第16話 露見した虚偽は怒りを増長させる。
あたしが自分の分のお弁当だけ食べてもまだお腹が満たされず、初美の分まで手を出そうかと思った。あたしって本当にばかだな、こんな切ない時でもお腹が減るなんて。
「
ぎょっとして声のした方に顔を向けた。
初美がいた。その表情には感情が見えない。
「初美……」
どうして、なんで初美がここに? あたしもしかして後をつけられてたのかな?
「今日はどんな理由づけでこれなかったの?」
その初美の声は氷のように冷たい。氷を背中に押し付けられたような気がして、あたしは背筋がぞくっとした。
「今日ね、ほんとは試合午前で終わりだったんだ。だから佑希がいつもどこに行ってるのか気になって。それと昨日おじさんに会った。入院なんかしてないって言ってた」
「ごめん……」
「ごめんじゃ分かんないよ……」
初美がじりじりとあたしに近づいてくる。あたしは帰るふりをして初美から距離をとる。なんだか初美から不穏なものを感じたからだ。
頭上彼方にある細長い窓から差し込む明かりがオレンジ色を帯びてきた。夕刻時間も近い。夕刻の照射に照らされ、二人とも無言のまま東屋から出る。あたしが自転車を押して公園の外に出ようとする辺りで背後の初美が呟いた。
「私が嫌いになったのよね」
びっくりして振り向いた。
オレンジ色の明かりに照らされた初美は今にも泣き出しそうな顔だった。びっくりしたあたしは自転車を停めて言う。
「嫌いじゃない。嫌いになるわけなんてないじゃん」
「じゃ、好きな人が出来たんだ」
「!」
衝撃を受けた。好きな人が出来た? あたしに? じゃ相手は? そう思った瞬間頭の中に
「そう。そうなんだ。ねえ佑希、私じゃだめなの? どうして?」
相変わらず冷たい声の初美。怒った時よりも十倍怖い。
でもあたしは正直に伝えるしかない。十五年も一緒だった初美にだからこそ正直にならなくちゃいけない。自分自身にも。
「ごめん。初美じゃだめなんだ…… 多分。いや、多分じゃないや、間違いなく初美じゃこの心の穴って埋まらないんだ」
「……じゃ、せめて代わりにはならないの? 十五年も一緒にいたのに、私じゃだめなの? ……どうして…… ねぇどうして! ねぇぇっ! 言ってよ! ねぇどうしてっ!」
こんな強い口調の初美は初めて見た。びっくりして顔をまじまじと見るとぽろぽろと、本当に玉のような涙を流していた。
これって、まさか、初美はあたしのことを……?
初美が突然首にしがみつく。
「は、初美、は、離れて…… 苦し……」
それでも初美はきつくきつく、まるで締め付けるように首にしがみ付いてくる。
「離さない…… 絶対」
ボソッと呟く初美の声は相変わらず氷のようだ。その氷の剣で貫かれたみたいな気がして本気で怖くなった。
「……生明さんなんでしょ」
「う!」
何も言えない。何も答えられない。そして情けない。あたしが混乱しながらようやく見出せそうだった答えを初美はいとも簡単に導き出していただなんて。どんだけぼんくらなんだ、あたし。
「ね、そうなんだよね、佑希」
初美の声が少し低く穏やかな口調になる。それは、逆に凄味とでもいえばいいのか、ますます不安に駆られる声だった。
「わかんない…… わかんないよまだそんなの…… でも……」
「さっきも言ったけど、私ならいくらでも代わりになれる。違う、代わりなんかじゃなくて、もっとずっと一番誰より佑希のために何でもしてあげられる。あんなやつよりずっと長く佑希と一緒にいたんだもの、あんなやつよりずっと佑希の事を知ってる。食べ物の好みも、音楽の好みも、得意科目も不得意科目も、昼休みは中庭の家庭科室前が好きだとか、50m走のタイムとか…… こないだの試験の点数…… なんでも知ってる…… 家族以外で一番身近で、ううん佑希の家族以上に……」
内心冷汗をかきながらあたしはまたばかな事を言ってしまう。
「でもほら、そういうのをお互い少しずつ知って積み上げていくのも…… あり、なんじゃないかな……」
「……っ!」
声にならない声がして初美の腕にさらに力が入る。本当に首を絞められているようだ。初美がぎりっと歯軋りをした音が聞こえた気がする。
「そういうところ…… 本っ当に大っ嫌い……」
どうしよう何だかマジに怖くなってきたぞ。
「渡さない……渡さない渡さない渡さない渡せないっ! 渡したくないっ! 絶対渡さないんだからっ! あんな女にあんな女なんかにっ! うわあぁぁ!」
いきなり叫び号泣する初美。あたしとしてはもう本当にどうしたらいいかわからない。
「ごめん」
「謝らないでよ! 惨めになるだけなんだからっ!」
「う、うん、謝っても仕方ない…… よね。確かに、あたし…… 多分生明さんが好きなんだと思う。これってきっと変えられない」
「……」
「でもそれって、初美が好きな人を変えられないのと同じで、どうしようもない事なんだと思う」
「!」
「あたしは初美に諦めろなんて言えない。それは初美自身の問題だから。だけど…… だけどあたしは初美の想いにはこたえられない。それだけは間違いないんだ」
「ううっ、うぐっ…… あんな、女…… あんな女にぃ……」
初美の嗚咽が聞こえる。熱い息がかかる。悲しくて悔しくて辛くてどうしようもないんだろう。今のあたしには分かる。あたしにだって。だって生明さんは今
あたしがそんなことを考えていると突然初美の泣き声が消え、しがみ付いていた腕もゆっくりと解ける。
初美を見るとあたしの後ろの方を呆然と見つめている。
振り返ってみるとそこには生明さんと見矢園がいた。
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