〈第28話〉 魔獣による被害が出た


 ディーナス男爵家の屋敷から、一台の馬車が走り出した。

 ローブを深くかぶっているため、御者の顔は見えない。

 しかし、乱暴な馬の扱い方は到底貴族に仕えている者とは思えない。

 その様子を離れた位置から見ていたクラウドは、グッと拳を握る。

 あの馬車にはアメリアが乗っているのだ。

 そして、目的地にはローレンスがいる。

 アメリアからローレンスの話を聞いてすぐ、カルヴァーグ家に部下を向かわせた。

 しかし、ローレンスはアメリアと同じく半年前から戻っていなかった。

 一体、どこに身を隠しているのか。


「シャトー副団長、魔獣による被害状況を報告します」


 魔眼を使ってアメリアを見ていたクラウドは、その声で魔眼を閉じる。

 アメリアをディーナス男爵家へ送り出した後、コラフェル地方でアンポクスに侵された魔獣が数匹現れたのだ。

 すでにクラウドが仕留めたが、駆け付けた時には怪我人も出ていた。


「怪我人が十人、魔獣の魔力に充てられて意識を失った者が二十人。幸い、死者は出ておりません。ただ……」

「どうした?」

「意識を失った者たちが全員目覚めないのです」


 怪我人の治療は、ジュリアンがいるから問題ない。

 そう考えていたのだが、アンポクスが絡むと一筋縄ではいかないようだ。


(くそ。今はアメリアからも目が離せないというのに……)


 今回のアメリア潜入作戦は、クラウドとジュリアンだけしか知らない。

 高度な変身魔法を使えるアメリアの存在を隠しておきたかったのだ。

 誰にも利用させないために。

 魔法騎士団にも変身魔法を使える者はいるが、魔力の消耗が激しく、長時間姿を保つことはおろか、何にでも変身できる訳ではない。

 アメリアに自覚はないようだが、魔力量が多く、願うだけで簡単に姿を変えられるのはかなり別格だ。

 そんな逸材がいて、騎士団の作戦に参加したなどと知られれば、放っておいてはくれないだろう。

 そして、アメリアはきっと、自分が役に立てるのなら、と断らない。

 それが分かっているから、クラウドはアメリアの変身魔法について誰にも知られないようにしていた。

 ――アメリア自身にも。


 彼女は本当に無事なのだろうか。

 声を聞いても安心はできなかった。

 クラウドの心臓はずっと嫌な音を立てている。

 心配でたまらない。

 アメリアを泣かせてしまうような自分には、心配する資格もないのかもしれないが。


「副団長?」

「……あぁ。すぐに向かう」


 アメリアの気配を追いながら、クラウドは目覚めない人々のもとへと走った。


 ***


 コラフェル地方の街は、魔獣に襲われてかなりの混乱に陥っていた。

 再び魔獣が襲ってくるのではないか。

 次は死人が出るのではないか。

 騎士団が常駐していながら、何故襲われたのか。

 魔獣によりもたらされた恐怖と不安は、すべて魔法騎士団に向けられていた。


「どうして、私の息子は目覚めないの!?」

「早く治癒魔法でなんとかしてっ!」

「結局、魔法騎士団は俺たちを守ってくれないじゃないか!」


 怪我人が運ばれている病院にたどり着き、クラウドの表情は硬くなる。

 守るべき民を守れなかった。

 アンポクスに侵された魔獣は、通常の魔獣よりも狂暴化している上に、痛覚も麻痺しているのか、命尽きるまで暴れまわる。

 コラフェル地方に常駐している騎士たちには荷が重かっただろう。

 それに、魔獣が現れたのは同時に数か所だった。

 想定外の同時多発的な襲撃に対応できず、後手に回ってしまったのだ。

 しかし、クラウドがすべての魔獣を倒すまで、彼らはよく持ちこたえてくれた。

 この場の責任者は、魔法騎士団副団長である自分だ。

 クラウドはわざと靴音を響かせ、存在を示す。


「今回の魔獣被害は、彼らがいたからこそ最小限にとどまった。この街を守ろうとした彼らに、それ以上の言葉は控えていただきたい。そして、今は怪我人の治療に専念させてくれないか」


