーブンや様々な調味料やらを七つ道具にして円転滑脱に駆使して、華麗自在、変幻自在、自由自在に操って、妻は軽々と千変万化で多種多彩なメニューを次々に作り出しているのです。

 もうまるで、キッチンで秘教的で神秘的な魔法でも使っているみたいな、大げさに言うと妻の料理はそういう一種の芸術の域に達しているのかとか思います。

 テレビで名前も売れているので料理の本とかも出版を依頼されているらしくて、時々パソコンに向かって何か書いていたりします。もしかしたらベストセラーになって、スゴイ臨時収入が入るかなーとか期待しているのです。・・・


 それから弁当につける飲料ですが、私はアレルギー体質なので、いつも1リットルのペットボトルに入ったハト麦茶を添えてもらっています。

 毎日毎日、一年300日くらいにハト麦茶を1リットルずつ飲み続けていると、これは「イボ取りの妙薬」という異名があるくらいの体質改善に最適なお茶なので、肌とかがきれいになって、喘息とか花粉症とかにも罹らなくなった。

 これも元々は、そういう漢方だの民間療法に詳しい妻の発案なのです。

 まったく妻様様で、山内一豊の妻とか、華岡青洲の妻とかを凌駕するくらいの、内助の功に長けた、いい妻だと思う。

 私と同じ料理を食べている栄養学の権威である妻も当然のように若々しくて元気で、毎日バリバリ文献やらを読みこなして、料理の教室も規模を拡大しようかという、そういう話にもなっている。


この分だと妻は偉くなって、そのうちになんタラ栄養大学の教授とか、そうなるかもしれない。


・・・ ・・・


 妻の名前は彩雪(さゆき)といって、名前通りに肌が白くて、陶器のように肌理も細かいのです。小柄ですが顔立ちも彫りが深くて、まるで北欧の美少女のように端整で可愛らしい印象を与える、まったく珠玉のような女なのです。

 そのくせ結構淫蕩で、三日に一度は求めてくるし、乳房などはたわわに実っている。

 今日は欲しいの♡、という日には、サインとして、にんにくやニラや、有精卵、カキやらレバーやら山芋やらをコンビネーションした特別な精力の増強するメニューを用意してくれるのです。

 私はだんだんに精力も絶倫、という感じになってきて、妻も喜んでいる。


「ああん♡、靖彦さん、スゴイ、チ〇ポねー鋼鉄みたいにみなぎってるー」

「彩雪ーいいんかーいいんかーお前の料理のおかげでおれはもうスーパーマンみたいに元気になってきたよー」

「ああん、あなた、あなた、もっと抱いてー」・・・


というわけで夫婦仲もどんどん親密円満になるばかりなのです。


・・・ ・・・


 私は製薬会社のバイオ化学課長をしていて、いろいろな発酵とかの研究を担当しています。

 発酵というとワインやら納豆やらを連想するかと思いますが、まさにそういう、麹とか、カビとかの応用的な化学が専門領域なのです。

 で、ふと思いついて、ビール酵母をこのハト麦茶に応用して、新しいビールを作れないかと思ったのです。

「アレルギーや花粉症に薬効のあるビール」そう銘打って、売り出せば、もしかするとヒット商品になるかもしれない。麦は麦だから、お手の物の発酵さえさせれば、結構ビールの味になって、別に値段が高いというわけでもなければその付加的な価値でみんな飲んでくれるかもしれない。

 ハト麦の効果というのは自分の肉体で実証済みなのです。

 ちょっと残業をして、自分のハト麦茶に酵母とホップを入れて、即席にビールを作ってみることにした。ブクブクブクと、泡ができて、「発酵」という人類の発見した貴重な智慧が、プロセスとして、現前し始める・・・

 多少難渋しましたが、2週間後には試作品が出来上がった。

 飲んでみるとハト麦茶の独特の風味で、普通のビールより美味しいくらいのものが出来上がっている。

 さらに二か月後までに、この「ハト麦ビール」を、わたしは商品化して、販売ルートに乗せることに成功しました。

 そうして、豈はからんや、健康志向の時代の流れに乗って、爆発的なヒット商品になったのです。

 そうして、会社の株もうなぎのぼり、という感じになったのです。

 次の人事異動で社内の重要な役職に大抜擢されることはほぼ確実視されていて、私は妻と毎晩「ハト麦ビール」で乾杯をしています。


全く男の人生なんて女の人次第だなーとひたすら妻に感謝している私なのです・・・


「You are what you eat !」



<終>

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掌編小説・『妻は日本一』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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