エピローグ
夜が明けた。長い長い夜だった。ロキはイロハと久しぶりに隣り合わせで眠り、ミルコはサーシャと語らい、アディーはロキと今まであったことを話して夜を過ごした。ロキたちにとって安息の日になったと云えよう。久しぶりにゆっくりと過ごせた夜は、ロキたちにとって人が傷つくことのない、安らぎであった。
朝になると、ロキはサーシャに呼び出されていた。ミハエルのいたモニタールームに全員が集まる。
「全員揃ったわね。よく眠れた?」
サーシャが全員の顔をみて訊ねる。ロキは頷き、
「お陰様で。それで、今日は一体どうするんですか?」
「昨日ミルコが言ってたように、ロキくんが地主となって、この地を治めて欲しいの。正当な後継者は貴方よ」
優しく微笑むサーシャに、ロキは戸惑いを隠せず、
「でも、俺、ビーナスとのハーフですし。政治を行うような能力があるとは思えません」
そこでミルコはロキににんまりと笑い掛け、
「だから僕達がいるんでしょ。ここには科学者も多いし、医者も技術者もいる。ロキの友人だっているでしょ。アディーが」
言われると、アディーが歯を見せて笑い、
「俺でも役に立つことあんならどんどん言えよ! ロキならみんな付いてきてくれるだろ! ここの施設、少し歩き回ったけど、立派な施設だぜ? 俺の父さんや、皆のためにも、アマテラスプロジェクトをぶっ潰そうって言ってたじゃねえか! 今がその時だって!」
熱のこもった台詞を吐くと、ミルコは小声で、
「アディーは頭使うことできないから、雑務とか警備になるだろうけど」
「は? 別にそれでもいい仕事じゃねえか!」
「まあね」
言って、二人とも声を上げて笑う。ミルコは母親に愛されていたことが余程嬉しかったらしく、どこか明るくなった印象を受ける。ロキはしばらく考えた。それから、
「……わかりました。やってみます。もう一人じゃないよね。うん。みんな、力を貸してくれな」
真剣な眼差しを向けると、全員が深く頷いた。それからロキはモニターの近くに行くと、サーシャに、
「今からこの施設内の人々を外の世界に解放します。それでいいですか?」
「言うと思ったわ。良いわよ。すぐに通達しましょう」
言って、サーシャがマイクに向かい、
「各所全員に通達。ボスが変わりました。ミハエルの息子、ロキが新しい地主となります。アマテラスプロジェクトは終焉を迎えました。本日より、シェルターから外の世界へと全員解放となります。各々、指示に従って、地上へ出てください」
言うと、モニターに映っていた人々が歓喜の声を上げていた。
「やっと解放されるんだ! 俺たちは自由だ!」
「私、やっと外の世界を見れるのね……!」
「ロキ様、万歳!」
口々に歓声を湧かせる地下シェルターの人々。ロキはそれを見て、涙が出る思いだった。ミルコもアディーもどこか目が潤んでいた。
イロハがちょこんとロキの傍で座っている。手にはチョコが握られていて、美味しそうに食べている。ロキは、イロハの頭を撫でてやると、
「イロハは俺の妹として迎えます。それで良いですよね?」
サーシャが、頷くと、
「そうね。もうあとは外にいるビーナスしか生存していないけど、その子たちも居場所を与えてもいいかもしれないわ。そこはロキに任せるわよ」
「ありがとうございます。じゃあ、そうします」
イロハの頭を撫でると、イロハは嬉しそうに微笑んだ。
「ろき、ちょこ。うまい」
「うん。これからはもっと美味しいものを食べようね」
「あう!」
ロキはイロハが愛おしくて、そっと抱きしめた。
ロキたちはそれから今後について話し合った。ビーナスをこれからは戦闘をさせず、人々とともに生活させること、地下シェルターの人々もこのユートピアで満足出来る生活が出来るように各地区に通達すること。金も、ポイントを造幣するようにすること。やることは多いが、ロキは地主としての職務に三ヶ月を費やして制度を整えた。ミルコは科学者、技術者として、アディーは各地区の通達者として奮闘した。
―― 一年後
「ロキ! またB地区で結婚式があるらしいぜ! 地主様にも出席して欲しいってよ!」
監視に行っていたアディーが地下シェルターに戻ってくると、嬉しそうに駆け込んできた。ロキは忙しそうに書類に目を通していると、
