第32話 20分間の出来事

朝、といっても午前9時半頃、駅に向かうバスに乗った。


バスに乗る行列の、私の前には2人組の女子生徒がいる。


身体もまだ小さいから、中学生だろうか。

と、ふと目が合ったその時、私は思わず内心の動揺を隠せなかった。


2人のうち1人が、アイシャドウ、と言えばいいのだろうか、目の周りに化粧をしている。


すんげえなあ、こんな幼い感じなのに、一人前のOLみたいだ。


私は瞬間的に目を逸らした。


と、バスが来て、私たちは乗り込む。


1番後ろの座席がまるまる空いていたので私はそこへ座り、彼女らは真ん中あたりに並んで座った。


バスが発車して、数分後、2番目か3番目の停留所に停まったが、何人もバスを待っている人の中で、乗ってきたのは1人だけだった。

と、50代くらいの男性が、このバスめがけて走ってきたと思ったら、見事に何かに足を引っ掛け転倒した。

私は思わず、あっ、と声が出そうになった。

3、4人が男性を起こそうと一瞬のうちに集まった。


私は窓越しにその男性を見ていた。バスはゆっくり発車してしまった。

非情な運転手だ。

男性は笑いながら立ち上がった。リュックを背負って手さげを持っている。怪我はなかったようだ。全く危ない。

しかし、何かを間違えれば、転んだ男性は私であってもおかしくなかった。

つまり、そういう年齢になったのだということだ。気をつけないと。


スマホをいじっていると、子供の泣き声が聞こえた。

見ると、若いお母さんが、赤ん坊をベビーカーに乗せて、優先席に座っている。


大丈夫かな、あのお母さん、1人で子供とベビーカーをバスから下ろすの大変だな、そう思っているうち、まもなくお母さんは、子供を胸に抱っこして立ち上がる。

立たなくていいのに。まだバスが停まってから立てばいいんだよ。

見ていてヒヤヒヤする。

お母さんは手すりにつかまっているが、バスが停まると手を離し、片手にサイフ、片手にベビーカーと傘まで持ち(言い遅れたが、その日はついさっきまで雨が降っていた)、ああ、大丈夫なのか、ちゃんと降りられるのか、転んだら子供は終わりだぞ,とハラハラしたが、無事バスから降りて歩き始めた。

気がつくと、もう色っぽい中学生は、2人ともバスを降りてしまっていた。

どこの学校の生徒だったのだろう。降りるの見とけば良かった。

もうすぐ駅に着く。


僅か20分の間に色々あったな、これはエッセイに書かないと、そう思いながら私はバスを降りる。ふと、足を引っ掛けて転びそうになって、ひとり苦笑いする。

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