第23話 お茶会。


 端的に言えばそのお茶会は、悲惨だった。


 よく晴れた日、気温も穏やかでお茶会にはうってつけの陽気だというのに、まるで暴風雨が吹き荒れているかのような寒々しい空気だった。


 コール家の庭に用意されたお茶会用のテーブルには真っ白なクロスが敷かれ、ふたつの二人掛けソファとひとり掛けのソファ。

 それに向かい合って座り、にこやかに挨拶する私とカレン、レイ様。

 

 お茶会とは言え主催であるティーゼルがなかなか現れないことを詫びながらも間を持たせるよう様々な話題を振った。


 後でティーゼル様にはきちんと注意しなければ、いつもこうであれば信用をなくしてしまうわ。


 そんなことを呑気に思っていたのに、まさか今日を限りに関係を断たれようとは思わなかった。


 ティーゼルがやっと現れたかと思うと、来てくれてありがとうと不自然にかしこまった態度でお辞儀をする。そしてなぜか私の隣ではなくお誕生日席のようなひとり掛けのソファに座った。


 一同が首をかしげた瞬間、彼は不思議なことを言った。


「シェリー、君はどういうつもりなのかこの場でハッキリ言ってくれ。」


「………はい?」


 全く意味が分からない言葉に、カレンもレイ様も私を見る。


 しかし彼は私を非難するように強く言った。


「僕の口からではとても言えないが、君が全てを懺悔し謝るのなら、僕は許したいと思っている。セイルム侯爵令嬢のためにも。」


「はあ…?」


 ティーゼルの愚痴さえも聞かせてしまう程仲の良いカレンは、元々彼を良く思っていない。

 加えてその発言により、柔らかな茶色の目が吊り上がって少し苛立っているのが目に見える。


 慌てて目配せをしてどうにか彼女の怒りを抑えてもらいつつ、私は慎重に彼へと向き直った。


 背筋を伸ばし、ゆっくりと簡潔に問う。


「どういうことか分かりかねますが…私、何かしてしまったのですか?」


 そんな私の聞き方が悪かったのか、穏やかな顔を怒りに染めきっと睨みつけられた。そんな顔は初めてで、思わずびくりと肩が震えた。


「コール。どういう訳か分からないが、自分の婚約者にそんな目を向けて良いと思っているのか。」


 立場的に言えば、彼は子爵で私は伯爵。婚約者であれどまだ籍を入れていなければ私は彼よりも階級が上。

 さすがに看過できなかったのか、レイ様が思わず立ち上がって言う。

 彼もまた、カレンから話を聞いているのか不審な目でティーゼルを見ていた。


 しかしティーゼルの突飛な発言に場の空気が持っていかれてしまう。


「貴方も自分の婚約者に、悪いと思ったことはないのですか!」


「は?」


 素の声が出てしまったようなレイ様の代わりに、今度はカレンが立ち上がった。


「ちょっと。さっきから何ですの?レイ様の婚約者は私ですが?貴方が何を知っているというの?」


 かなり怒っている様子のカレンに、一瞬遅れて彼に言われたことを理解したレイ様が顔を歪める。


 まずい、と思って私は急いで立ち上がった。


「ティーゼル様。全く分かりませんわ。ご説明ください。お二人にあまりにも失礼です。」


 ティーゼルは再び私を睨みつけて、憎々し気に言った。


「失礼なのはどっちだ!セイルム侯爵令嬢、この女はそのご自慢の容姿で貴女の婚約者をたぶらかしているんです!!」


「……え…」


 くらりと眩暈がし、片手をテーブルへつく。


 たぶらかす。

 私が?いつ?

 それは私が最も恐れていた噂で、最も避けていたこと。


 見下されないように。


 必死に虚勢を張って悪意ある誘いへ対抗していた自分が音を立てて崩れていく。


「シェリー?」


 カレンがすぐさま心配して駆け寄ってきてくれるが、突然の展開についていけない。それはレイ様も同じなようで、怒りも忘れて唖然としてしまっている。


「そんな薄情な女を心配するなんて、なんてお優しいんでしょう…。ヴォルドー様も、どうかそんな色香だけの女に惑わされず、ご自分の婚約者を大事にしてください。」


「ちょっと貴方―――」


「カレン…」


「でも…!」


 なんとかその名を呼んで怒りを鎮めてもらう。


 私は、確認したかった。今一度。


「色……色香、だけと…?」


 言って欲しかった。それだけではないと。


「ああ、そう言った。吐き気がするね。友人の令嬢の婚約者を紹介されて喜んで、あまつさえ手まで出そうとは。さすがに僕も限界だ。これ以上君を視界に入れたくもない。婚約は無かったことにしてもらう。ヴォルドー様も、よくお考え下さい。」


「ああ分かった。行こう、カレン。シェリーも、歩けるか?」


 見限ったように突然そう言ってレイ様は私の近くへ来た。


 私は返事もできずただティーゼルから放たれた言葉たちと戦っていた。


 何のためらいもなく真っ直ぐに言い放たれた言葉は、一体いつからその腹にしまわれていたのだろうか。

 ほんの少しでもその目に迷いがあれば、私は。


「シェリー…」


「ルべインの者、彼女を手伝ってやれ。ここに長居する必要はない。」


 それから記憶が途切れ、一番近くのカレンの屋敷で目を覚ましたことは覚えている。


「シェリー、良かった!あの屑のことは忘れなさい!私とレイ様がもっと良い男捕まえてくるから!!」


 心配や怒りが混じった涙を拭きながら、カレンが私の両手を暖かく包んでくれる。


「そうだ、シェリー。気にするな、あんな小物。後でルべイン伯爵にはきちんと説明してやるから。帰ってゆっくり休め。な?」


「まだうちにいなさいな!ひとりにできないわよ…!」


 二人の言葉は心からありがたいと感じたが、頭の隅にいる冷静な自分が甘えを許さなかった。

 ぎこちない笑みだろうが、少しでも二人に感謝を伝えようと口角を引き上げる。


「ありがとう。―――でも…両親が…いるから…」


 心配してくれるカレンの優しい手を離して、家へ帰る。


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