(5)
オーディンはロキの腹に爪を立てるようにして突き進む。咄嗟に剣を腹部に構え直したロキは、ブレードに衝突した爪にかけられた力で後ずさる。力が拮抗しているように思えたのも束の間。
ロキはオーディンの足払いでその場で崩れる。
「ぐっ!」
ロキは尻もちをつく形になり、振りかざされるオーディンの拳を剣で制した。が、オーディンの力の方がぐっと入り込む。剣を弾き、ロキの顔に一撃の殴打が与えられた。ごつり、という鈍い音がして、ロキは身体を床に跳ねつけられた。
馬乗りになるオーディン。
「なぶり殺しといくとするか……!」
不敵な笑みを浮かべるオーディンに、ロキの顔が何度も殴打され、どんどん腫れ上がる。ロキは殴られながらも、キッとオーディンを睨みつけ、
「お、お前は父の言いなりなんだな……。ただの家畜と同じじゃないか……。あぐっ!」
「うるさい! お前みたいな下等生物に何が分かる!」
ゴツゴツ、と殴られ、ロキはただ歯を食いしばっていた。何とか剣を握り直したい。ロキは身体に力を入れ直そうとしたそのときだ。バシュン、と発砲音がした。カンザスだ。馬乗りになっているオーディンの肩を撃ち抜いた。カンザスはオーディンを見据え、再び銃を構え直す。
「ぐあ!」
唸り声を上げ、オーディンは肩に手を当てる。ロキはオーディンが緩んだ隙にずるりと立ち上がった。
「ありがとうございます!」
ロキが言うと、ペッと口の中に溜まっていた血を吐き出す。オーディンはぎろりとカンザスを睨み付け、それからロキの忌々しい顔を覗いた。それから、薄く笑うと、
「お前の本気を引きずり出してやろう」
言うと、カンザス目掛けて地を蹴った。カンザスは再び引き金を引いた。バシュンと音がしたのをオーディンは素早く弾道を躱し、カンザスとの間合いを詰めた。瞬間、カンザスの腹を抉るように爪を立てた。グシャリという肉を引き裂く生々しい音がして、カンザスは喀血した。
「ぐは!」
「死ね。クソ人間が」
言って、手を引き抜くときだった。カンザスは力の入りにくくなった手で、服の中に隠し持っていたライターに火を付けた。それから、片手でオーディンの首を捕まえると、後ろで唖然としているアディーを見た。
「アディー……。会えて良かった。生きて、世界を変えろ……!」
言うと、身体に巻かれたダイナマイトに着火した。瞬間、オーディンは離れようと身体を捩るが、カンザスは笑みを浮かべ、ポケットにあったアディーとの絵に触れた。それから、オーディンに目を向けると、
「お前も死ねよ」
「くそがああああああっ!!」
ドカンと、煙が上がった。ロキとアディーは煙に巻かれ、咳を繰り返す。肉の焼かれた匂いが充満する。
アディーは、
「父さん! 父さんっ!」
言って、カンザスがいた場所に駆け寄る。
「アディー! 危ない!」
ロキの声が響いた。アディーは咄嗟に顔を上げた。目の前には体毛が焦げたオーディンが立っていた。アディーはわなわなと震えが上がる。
カンザスはその場で黒焦げになって倒れている。アディーは恐怖でその場を動けずにいた。そのときだ。
「お前も死ね」
オーディンはアディーに蹴りを入れようとした。が、後方からザシュッと剣が真っ直ぐ振り下ろされた。
「がはっ!」
オーディンは身体を逸らす。ロキがもう一打撃加えるために、アディーの方へと間合いを取る。廊下の壁にオーディンが身体を預けると、ロキを睨む。
「くそが!」
言って、壁を蹴り、ロキの方へ拳を翳す。ロキは自分の身体の横にブレードを構え、オーディンが走ってくる方へと身体を思い切り薙いだ。しかし、オーディンは身体を反対方向に反らすと、攻撃を防ぐ。それからロキの肩に拳を立てた。
ドスンと強い衝撃がロキの肩に加わるも、ロキは後ろにいるアディーを守るように足を踏ん張った。それからロキは、剣を握り直し、両手で束を握ると、体制を整え、次の攻撃に移ろうとしているオーディンに向かい、
「お前は理性で殺さなければ――」
言って、力の限りその剣をオーディンの背中に突き出した。
「ならないっ!」
ズシャリと背中に突き立てられた剣。オーディンは前のめりになって血を吐いた。胸のあたりまでブレードがめり込んでいる。
オーディンはそのまま床に伏せると、それでもまだ息があった。ロキは剣を引き抜くと、オーディンは更に吐血する。オーディンは身体を起こそうと手を床に付き、ロキを見上げる。
「お前に……。何が分かる……。愛されて育ったお前に……。何が……! かは! かはっ!」
何度も吐血するオーディンに、ロキはどこか悲しげな表情で、
「行こう、アディー」
言うと、今度はアディーが、唸り声を上げた。
「許すかよ! 許すもんかああああっ!」
ズガガガガと、マシンガンの連射がオーディンに浴びせられる。オーディンの身体はその弾が打ち込まれるのと同期して身体があちこちに弾け上がる。
「ぐあっ!」
オーディンの悲鳴が上がると、アディーは、はあはあとマシンガンを構え、その場で蹲った。ロキはアディーに駆け寄ると、オーディンを見た。ぴくりとも動かない。
「アディー……。行こう」
言って、アディーの身体を支えると、アディーは小さく頷いた。
「父さんが……」
言って、カンザスの死体を見ると、アディーは涙をはらりと流した。ロキも俯き、そっとオーディンを見た。自分の兄弟を自分の手で殺した。なぜ、肉親ばかりを手にかけないといけないのか。
ロキは込み上げる感情に涙が浮かぶも、ぐっと堪える。
二人は先にある立ち入り禁止区画を目指した。
冷たい床に転がるオーディン。オーディンは痛みで麻痺した身体を少しずらした。ポケットの中にあった絵を取り出そうとした。その絵をなんとか取り出すと、もう、ほとんど燃えていた。黄色のクレヨンが何の形をしているのかさえ分からない。
「イロハ……」
言って、オーディンは涙を流した。生きていて初めてちゃんと涙を流せた。
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