第6話 相手の寛容さを信じ素直に謝るべし。

「やあ、こ、こんにちは。えーと、な、何してんのかなあって」


 若干緊張気味にどうでもいい話を振ったあたしに抑揚のない声で答える生明あさみ


「何って…… 読書。ダイレクトゲーム(※)してるように見える?」


 淡々と無感情で話す生明にあたしは気圧されていた。あいかわらずどうでもいい言葉しか出てこない。


「あ、ああ、そうだよね、うん生明さん読書好きだもんね、あ、あはは」


「そうね。ねえ、君どうしてあそこで覗くようなことしていたの?」


 ぎくっ、一番聞かれたくないことをストレートに。て言うかやっぱり覗いてるってバレてたんだ。ああと、何と答えよう……


「いっいや覗いてたんじゃなくてさっ、そのっ、こんな寂れたとこに人がいるなんて珍しいなって思って…… つい……」


 最初に生明を見かけた時はそういう理由だったから、あながち嘘じゃないよな。まあ、今日はちょっと自分でもうまく説明できないけど。


「ふうん、篠さんって案外詮索好きなのね」


 生明の目が冷たい。


「い、いやあ、いつもはそんなことないんだけど……」


 やっぱり素直に謝ろう。頭を少し下げる。


「その、覗くような真似してごめんなさい」


「ふふっ」


 少し驚いて生明の方を見るとちょっとだけ微笑んでいた。初めて見る笑顔だった。淡青色のワンピースを身にまとった生明はとてもきれいで、また女の子にどきっとしてしまったあたしにあたし自身が戸惑った。


「私、君のそういう生真面目なところって好き。だからもう気にしないで。私も気にしないから」


「うん。許してくれてありがとう」


 ホッとする以上に何だか無性にうれしくて、あたしも生明から離れた木の椅子に座った。さっきちょっと気になっていたことを聞く。


「ねえ、どんな本を読んでいるの」


「大体旧世界のSFを読んでる。例えば今読んでいるのはこれ。ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』。私はなるべくあらすじを読まないようにしてるんだけれど、なんだか悲しい話になりそうね」


 生明はあたしに顔を向けることもなく、ごそごそと大きなバッグから何冊も文庫本を出して色々解説してきた。


「これは二冊ともレイ・ブラッドベリ。こっちは読み終わったものだけど、『ウは宇宙船のウ』の『霧笛』が私は好き。それとこれは『華氏四五一度』。本が禁止されたディストピアもの。本が禁止される世界だなんて私生きてられないわ」


 正直本のことなんて全然わからなかったし、興味もなかった。だから本のない世界なんて想像しても何の感情も湧かなかった。大体なんでそんなにたくさん紙の本を持ち歩いているんだ? 理解できない。

 それに読書なんかより体を動かしてた方がよっぽど楽しいし健康にもいい。本が禁止されても一向にかまわないなああたし。


「本がないならスポーツすればいいよ。健康にいいし」


 きょとんとした生明は急に吹き出す。


▼用語

※ダイレクトゲーム:

 リストターミナル(※1)やマルチグラス(※2)などを介して直接脳に働きかけるデジタルゲーム。

※1リストターミナル:

 腕に装着するタイプの端末。3Dホロ画像を投影する程度のことはできるが、全般的にマルチグラスより性能は低い。その分安価。高校生以下の場合、マルチグラスよりリストターミナルの方が所有率は高い。

※2マルチグラス:

 眼鏡の形をした端末。智、山、モダン、つる、レンズなどに様々な機能や操作ボタンがついている。これ一つでネットに繋いだり、通話したり、メッセージを送受信したり、VRゲームをしたり、映画を見たり、撮影や録画をしたり、と様々な用途に使える。リモコンで操作できる機種もある。


※2021年1月9日 加筆修正をしました。


※2021年1月13日 脚注▼用語※ダイレクトゲーム、※1リストターミナル、※2マルチグラスを追記しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る