第17話 お願い

「お前たちは先に帰れ」


 ヴァラルクストの言葉に四人の侍女と影は魔王を振り返った。


「どうなさるのです?」

「この愚か者のおかげで、敵の所在がわかった」


 召喚勇者ロイ。彼の連れていたハーレムの中に、とある国の王女が混じっていた。〈鑑定〉でその称号を読み取ったヴァラルクストは、勇者召喚の黒幕が何者なのかを知ったのである。


 ルーチェと出会ったことは感謝してもいいが、それ以前に召喚されたことで彼女は本来の家族と引き離されている。なにせ異世界のことだ。手掛かりがあるわけもなく、二度と会うこともできない。それを思えば放置などあり得ない。


 そして性懲りもなくまた異世界人を召喚したのだ。


「またルーチェを泣かされてはかなわん。元から断っておかねばな」


 ボロボロになって意識を失っているロイとその取り巻きが、団子になって宙に浮かび上がった。


「このゴミも叩き返してこよう」


 凄絶な笑みを浮かべる魔王の体が、形を変え巨大化していく。間もなく森を圧し潰さんばかりの巨大な黒竜がそこに現れた。巨体が音もなくふわりと空へ舞い上がる。


 羽ばたけば暴風となり、ルーチェらを巻き込んでしまう。重力を操るヴァラルクストにはこの程度のことはたやすい。


「お早いお帰りを……」


 滑るように遠ざかる黒竜を見送って、一同は城へと帰還した。





 さて、その日とある国が崩壊した。国内にある砦のすべてが破壊され、王都に巨大な竜が降り立ち、人々が逃げ出し空になった王城を粉砕した。


 最後に地震が起き、王都の民が我に返った時には町のそばを流れていた川がなくなっていた。後日判明したのは、王都へと流れていた川が、別方向へ曲げられていたということだ。


 そしてそれらは魔王の報復だったことが、半殺しにされて戻ってきた勇者と王女の口から暴露された。


 水源を失った王都は使い物にならない。国王は責任を追及されて内乱が勃発。どさくさに紛れて周囲の国から領土を切り取られ、国の名は消えた。


 触らぬ神に祟りなし。少なくとも当代魔王が存在する間は、手出しをするべきではない。各国の王はそう心に刻み込んだ。





 一仕事終えたヴァラルクストが城へ戻ると、目を覚ましたルーチェが荒れていた。周囲で四人の侍女たちと、カウロアとベノウスがおろおろしている。


「一体どうしたんだ?」


 怖い思いはしただろうが、皆無事だった。だが、どうやらそういうことではないらしい。


「勇者なんていやー!」

「ああ、あいつはもういないぞ。二度とルーチェの目に触れるようなことはない」


 一応ルーチェと同じ境遇だ。だから殺しはしなかった。だがすっかり心折れていたので、どこかに引きこもっているに違いない。


「そうじゃないの!」

「んん?」

「あいつはは皆をいじめた! 気持ち悪い! そんなのと同じ勇者なんて嫌なの!!」

「えー……あー、そうなのか」


 さしものヴァラルクストも困った。ステータスの書き換えまではさすがにできない。隠蔽か偽装なら何とかなるか。そう思ったヴァラルクストは、半泣きで赤い目をしてぷうと膨れるルーチェに訊ねる。


「じゃあ、何になりたいんだ?」

「……陛下のお嫁さん」

「えっ?」


 思わずどきりとする。ルーチェを婚約者に決めたのは、まだ彼女が赤ん坊だった頃だ。そこにルーチェの意思はない。ヴァラルクストはその時になって嫌だと言われたらどうしようと思ったこともある。


 だが、この様子だとそんな心配はいらないようだ。今回もバレンタインの贈り物のためにこっそり外出したらしい。


「そ、そうか」

「うん。もう勇者なんかなりたくない。お嫁さんがいいの」

「そうか……」


 腕の中の体温に癒される。ルーチェはまだ子供だし、自分は断じて幼女に欲情する変態ではない。だがルーチェが望むなら、とりあえず先に婚姻だけ結んでしまってもいいかな、などと思ったりもする。


 もういまさらルーチェを手放すなんてことはできないのだ。本当の夫婦になるのは四、五年先だろうが、そんなものは誤差にすぎない。


 膝の上からじっと上目遣いに見てくるルーチェ。抱きしめてぽんぽんと頭を叩くと、ぐりぐりと顔を押し付けてくる。


「わかった。じゃあ俺のお嫁さんになれ」

「うんっ!」


 安心したように笑うルーチェに頬を寄せて、ヴァラルクストも笑う。ルーチェのお願いだ。叶えずばなるまい。

 


 それから間もなく、勇者は魔王のお嫁さんにクラスチェンジした。ステータスにある『勇者』の文字など些細なことだ。


                        ――――おしまい。

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魔王様のブレイブメーカー 踊堂 柑 @alie9149

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