第4話 近道には罠が潜む。得てしてそれは運命的ですらある。
月に一回ある短縮授業の水曜日。演劇部幽霊部員のあたしは特にやることもない。かといって初美をはじめ友達はみんな部活や先約があってあたしは一人ぼっちになってしまった。
久々にバッセン行くか。
旭第一公園をショートカットすればバッセンはすぐだ。でもあそこ、アスター・シリル(※1)にまつわる言い伝えがあってなんだか縁起悪い場所なんだよな。そのせいか寂れてて
案の定人っ子一人おらず薄暗い旭第一公園のサイクリングロードを走っていると、四号棟東屋に人影が見える。こんな所に? 誰が? 何しに?
少し怖かったけど、好奇心の方が勝った。自転車を止めてそっと東屋を覗いてみる。
人影の正体は
生明の目の前の古ぼけた木製テーブルの上には瓶のサイダーが置かれていて、時折それを口にしながら夢中になって本を読んでいる。
へっ、十街区(※2)から先でしか売ってない一本780円もするような瓶のサイダーだなんて気取ってら。なんて思う間もなかった。あたしは夏季夕時刻の送風にさらさらと頼りなげになびく生明の髪と、折れそうで頼りなく細い首に目を奪われてしまった。初めて女性を見てきれいだと思った。
それにサイダーを飲む時の生明の唇。
どきりとした私は何だか怖くなって彼女から目を逸らし、自転車に跨るとバッセンに向かって全速力で走り去った。まるで彼女から逃げ出すみたいでみっともない気持ちがした。そして生明を盗み見した自分が何だか恥ずかしかった。
バッセンでの結果は惨憺たるものだった。140kmくらいまでなら楽々打てるはずなのに120kmでも集中して打つことができない。
そう。全然集中できなかった。ずっと、ずっと生明の斜め後ろからの姿が、横顔が頭の中で勝手に再生される。
きれいだったな……
勝手にそんな気持ちが生まれるとやっぱり恥ずかしい。スイング中に生明の姿を思い浮かべ盛大に空振りをして尻もちをついた。
何だってんだくそっ、あんな、あんなことくらいでさ…… なんだってんだ……
生明、土曜や放課後はいつもあそこにいるのかな。
誰にも知られずそっと下校して、誰も来ないうっそうとした公園をこっそり訪れ、古ぼけた東屋に潜むようにして、古臭い茶けた紙の本を読み耽っているのかな。
たった一人で。
あたしは何だか生明が寂しいやつだとちょっと思った。
▼用語
※1アスター・シリル
機体登録呼称矢木澤シリル。機種名AF - 705。シリアルナンバーN523J8975HR。アンドロイドでありながら人間と同等の“心”を手に入れたと主張し、パートナーの島谷
その後の人類統合政府とアンドロイド連合との間で戦端が開かれた戦争勃発時、双方に停戦を訴えるもその直後に音信不通となる。
▼用語
※2街区:
ここでは所得や社会的地位に応じて居住可能な街区が厳密に定められている。十から上の街区は一般的に高級住宅街とされる。
四街区までは人間の非居住地域。五街区は低所得者層向け。八街区は中の上所得者層向け。十二街区は大企業要職や政府高官が居住する。ちなみに十五街区は「殿上人」つまり政財界の要人が住まう。十~十二街区には小奇麗な観光施設も多く、デートコースの定番。ごく簡単な手続きを取ればほとんどの人が入れる。十、十一街区は許可なく出入りが可能。十三街区以降に入るにはそこの住人の許可でもない限り厳しい審査が必要。
現在、アンドロイドは例え非感情型(ロボット型)アンドロイドであっても十街区以上の街区への侵入は禁止されている。
※2011年1月13日 脚注を追記しました。
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