 そう言って、クラウドは頭を下げた。

 今優先すべきは、人命だ。

 アンポクスによる魔力増幅が魔獣にどのような作用をもたらしたのか。

 通常の治癒魔法で対処できないのならば、クラウドの魔眼で魔力を視認するしかない。


「そうですよ、皆さん。魔法騎士団の方々はよく頑張ってくれています」


 ゆっくりと歩みを進めながら入ってきたのは、コラフェル地方の領主フォルス・ディルメントだ。

 クラウドも、赴任初日に挨拶をしている。

 伯爵位を持つ彼は、ディーナス男爵とも繋がりがあり、アンポクスの解決に向けて協力を惜しまないと約束してくれた。

 魔法騎士団副団長と領主自らが足を運んだことで、人々はそれ以上何も言わなかった。


「シャトー副団長、お役に立てればと思いここまで来ましたが、うまく収まってよかったです」

「ディルメント伯爵、わざわざありがとうございます」

「当然ですよ。騎士団の皆さまにはコラフェル地方を守っていただいていますから。でも、魔法薬も治癒魔法も効果がないとは……心配ですね」


 フォルスの言葉に、クラウドは頷く。

 実際に意識が戻らない人を魔眼で見ると、黒い靄がかかっていた。

 アンポクスの魔力の残滓だろう。

 そして、その靄は魔法薬でも治癒魔法でも晴らすことはできなかった。


「そういえば……最近、新しく開発された魔法薬のサンプルがあるのですが、お役に立てないでしょうか?」

「新しい魔法薬? それはどのような?」

「開発したのは、私が懇意にしているカルヴァーグ商会で、たしか魔力の影響を無効化する薬だと言っていました」

「今すぐその薬を見せてください」


 商会独自で薬を研究し、開発することは珍しくはない。

 しかし、このタイミングでカルヴァーグ家の名が出たのは都合が良すぎる。


「お待たせしました。こちらです」


 フォルスが持ってきた新薬は無色透明の液体で、小さなガラス瓶に入っていた。

 クラウドは小瓶の蓋を開け、魔眼で確認する。


(魔法薬なのに、魔力の気配がない……?)


 クラウドは魔法薬を調べるため、一滴舐めてみる。

 匂いも味もしない。

 しかし一瞬、たしかに自身の魔力が揺れた。

 これならば本当にアンポクスの影響も無効化できるかもしれない。

 開発した商会がカルヴァーグ家であることは引っかかるが、この薬に害はなさそうだ。


「ジュリアン」


 クラウドはすぐに治療班で指揮をとっていたジュリアンを呼ぶ。


「これをすぐに調べてくれ。もしかしたら、アンポクスの解毒剤になりえるかもしれない」


 そして、ジュリアンもその効果を確かめて驚いていた。

 安全だということが分かり、意識を失った者に飲ませれば、すぐに効果は現れた。


「目が、覚めたぞ……っ!」


 魔眼で視認しても、黒い靄は晴れていた。


「ディルメント伯爵、この薬はすべて騎士団で保管してもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。カルヴァーグ商会へは、私の方から連絡しておきましょうか?」

「いえ。俺が直接話します」


 これまで、アンポクスに解毒剤は存在しなかった。

 解毒剤が開発されたのは喜ばしいことだ。

 しかし、カルヴァーグ家への疑惑は増した。

 解毒剤を開発できるということは、アンポクスの成分を理解していなければできないのだから。


(アメリア……)


 カルヴァーグ家がアンポクスと繋がりがあるなら、長男であるローレンスも無関係ではないだろう。

 そして今、アメリアはヴィクトリアとともにローレンスのもとへ向かっている。

 解毒剤の件だけでも、繋がりがあることは分かるはずだ。

 これ以上、アメリアが危険を冒す必要はない。


「ジュリアン、カルヴァーグ家へ向かうぞ」

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