【とりロマ】取り残された島のRomance――健康的なあたしが病弱なクラスメイトと百合関係に堕ちるまで<佑希と慧の場合>

永倉圭夏

第1話 噂は人を傷つける。

生明あさみけいってレズなんだって」


「何それ怖い」


「普通にキモいんだけど」


うつったりとかしない?」


「うわ、一緒のプールとか無理無理無理」


 耳障りな女子の会話が昼休みの教室に響く。


 まただ、菊池、工藤、石田。いっつも誰かしらの悪口を言って喜んでいるような連中。今回は生明さんを俎上に載せ、彼女にぎりぎり聞こえるか聞こえないかといった声でこそこそ話をしてはげらげら笑っている。


 周りの連中もほとんどはうんざり顔を隠さないが、自分自身への攻撃ではない事に胸をなで下ろし、知らぬ存ぜぬを決め込んでいやがる。それにあいつらを止めようとしたら最後、今度は自分がありもしない噂話を立てられてもっとうんざりする目に合うのは明らかだ。だから何もしない。何も聞いてないふりをする。そんな奴らなんだ、みんな。だいたい生明さんも生明さんだ。真偽のほどはともかくこんなにも侮辱されて何も言わないなんて。しかも涼しい顔をして紙の本なんて気取ったものなんか読んでやがる。


 菊池達にも腹が立つし、他の生徒たちにも同じくらい腹が立つ。何より一番腹が立つのは生明さんだ。情けないったら。本当に情けないったらない。こうなったらガツンと言ってやらないと気が済まない。もう我慢がならない。


 三人の前に立つ。後ろから初美が小声であたしを止めようと何かを言ってるみたいだけどもう聞こえない。


「なあ」


 三人は一斉に怪訝そうな顔であたしを見る。とっさに言葉が出ないようだ。

 教室全体が一気に緊張感で満たされていくのが分かる。


「下らねえ話ガタガタぬかしてんじゃねえよっ!」


 机を思いっきり蹴り上げる。三人は小さな悲鳴を上げて逃げだしやがった。机は1mくらい吹っ飛んで他の机とぶつかり大きな音を立てる。


「こそこそと人の趣味の揚げ足取るような話をしやがってくそ下らねえっ! 頭の悪い事くっちゃべってねえで、その口で暗唱の課題でも諳んじてろやっ!」


 思った以上に机が吹っ飛んで調子に乗ったあたしは大声で三人に怒鳴りつけた。それにしても今までで一番きっつい啖呵切っちゃったな。また男前って言われちゃうのか。むず痒いような悲しいような……


「せっ、せせっ先生に言うからね!」


 工藤が恐怖で裏返った声で叫ぶ。


「だから?」


 右手を緩く開いたり閉じたりして見せる。それを見てこいつらは自分たちが殴られるんじゃないかと思われたみたいだ。まあそう思わせるつもりだったんだけど。


「こんの…… 不りょう」


 あー、とうとう男前からヤンキーにまでなっちゃったか。もうどうでもいいや。思わず苦笑いが出る。


「言うなら言ってもいいって。その前にどんな話をしてたのかもちゃんと言っておけよ」


「…………」


「ここのクラス全員が聞いてたんだから。みんな証人だ。それに生明さんだって」


 あたしは生明さんに目を向けた。驚いたことにそれまでずっと本を読んでたみたいだ。目が合うと生明さんはあからさまな嫌悪の表情を見せていた。そしてひどく青ざめていた。


「もういいから」


 細いがよく通るきれいな声で生明さんは私に向かって言った、んだと思う。

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