「そうなんだ。結婚式かー。いいね、顔出そうかな」
立ち上がろうとすると、隣でコンピュータを弄っているミルコが、
「待って、今の書類整理から逃げたいだけじゃないのそれ……。新しい施設建設の認可を先にしてくれないとこっちが困るんだけど」
「で、でも。俺に出て欲しいって住人からの熱い要望だし……」
「アディー。地主は忙しいからアディーが代わりに出ますって返答しておいてよ」
「そ、そんなあ……」
ロキががくりと首を折る。アディーはけたけたと笑うと、
「ロキも、肩なしだな! ミルコ、俺が出てくるわ! 美味いもん食えるといいなー!」
「良かったじゃん、アディー暇だし」
「暇じゃねえよ! 女が地上に出てから、暴漢が増えたんだぜ? それを取り締まるのも大変なんだぞ」
「まあ、そうだね。そこら辺の法律もしっかり厳守してくれないとだからね」
「そうそう! イロハは結婚式行くか?」
ロキの隣で絵を描いていたイロハが顔を上げると、
「いろは、いく! ろき、いい?」
イロハは嬉しそうにロキに縋り付く。イロハは随分言葉を話せるようになっていた。ロキはイロハの頭を撫でてやると、
「うん、イロハ行っておいで。俺の代わりに沢山ご馳走食べておいで」
「うん! あで、いっしょ、いく!」
「あ、じゃあ、余所行きの格好しないとね。こっちおいで」
「あ、また! そうやって書類から逃げようとしてるでしょ!」
「い、良いじゃん! イロハにおめかしさせないと!」
ロキが慌てて反抗すると、そのとき、サーシャがモニタールームに入ってきて、
「私が可愛くしてあげるわ。ロキくんは、仕事してて」
「えええ……。たまには俺も息抜きを……」
「ただでさえ、まだアマテラスプロジェクトの名残が強いんだから、今地主が頑張らないといけないわよ。ミルコをあんまり困らせないで」
「は、はい……」
言って、ロキはおずおずと椅子に座ると、イロハはロキにぎゅっと抱きつき、
「ろき、おみやげ、かう、ね?」
「うう、イロハ! お前は本当に可愛いな!」
言って、イロハをぎゅっと抱きしめる。イロハはうふふと楽しそうに笑うと、
「いてきます! ろき!」
「じゃあな、ロキ。頑張れよ!」
言って、サーシャとアディーとともに部屋へと向かった。ロキも手を振り、
「楽しんでね! イロハ!」
ロキは優しくイロハを見送った。アディーもカンザスの埋葬が終わり、それから随分元気になった。ロキはそれが何よりも救いだった。
ロキはこの平和な日々を送れることが何より、心地よかった。失ったものは多いけれど、今こうして仲間になったアディーとミルコも傍にいて、イロハが何より楽しそうにして過ごしている。
現地主であるロキは、民衆に、アマテラスプロジェクトを壊した英雄として崇められていた。殺戮の英雄ではなく、本当の英雄として。
ロキ自身の出自をあまりよく思われないと思ったが、それを払拭したのは、前アマテラスプロジェクト統治者であるミハエルの処遇を民衆に委ねたお陰で、ロキの尊厳が守られた。
ミハエルは民衆によって、裁かれた。死罪を求める声も多かったが、死んで詫びるようでは罪は償えないという声もあがり、ミハエルは身を隠すようにしてどこかへ消えた。ミハエルにはIDも渡さず、放浪者となった。見掛けた者は石を投げつけたり暴力を振るう者もいるのは仕方のないことだ。
それからはロキの手腕で、各地区も活気づいてきていた。何より、人間の女を解放することによって、抑圧されていた男たちが自由に恋をすることも出来る。
ロキはこうしてたびたび各地区に寄っては、結婚式やパーティに出向いた。
温和なロキを見て、人々は更にロキを崇めた。ロキも笑顔が増えたこの国をもっと良くしようと日々奔走している。
ビーナスたちも、戦闘をしなくていいとなった今。地下シェルターでの仕事を主に斡旋するようになった。
ユートピアは本当の
ロキはトイレに行くと行って、地上へ出た。新緑の香りをめいいっぱい吸い込む。
「今日もいい天気だ。明日もきっといい日になるかな」
言って、思い切り背伸びをした。
バーサーク≠ビーナス 高杉愁士朗 @syushirow36
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます