第33話 戦いの行方

「邪魔です」


 冴人さいとははき出すように告げると、右手を振りかざしていた。その刹那、小さな雷がひろしへと投げられる。


 洋は左に飛んで避ける。しかし勢いは殺さずに、そのまままっすぐに冴人へと向かう。


 そして洋の拳が冴人を捉えようとした瞬間、冴人はくるりっと流れるように身を捻る。


 洋の拳が通り過ぎたところを、掴もうとして冴人の手が伸びる。


 しかし洋は左手でその手を払い落とす。


 向き直り、そのまま冴人へと膝蹴りを繰り出した。


 だが冴人は飛んで後ろに下がり、そして術を放った。


雷矢らいや!」


 さきほどの雷の術だ。稲妻が猛スピードで洋の腹部を狙っていた。

 だが洋は右手へと転がるようにして避ける。しかしその隙に冴人は印を結び始めた。


けんしんそんかんごんこん八卦はっけより選ばれしもの。我は汝を使役せさす。こい! しん!」


 八卦を解き放っていた。先ほどの雷とは比べ物にならない強さの稲妻が頭上から降り注ぐ。

 避けられない。瞬時に判断して、洋は頭上に手をかざした。


「俺の力よ。可能な限り広がれっ」


 声に出して叫ぶ。その瞬間、今まで拳の中にだけあった光が、一気に全身を包み込んでいた。


「ぐぅっ」


 雷が捉え、激しく体に痛みが走る。


 しかしそれだけだ。洋の力はなんとか雷撃から耐えきっていた。


「少しは楽しませてもらえそうですね」


 冴人は再び印を結び始める。八卦施術はっけしじゅつを使うつもりだ。


「させるかよっ」


 洋は足下に転げている石を蹴り上げる。

 石つぶてと化して、冴人へと襲う。


「くだらない真似を」


 身体ごと左手へと避ける。だがそこにつっこんできた洋の拳が唸る。


 冴人はその手を払いのけると、そのまま右足で蹴りを繰り出した。

 洋は軽く飛び上がり、蹴り足に手を乗せて、そのまま後ろへと飛んで避けた。


「いきなさい。そん


 その瞬間、綾音あやねの声が響く。結愛ゆあめがけて風が再び襲う。


「綾ちん、それはきかないよっ。天珠鈴てんじゅりん


 しゃらららん、と音を立てて鈴を鳴らす。

 天珠鈴の動きに合わせて風が流されていく。


 だが。


「ちっ。これを狙いやがったか」


 洋は力を集中させる。結愛から弾かれた風が、ちょうど結愛の後方に飛んだ洋へと襲いかかっていた。


「あああっ、洋さんっ洋さんっ」


 結愛が慌てて、洋へと振り返る。だが、その隙を逃す二人ではない。


けんしんそんかんごんこん八卦はっけより選ばれしもの。我は汝を使役せさす。いけ! しん!」


 そこに冴人の八卦が連鎖する。結愛と洋、二人を一気に捉えるように雷撃が落ちる。


「結愛っ。俺の力よ、力の限り広がれ」


 洋の呼びかけに応えて、力が洋と結愛の二人を包みこんでいた。

 雷撃が二人を包む。もういちど衝撃が体に走るものの、雷撃そのものは二人までは届かない。


 しかし。


けんしんそんかんごんこん八卦はっけより選ばれしもの。我は汝を使役せさす。いきなさい。そん


 綾音の呪が解き放たれる。風の刃が、二人へと襲う。


「ちぃっ」


 洋は力を強めようとして歯を食いしばるが、しかしこれ以上には力を出す事が出来ない。


 シャシャシャシャシャ。


 風が洋を切り刻んでいく。洋の力に遮られて完全には届かないものの、それでも洋の身体の自由を奪うには十分なほどだった。


「ぐぅぅぅっ」


 呻きを上げて、全身から血を流す。

 それでも洋は拳に力をいれ、風を払った。


「結愛っ」


