43 これぞハッピーエンドです!

 毎日、一等甘いイチゴを使ったユニコケーキは出てくるし、生活を支えてくれていたノアとアンジェラの負担は減ったけれど、ルルが望んでいる三食昼寝つき巣ごもりライフとはかけ離れすぎていた。


「このあいだなんか、息抜きに城を歩き回ろうとしたら、お兄様が廊下に張っていた糸にかかって逆さに釣り上げられるたの。どこで暗殺者と遭遇するか分からないとはいえ、やり方が強引すぎるわ。やっと下ろされたと思ったら『歩くのなら侍女を連れて部屋を出なさい』って叱られたのよ」


「気持ちは分かります。ルルーティカ様は、いつどこでお昼寝なさるか分かりませんから。毛玉状態で眠ってしまえば、そのままゴミとして捨てられかねません」


 ノアが兄の方に共感したので、ルルはむっとした。


「それに! 裏庭を散策しようとしたら、ヴォーヴナルグ殿の命令で聖騎士が掘っていた落とし穴にはまったの! わたしが勝手に出て行かないように、道に大きな籠を設置しているのも彼らよ。まんまと罠にかかるのが面白いらしいわ。土を落としてくれたアンジェラは、『予定にないところに行くときは、ちゃんと周りの大人に知らせて、お菓子とお茶を持って行け』って諭してくるのよ」


「それも分かります。人知れずどこかで睡魔に負けて、お腹が減って動けなくなるのがルルーティカ様です。ヴォーヴナルグ団長は側にいるとうるさいですが、直感はさすがですね」


 ノアはやっぱり向こう側だ。

 過保護な彼らに、ルルはもううんざりしているというのに。


「わたし、もうこんな扱いは疲れたわ。落ち着いてお昼寝したいし、金貨を数えたり本も読みたい。このままでは家出してしまうかもしれないわよ。ノアを連れて」

「私を連れていってよろしいのですか。聖王の座から逃げられなくなりますよ?」

「逃げられなくてもいいわ。ノアと一緒にいられるなら」


 ルルも自分なりに考えたのだ。

 二角獣の彼が、なぜ人に化けてまで自分に付き従っているのか。


「ノアの一番の願いは、わたしを聖王にすることでしょう? わたしの一番の願いはノアと末永く生きていくことだわ。わたしが聖王になってたら、ノアの理想も叶う。そしたら、ずっと一緒にいられる気がするの」


 ルルは仰向けになった。まっすぐノアを見る瞳には強さがある。

 いつもの眠たがりから垣間見える幼子の気配はなりを潜めて、一人の女性として共に生きる道を模索している彼女に、ノアは我を忘れて見入った。


「ルルーティカ様……」

「だから、どんなに辛くても逃げたりしないのよ。でもね、ちょっとだけ息抜きに出かけたいなって最近思うの。新しいネグリジェを買ったり、お揃いの食器を見たり、同じ籠のパンを食べたりできたら幸せだなって。ノアは、そう思わない?」

「っ……!」


 不意打ちで小首を傾げられて、ノアはくらりときた。体が傾いだ先に天蓋を支える支柱があり、ぶつけた頭からゴン!と派手な音が出る。


(我が主ながら、どうしてこの方は、こうもかわいいのか……)


「ノア、すごい音がしたわ。頭は大丈夫?!」

「大丈夫ではありません……。今すぐ貴方を独り占めしたい」

「えっ?」


 はね起きたルルの手を引いて、ノアは立ち上がった。窓を開けてキルケゴールを呼ぶと、翼を広げた黒い一角獣が浮かび上がる。


「ルルーティカ様が落ち着いてお休みになれる、狭くて温かい部屋を探しましょう。そこから城に通って執務をなさればいい」

「それってどういう――」


 ノアは、ルルの顔を覗き込んで、愛おしげに目を細めた。


「一緒にいましょう。今よりも長く、もっとくっついていられる、二人だけの場所で」


 毛布を羽織るルルを抱きかかえて、ノアはキルケゴールに飛び乗った。手綱を握ると、塔に駆け上がってきたイシュタッドが窓から顔を出す。


「ノワール、次の聖王をどこに持ってく気だ?」

「新居を探しに行ってきます。暗くなるまでには帰りますので」

「はいはい、どこに行くか言えて良い子ですね……って、なんだよ急に。出自不詳の男と同棲なんか、お兄ちゃんは認めないぞー?」


 戻ってこいと叫ぶイシュタッドを無視して、キルケゴールは大空にはばたいた。

 窮屈な城から離れて、庭を飛び越えて、街が砂粒になりそうなほど高度を上げていく。冷たい風に頬をさらしながら、ルルはやってしまったと後悔した。


「お兄様の言いつけを破ってしまったわ……」

「たまには自由にされてもよろしいのでは。あれはもう聖王ではなく、ルルーティカ様最愛騎士団の騎士ですし、それに――」


 ノアは、腕を伸ばしてルルの頬に触れ、後ろを振り向かせた。

 たなびく銀髪と同じ色の睫毛に彩られた瞳に、落ちていく太陽の光と、ノアの姿だけが映っている。空には鳥一羽とて飛んでいない。


「――貴方のすべては私のものですから」


 目を閉じてくちびるを重ねると、胸がきゅうと締めつけられる。

 彼女の他には何もいらない。自分の何もかもを差し出してもいい。人間に、心からそう思える日が来るなんて、二角獣の姿だったころは思いもしなかった。


 ノアにとってのルルは、宝石のように艶やかで、ケーキのように甘くて、壊れやすいものだ。たまに触れるのが怖くなるけれど、触れたらもう離したくない。


 愛しいルルの鼻に、頬に、額にキスの雨を降らせていく。手綱を放して細い腰をか抱きしめると、今度は彼女から頬にキスをしてくれた。

 そして、お互いに額を寄せて笑い合う。


 恋人たちの邪魔をしないように、キルケゴールはゆったりと空を飛ぶ。その軌跡が大きなハートを描くのを、地上の一角獣たちは慈しむように見つめた。

 一角獣の王に選ばれた聖女と、彼女を愛してしまった人ならざる騎士の未来に、幸せな結末があることを祈って。


 《了》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【コミカライズ】黒騎士様から全力で溺愛されていますが、すごもり聖女は今日も引きこもりたい! 来栖千依 @cheek

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