「歌って奏でて踊ろう」

 ヌミシカは鷹のように風を切り、山を目指しました。風の精霊たちがヌミシカの手をとり、星々とふざけあっていました。翼がないくせに、と笑っています。ヌミシカはミーシカよりも魔法が使えました。精霊たちの声も森に入る前からずっと知っていました。けれども触れるのははじめてでした。

 おばあちゃんは毎日、彼らと過ごしていたのかしら。お母さんは彼らを見たことあるのかしら。ヌミシカは不思議と彼らの存在を産まれた時から、いや、その前から知っているように感じていました。


 神が作りしこの体。

 神が作りしこの世界。

 罪深き私たちを許してください。

 罪深き私たちを憐んでください。

 罪深き私たちをお助けください。

 妖精の元まで無事に届けてください。

 家族の元まで無事に届けてください。

 ドゥムネゼウ主なる神に感謝を。

 マイカ・ドンヌルイ聖なる母に感謝を。


 足元には大木の群れ、視線の先には白い雪の積もった山々がありました。手足が氷のように冷たくなっていました。風で飛ばされそうになるバティークずきんを必死におさえ、小さな女の子は空を飛びました。

 ふと、風に乗ってヴァイオリンの音色が聞こえてきました。楽しそうな声も聞こえます。ヌミシカは銀色に輝く精霊たちにお別れをいい、足元の暗い森へ降りました。道のりの半分を超えた先まで、進んでいました。

 歩いて行くと、かすかに焚き火の明かりが木々からもれていました。ヴァイオリン、トランペット、アコーディオン、そして歌声も聞こえました。ツィガーニロマの音楽。ヌミシカは人間と出会えるかもしれない嬉しさに、走り始めました。音楽の精霊たちがヌミシカに手招きしています。「こっちへ」とかじかんだ手を引っ張っています。喜びを音楽にしたような温かな流れに乗り、帽子を被った男たちのもとへ向かいました。

「やあやあ、お嬢さん! 俺たちと一緒に踊りにきたんかい?」

「ええ、そう! どうしてこんなところにいるの?」

「さあね! いまは歌って奏でて踊ろう!」

 幕開けのように、艶やかな色彩がふらりとあらわれました。素敵なスカートを履いた女性が舞っています。赤い上着が焔のように揺らめいていました。浅くかぶったバティークから黒髪の三つ編みがのぞいていました。髪にからめた赤い紐が川に流れる花びらのようでした。

 眠りかけていた草花が目を覚まし、手拍子をはじめました。

 指を鳴らす者、声をあげる者、笑う者。

 気になってヌミシカに着いてきていた風の精霊たちが、音楽の精霊たちに踊りを申し込んでいました。


 我らは旅人 

 あちらこちらを旅する

 男どもは帽子をかぶり

 女どもは三つ編みを揺らす

 ヴァイオリンを片手に

 さあ歌おう 奏でよう 踊ろう


 楽器を持っていない人々は瓶を片手に笑っていました。夜空のような黒髪が焚き火の光で輝いていました。流れるように長い三つ編みがヌミシカのもとへやってきて、微笑みかけました。ヌミシカよりも濃い肌の色が繋いだ手をとかしました。女性の首元を飾る、裕福さをあらわすコインのネックレスがきらめきました。金の腕輪が踊るたび、しゃんと鈴のような音を立てました。赤色、黄色、緑色、翡翠色、金色、黒色、白色、茶色、赤茶色、紫色、また金色がきらめきました。ヌミシカは見様見真似で女性のように踊りました。

「上手だな!」

 ヴァイオリンを弾いていた男性が声をあげました。まるまる大きく太ったお腹。いつの間にか弦ではなく、瓶を片手に笑っています。

「お嬢さん、お名前は?」

「ミーシカ・ヌミシカよ! おじさんは?」

「俺ぁヴァシレよ! 飲むかい?」

 真っ赤になった顔に白い歯があらわれました。ファソレ・アルビ白いお豆みたいな歯ね、とヌミシカは笑い、ことわりました。それからはっと思い、木の根元に置いておいたカゴから葡萄酒を取り出しました。

「これあげる。ポマナよ!」

ボダプロステ。ドゥムネゼウ・セ・イェルテお嬢さんにご加護がありますように。ご冥福をお祈りするよ! でもどうしてだい?」

「おばあちゃんが亡くなったの。私たちは彼女のもとへ行く途中だったの」

「そうかいそうかい」

 眉をさげながらもらった瓶に口を付けると、アコーディオンを弾いていた背の高い男性にも渡しました。瓶から出てきた精霊たちがにやつきながら、おじさんたちの顔を葡萄酒で真っ赤に塗っていました。イタズラっ子なのね、とヌミシカは込み上がる笑いをおさえていました。

「かわいらしいお嬢さんからだ!」

 ボダプロステと声が響き、またヴァイオリンの音色がながれました。ヌミシカの手を引いて踊った女性がやってきました。真ん中に分けた前髪がすこし乱れていました。

「ボダプロステ。葡萄酒をありがとう。よかったら私の馬車で眠らない?」

ムルツメスクありがとう。ちょうど困っていたの」

 星たちすら眠りかけていました。楽器が止み、語り合う音だけが聞こえました。時折笑い声が漏れ、次第に静寂が訪れました。遠くでフクロウソロモンではないが鳴いています。ふわりと、眠りの精霊たちが人々に毛布をかけていました。

 暗い中、女性に手をひかれヌミシカは馬車に入り込みました。ローズマリーの香りのする毛布につつまれ、女性と手を繋ぎ眠りました。

 ヌミシカは夢を見ました。

 目の前にはミーシカがいます。陽の光がきらきらと、まぶたを撫でていました。目の前の少女は赤い花が描かれたイエブラウスと彼女のお気に入りのエプロンを着ていました。

「自分」を見下ろすと、おじいちゃんのベストと教会に行くときに着る青いワンピースが見えました。

「私たちの」ではない、「自分だけ」の体。

 ヌミシカは、はじめて出会った姉妹の手をとり、くるくるとでたらめな歌を歌いながら、まわりました。くすくす、くるくる、くすくす、くるくる。目が回って芝生に倒れ込むまで二人は楽しみました。

 横たわりながら、ヌミシカは姉妹に言いました。

「はじめまして!」

 今度はミーシカが。

「はじめまして!」

「私はヌミシカ」

 ヌミシカは言います。

「私はミーシカ」

 そして、ミーシカも言いました。

 見つめ合い、二人はくすくすと笑いました。子猫の兄弟がじゃれつくように、芝生の上を笑い転げました。お揃いのコマドリ色の髪の毛には葉っぱがくっついていました。お揃いの瞳と同じ色の葉っぱ。

 ふと、どこかで見たような紫色の花びらがひらひらと見えました。繋いでいた手が離れたように感じました。お母さんの香りがしました。

 やさしく、あたたかな。

 頭に口付けが。

 ——誰かが呼んでいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る