3-2 功績と副会長

 

「島崎栄一は退部を受け入れたようだな」

 

 南岳の言葉に、朱河原は胸を張って答えた。

 

「ええ、新聞部部長の神田への働きかけが功を奏しました。最初は抵抗を見せましたが、こっちは新聞部の弱みなんていくらでも持ってますからね──もちろん合法的な範囲内での工作ですから、騒ぎ立てられることもないでしょう」

 

 また一つ、実績を積み上げた。朱河原はそう思った。

 梁山が連上の排除に失敗して南岳の心証を著しく悪化させた今、着実に命令を実行して自らの能力を証明することには大きな意味がある。この機に確実なリードを築いてしまえば、朱河原は梁山よりも一段上の立場を確保することができる。南岳の中で部下の順位を固定させることができるのだ。

 果たして、南岳は満足げな表情を浮かべていた。

 

「良くやった。とりあえずこれで、あの忌々しい連上の手を一本もぎ取ってやったわけだな」

「ただ──気になる点がないわけじゃないんですよね」

 

 朱河原は呟いた。気にしているのは、新聞部を退部した島崎がその後すぐに新設の情報処理部なる部活動に入部したことだった。その部の設立者が──他でもない、連上千洋なのである。

 あの喰えない少女が頭に立って集団を組織したとなれば、これはもう何かを企んでいることは間違いない。朱河原は朱河原で向こうが何かしてきた時に対応できるよういくつかの仕込みを独自に進めてはいたが、連上が行動を起こしてからで間に合うのかという不安はずっと付き纏っていた。

 朱河原の懸念は、すべてを語らずとも伝わったようだった。南岳は腕を組むと、目に用心深げな光を宿して頷いた。

 

「ああ、報告は届いている。あれは──島崎が新聞部から追い出されたことを受けての対抗策なのだと考えていいものだろうか?」

「それにしては動きが迅速過ぎます」横の机で書類に目を通していた生徒会副会長の魚住港士うおずみこうしが無表情で会話に割り込んできた。仕事に専念しているような素振りを見せておきながら、こっちの会話の内容はしっかりと把握していたらしい。「昨日、創部申請届を見ました。部の新設が認められるためには五人以上の部員を集める必要がありますから、島崎の排除を受けて動いたとすると準備の時間が足りません。むしろ、連上には連上独自のプランがあり、たまたま同時期に無所属の身となった島崎をその中に取り込んだという可能性が高いのではないかと」

 

 魚住は、南岳の手足となって事務を行っている秘書的存在である。その外見は独特の雰囲気に包まれていた。太い眉に尖った鼻、引き締められた口。眼は大きいが常に瞼を半分閉じていて、すべてを達観しているように見える。丸刈りの頭も相まって、まるで齢を重ねた禅僧といった様相である。外見だけでなく性格も高校生離れしており、その無機質なまでの冷静さと合理性は、従順さと仕事の的確さも相俟って南岳から高い信用を得ている。だからこそ、今のような突然の容喙ようかいも許されているのだ。

 朱河原としては魚住よりも多くの骨を折り、多くの手柄を上げてきたという自負はあるが、もしかすると南岳は機械的なまでに自分に忠実な魚住をこそ後継者に選ぶつもりかもしれなかった。そういう意味で、魚住は朱河原にとって目の上の瘤だった。

 魚住の意見を聞いたことで、朱河原の脳裏に一つのアイデアが閃いた。それは前々からパターンとしては考えていたもので、思いついたというよりは思い出したという方が正しいかもしれない。要するに、朱河原がこの組織の中で更にもう一段昇るための策略である。それを実行に移すためにもここは魚住の知見を超え、実務能力に加えて読みも上回っているという印象をアピールしておくべき──朱河原は狡猾にそう計算した。

 

「会長。魚住君の意見を否定するわけではないですが、私にはもう少し違う意見があります」

「言ってみろ」

「知っての通り、連上はかなりの策略家──テコンドー部を敗北させた時からすでに、遅かれ早かれ島崎が新聞部から追放されるであろうことを予測していたはずです。つまり、連上にとっては島崎が自分のもとに戻ってくることまで計算済みだったのではないでしょうか」

 

 喋りながら、魚住の様子を横目で観察する。何の実権も持たない生徒会副会長は、相変わらず能面のごとき無表情を保っていた。

 彼はいつだって朱河原の立てる功績には無関心で、己の立身出世には毛ほどの興味もなさそうに見える。しかし、その外見を朱河原は信用していなかった──その仮面の裏で、虎視眈々と王の地位を狙っているかもしれないのだ。

 忠義者の仮面を被りながら、南岳に取って代わる隙を窺い続けている自分のように。

 そんなことを考えながら、朱河原は言葉を続ける。

 

「であれば、情報処理部の設立も、島崎をより効果的に使うために整えられた組織なのではないかと考えることができます。もちろんこれは最悪の事態を想定したものに過ぎませんが──」

「今のところ、すべてが連上の思惑通り。そう言いたいわけだな?」

 

 南岳が目を細めた。

 

「だとすると、これからの連上の出方も大体想像が付きます。会長、この件はひとまず私に任せてもらえませんか? もし私の見立てが合っていたとしたら、それほど経たないうちに奴の思惑は破綻します」

 

 ふうん、と南岳は思案顔で息を吐いた。

 本当にそうすべきなのかと考えてはいるのだろうが、少なくとも朱河原の真意には気付いていない──演劇部の忠誠を疑ってはいない。

 

「お前の読みが外れていた場合はどうなると言うんだ?」

「もっと単純に片が付きますよ──奴自体が破綻するまでです」

 

 朱河原は自信満々に請け負った。

 提唱した陰謀論には大して根拠はなかった──否定する材料こそないが、そうでない可能性だって高い。にもかかわらず朱河原が堂々とその説を口にしたのは、連上を追い込んでしまえばあとはどうにでもなるからだった。そこまでの計画が連上の元になかったとしても、工作によってあったことにしてしまえばいいのだ。そうしてやれば、朱河原は連上の思惑をぴたりと言い当てた大勲章を得ることになる。

 そして──生徒会の危機を回避したことで、南岳にとっての忠誠度は魚住のそれを超えるはずだった。

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