第三章──知略戦争

3-1 追放と情報

 

「悪いんだが、明日から部活に参加するのはやめてくれないか」

 

 唐突だった。

 球技大会から五日後、島崎は神田部長から退部命令を申し渡された。

 植村と一緒に記事に載せる写真を選んでいたところを呼び出され、開口一番にこの言葉である。予想していなかったわけではないが、それでもそのあまりの単刀直入さに島崎は面食らった。

 

「どういうことですか?」

「君を退部処分にする」

 

 取りつく島もない。

 

「な──なんですか、それ!」

 

 横から出てきた植村が食ってかかった。珍しく激昂していた。

 

「島崎君が何をしたって言うんですか!」

 

 神田は面食らったように植村を見たが、すぐに渋面を作り直して重々しく言った。

 

「もう決まったんだ。植村、君には関係ない話だ。早く作業に戻れ」

「戻りません! 納得いく説明をして下さい!」

「いや、いい──んだ。植村さん」

 

 島崎は神田に詰め寄る植村の肩を掴んで止めた。

 

「なにそれ……」

 

 植村は衝撃を受けたように表情を硬直させ、やがてそれは歪んで崩れて、とても悲しそうな顔になった。

 植村は知らないのだ。島崎が部活動の合間に私用で掠め取った情報で学園の暗部に切り込んだことを。

 生徒会から睨まれても仕方ない──この処置はむしろ当然だった。

 

「部長、揉め事を持ち込んですみませんでした。短い間でしたがお世話になりました──新聞部、楽しかったです」

 

 島崎は神田の両眼を見据え、軽く会釈をして足早に部室を出た。

 戸を閉める。背後から植村の詰問がなお聞こえた。それに返答する神田の言葉の中に、俺にはどうすることもできない──という文言があった。逆らったら部が危ういとまで言われたんだ──とも聞こえた。植村はそれに反駁し、神田の弱腰を糾弾した。最初怒りに支配されていたそれは、やがて涙声に変わっていった。

 島崎は嘆息した。

 植村さんはいい人だ。心からそう思った。

 

 

 

「まあ、そうなるだろうねえ」

 

 翌日、昼休み。

 事の経緯を聞いた連上は、大して驚きもせずにそう言った。

 

「ああ──まあな」

 

 生徒会側からすれば連上に情報が渡らないようにするのは必須事項なのだ。こんな時がいずれ訪れるだろうと予想していた分、腹も立たなかった。

 

「まあ正直、あたしもそろそろじゃないかとは思ってたんだよね。いいよいいよ、もう生徒会資料室なんかに用はないから気にする必要はまったくない。所属し続けている方がむしろ常に動きを把握されるというデメリットになるし、辞めて正解ってものだよ……そこでさ」

 

 連上はずいっと島崎に顔を寄せた。

 

「あたし達で部活を作ろう」

「……はあ?」

 

 あまりにも意外な発言に島崎は素っ頓狂な声を出してしまった。

 部活を作る──それがいったい何を意味するのか。

 

「どんな部活だよ」

「そうだな、それらしく名づけるなら……うん、情報処理部、でどうだろう」

「情報処理部?」

「ああ。この情報化社会において必要不可欠な情報処理の基礎的技術を学び、校内にも貢献する──と、これが建前」

「建前?」

「ああ。まあパソコンが使える部活なら別になんでもいいのさ。無事できた暁には是非入りたいという希望者もすでに集めてある」

「パソコン──ねえ」

 

 島崎は眉根を寄せた。

 

「だけどなあ。実際、僕やお前が関わっていると知れた時点で創部なんて受理してもらえないと思うんだが」

 

 生徒会の威光は気に入らない奴を部活から追い出すことができるほど強力なのだ。まして新規の部活の設立については生徒会が審査を直接受け持つことになっている──握り潰すのは朝飯前だろう。

 

「通常ならそうだね。だから、情報処理という建前を作るんだよ」

 

 連上は半眼になってわずかに笑った。

 

「言っただろう? 校内にも貢献するって。連絡事項の伝達とか情報の授業の際の資料作成とか、つまり何らかの形で情報処理部が校内の仕事の一端を担う形にすればいいわけだ。早い話が教師を話に巻き込むってこと」

 

 そうか、と島崎は膝を叩いた。

 

「教師を味方につけて請求すれば奴らもそうそう無視はできないだろうって読みか。いや、しかし──あからさまに握り潰されることは防げても、なんやかやと理由をつけて受理を後回しにし続けることはできるだろう。それを止める術なんて僕達にはないじゃないか」

「その時は、そうだな」

 

 連上は鞄を手元に引き寄せ、中からクリアファイルを取り出した。そこから出したのは数枚の紙片──球技大会前に島崎が連上の指示でテコンドー部を隅々まで調査し、その情報を綴ったメモだった。

 

「こいつを引き合いに出せばいいよ。つまりテコンドー部は申請から受理までこんな短期間で済んでるぞ、ってね」

「それも、個々の部の性質の違いだって済まされそうな気が──あ」

 

 島崎はそこで気付いた。

 多分、そうはならない。

 生徒会としてはテコンドー部についてはあまり触れて欲しくないのだ。テコンドー部は部活の皮を被った私兵団──自らの支配体制の一角を担う暗部なのだから。騒ぎ立てて注目が集まるのは生徒会にとって好ましくない──しかも連上はテコンドー部と生徒会の癒着を示す証拠を押さえている。これはもう、はっきりとした脅しでしかないわけである。

 

「そうか……これを使って捻じ込めば、設立できる、かもな」

 

 そうだろうと言わんばかりににやにや笑っている連上に、島崎はさらに訊ねた。

 

「なるほど、そこまではわかったよ。で、その情報処理部とやらを作ってお前は一体何をやる気なんだ?」

 

 ふふん、と連上は意味深な笑いを漏らした。

 

「それはまだ秘密ということにしておこうかな──ただ、これはいずれ来る時のための準備なのだとだけ言っておこう」

「準備?」

「ああ。あたしの考えが正しければ」

 

 情報処理部の設立は後に必ず生きる──と、連上は断言した。

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