最終話 危うき中でこそ愛を育むべし。
夏季の長期休暇。
あたしたちは観光海岸沿いにある
別荘に入る時慧のご両親と会ったけど二人とも良い人そうでほっとした。それにあたしたちが「特別に仲が良い」こともなんとなく分かっている様子も感じられた。
そこでのあたしたちは原則自炊。慧は料理経験ゼロなので、主にあたしが作って慧はその補助。でも野菜を切るのも危なっかしくて見てられず、結局ほとんどあたしが作ったようなものかな。
自炊しない夜は慧の希望で何度か外食をしたけれど、どれもお高いお店で気づまりがした。でもまあめちゃくちゃ美味しかったし、そこでおめかしした慧はほれぼれするくらいきれいだったし、行って良かった。
日中の慧は風通しのいい窓際でいつも通り貪るようにSF小説を読んでいた。あたしはそれを邪魔しないよう、ハンティングゲームのダイアモンドボルトをしたり、一人でスコアアタック(※1)(のまね事)をしたりしていた。だけど、寝る時を除いてあまりにも一緒の時間がない「同居擦れ違い生活」は問題があるとの認識で一致した。
じゃあ一緒に何かやれるものを、と考えたんだけれどなかなかいいアイディアが浮かんでこない。色々話しているうちに、慧は自転車に乗れないことが分かった。そこで自転車をレンタルしてきて慧の自転車練習大作戦が開始された……
んだけど……
「ふう、これはもうセンスの問題じゃないね。それを超えた何かが足りない……」
少し大きなため息を吐いて天を仰ぐあたし。
「私もそんな気がしてきた……」
小さなため息を吐いて俯く慧。
テラスでブルーハワイをしゃくしゃくと突きながら、あたしたちは苦い挫折感を噛みしめていた。
「どうする?」
でもあたしはこんなことで負けたくない。慧に尋ねてみた。
「どうするって……
慧は少し疲れた表情で、投げやりささえ感じる。
「もっと頑張らない?」
「えっ」
「だって、誰でも乗れるはずなんだもん。コツをつかむのに時間がかかっているだけ」
「全然そんな気がしない……」
「二人でさ」
「ん?」
「二人でサイクリングに行こうよ」
「サイクリング……」
「近距離なら自転車の方が慧の体への負担も少ないだろうし、何と言っても気持ちいいよ。風を浴びるのは」
「風を、浴びる……」
「そっ、まあ、慧の意思を尊重するけどね。これはあたしの意見」
「そうね………… 私もう少しやってみる」
「さすが!」
「さすが? さすが、何?」
「えっ、えっ、さっ、さすがっ、さすがあっあたしのっかっかっ……」
恥ずかしさのあまり口ごもるあたしの唇を慧は自分の唇で塞いで、麦わら帽を手にすると、表に停めてある自転車まで走って行った。
あたしが自転車を後ろから押して、慧が自分でバランスを取りながらふらふらと自転車を漕ぐ。
いつの間にか夕刻が近づき、微粒子を反射して大気がピンク色を帯びてくる(※2)。
観光用の海岸にキラキラ輝く夕刻の光がきれいだった。それに気を取られたあたしはつい自転車から手を放してしまう。はっと我に返って慧を見ると、あたしが手を放したのに気づかずに真っ直ぐ自転車を走らせていた。
あたしは他の観光客のことなんか忘れて歓声をあげ、慧の自転車を全速力で追いかける。状況の分からない慧は自転車を停め、ただただ驚いてあたしに抱き締められるだけだった。
そうだ、あたしたちの世界は、この「
あたしと慧はしっかりと手を繋いでピンクの夕映えをずっと眺めていた。
― 了 ―
▼用語
※1 スコアアタック:
Gボウルのペナルティ・チャレンジを真似て一般向けに生まれた競技。2~6名のプレイヤーがタイムアップまでどれだけゴールできるか競う。普通重力操作はしない。
※2 微粒子を反射して大気がピンク色を帯びてくる:
老朽化したクリーナーと旧式なフィルターでは除去しきれない小さな微粒子によって時折鮮やかで様々な色の夕焼けが見られる時がある。
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