第21話 中国の女の子

妻が、YouTubeを見ながら歌をうたっている。

大分前に流行った、懐かしいキレイな歌。


私は妻が楽しそうなのを見て、少し幸せな気分になる。


ある年の1月1日、箱根に遊びに行ったのはもう30年近く前のことだ。


喫茶店でアルバイトしていた、通称りえちゃんという中国、大連市の出身の女の子に声をかけ、友達になり、お互いにバイトも仕事もない1月1日、ロマンスカーに一緒に乗って終点で降りた。


登山電車に乗り換え、確か何となく宮の下で降りて、川辺を歩いたのを覚えている。


私は日本の歌をうたってみせ、中国の女の子は大陸の少数民族の歌をうたってくれた。

キレイな声だった。


それからお昼を食べるため、私は黙って富士やホテルの一階にあった回らないお寿司屋さんに彼女を連れて行った。

彼女が寿司が大好きなのを知っていたからだ。


席はひとつずつパーテーションで仕切られた高級感のある店内で、私たちは隅っこの席に座って一人前ずつ握りを注文した。


その頃若くてよく食べた私は、一人前では足りないと思ったが、高い寿司を2人前もとるわけにはいかなかった。


その時、中国の女の子は、

「わたし、餃子作ってきました」

と言ってタッパを取り出し、蓋を開けた。

私たちは、パーテーションの陰で、こっそり寿司と一緒に餃子を食べた。

皮も手作りの、心のこもった、彼女の作ってきた餃子。


その時の中国の女の子の笑顔を、私は一生忘れない。


妻が歌をうたっている。

楽しそうなその声を聞いて、30年近く前の、元旦のことを思い出した。


中国の女の子は今どうしているだろう

ーということにならなくてよかった。

その女の子と一緒になって本当に良かった。


楽しそうにしている彼女を見て、もう30年も前のことを思い出した。

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