 洋の呼びかけに、呆然としていた結愛が慌てて呪を唱える。

 印を結び、精一杯の力を振り絞っていた。赤い髪紐を空中へと投げかける。


「けんだり、しんそん、かんごんこん。八卦より選ばれしもの。我は汝を使役せさす。いっちゃえっ、


 結愛の術に、紐が火炎と化す。そして綾音へといくつもの炎の弾となって、襲いかかっていた。


「ぬるいわよ」


 だが綾音は、後ろに飛んで距離を取ると、すぅと手を振りかざす。


「きなさい、そん風壁かぜかべ!」


 風の術を呼び出すと、それがまるで壁のように垂直に吹き上がる。


 炎は全て風に吹き散らされて消えた。


 しかしそこに洋が駆けつけていく。血塗れのその姿は、一種独特の威圧感があった。


「受けろっ」


 右の拳を力一杯、叩きつけた。


 一撃必殺は空手の極意と言われるが、この一撃にはまさにその勢いがあった。


「させませんよ」


 だが冴人の雷撃が、右手から襲う。


「ちぃっ」


 洋は拳に全ての力を込めていた。急には避けきれない。


「洋さんを守って。っ」


 結愛の火炎がすんでのところで雷撃を包み込んだ。

 二つの力が相殺されて、消える。


「なかなかやるわね。でも、小手調べはもうおしまい。さすがにこれは、耐えきれないわよね」


 綾音がくすっと笑みをこぼす。


 くる。洋は思わず身を固めていた。


けんしんそんかんごんこんてんたくらいふうすいさん。八卦より選ばれし者。互いを合わせ、さらなる力と化せ。いきなさい。風雷益ふうらいえき!」


 綾音の声は、高らかに響く。一種、独特の歌のようにすら聞こえた。


「ふぇぇっ。大成たいせい? そんなの候補生の使う術じゃないよ、えっとえっと。っ、火壁ひかべ。それから天珠鈴てんじゅりんっ」


 慌てて術を唱え返す。しかし間に合わない。

 雷撃を伴う風が、結愛と洋の二人を捉えた。いや。そう見えた瞬間。


「させるかっ」


 洋は結愛を抱えて、一気に左手へと飛び込んでいた。力を溜めていたのだ。

 だが、それでも強大な一撃は洋を逃しはしない。左足を貫くように燃やし切り裂く。


「ぐぁぁぁぁっっっ」


 洋は大きく絶叫をもらした。結愛の火壁がその瞬間あらわれて、なんとか威力を殺いでいくが、完全には消しきれなかった。


 とっさに術で身を包んだおかげで致命傷には至らなかったが、少なくともこの戦いの間は使いものにならないだろう。


 洋の意識が遠く変わっていく。もとより出血した状態で動きまわった上に、霊力を無尽蔵に使いすぎたのだ。


 いかに洋に膨大な霊力があるとはいえ、うつつの術は他の術よりも大幅に霊力を消費する。ここにきて一気に無理が現れていた。


 くそ、動け。動けよっ。声にならない洋の意志は、誰にも伝わる事がない。


「洋さん、洋さん」


 どこかで結愛が自分の名前を呼んだ気がする。そうだ、結愛を助けなくては。しかしそう思う心とはうらはらに、洋の身体は全く動かない。


 力を使いすぎれば死ぬ事だってある。そういえば結愛がいっていたな、とも思う。だけどもう全てが遠い。


「勝負あったわね」


 綾音の声が響く。


 まだだ。まだ俺は倒れていない。まだやれる。結愛を、結愛を助けるんだ。


 洋の腕は、ぴくりとも動かない。世界が少しずつ暗くなっていく。


 どこかで、猫の鳴き声が聞こえたような気がする。そういえば、みゅうの奴はどこにいったんだ。


 遠のく意識の中、ふと思い。そして消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る