(4)

「……キ、……キ! ロキ!」


 ロキは身体を揺さぶられ、深い微睡みの中薄らと目を開ける。暑い。


「……んん。ミルコ……、ミルコ……!」


 言って、重い身体をゆっくりと支えられながら起こす。頭がふらつく。ロキは目を開けるとそこには心配そうに立っているアディーとカンザスの姿があった。


「ロキ! 気が付いたか! 全然起きないから心配したんだぞ!」

「アディーか。ミルコが拐われた……。ミルコを助けないと……!」

「確かに、ここに着いたときにはファイアしか無かった。ミルコは誰かに拐われたんだな?」


 ロキは頷くと、撃たれた薬のせいでまだ口がはっきり動かせない。今度はカンザスが、


「とにかく、探すにしても、ここはアマテラスプロジェクト内部だ。本部に行けば否応なしにに会えるだろう。進むしかない」


 言うと、アディーも、


「そうだぜ。ロキ、とにかく進もう。歩けるか?」

「うん。多分。でもまだ薬が効いてるみたいでぼうっとする」


 ロキが頭を抱えるようにして俯いていると、アディーはカンザスを見て、


「父さん、俺、ロキを背負ってくから、父さん先導してくれないか。このままここにいたら、また誰かに襲われるだけだ」

「分かった。着いてこい」


 言って、手を翳すと、ロキは消えたミルコの場所を指して、


「ファイアを回収しないと」

「ファイアか。カムヒア、ファイア!」


 アディーがいつもミルコがしているように合図すると、ファイアは動かない。アディーが小さく舌打ちすると、


「ダメだ。ミルコの声でしか動かないみたいだぜ。ファイアならなかなか壊れるものじゃないだろ。とにかく肩かせ! 行くぞ!」

「ありがとう、アディー」


 言って、虚ろな目のままロキはアディーに身体を寄せると、アディーはカンザスの後ろから着いて行った。


 走ることが出来ないが、カンザスが先導して前を進む。最初に二手に別れた十字路が見えた。カンザスはマシンガンを手にし、壁に背を貼り付け様子を窺う。しばらくして、顎で合図をすると、アディーたちはそれに続いた。

 子どもたちの施設に繋がる通路を歩いて行くと、静かなものだった。相変わらず侵入者発見を告げる警告音が響いているというのに、誰ひとり襲ってくる様子がない。

 カンザスはその不審感を拭いきれず進む。しばらく一キロほど歩いたと思われる場所に再び十字路が見えた。この先は上層部のいる地区になる。ロキもだいぶ歩けるようになっていて、ゆっくりだが歩を進めていた。


「静かだな」


 アディーが訝るように辺りを見渡した。相変わらず真っ白な空間が迫ってくるようだ。ロキも頷き、


「こっちへ来いと言わんばかりだね。それなら進むだけだ」


 言って、カンザスが本部へ続く立ち入り禁止区画の方向、右折をしたときだった。数メートル歩いていくと、人影が見えた。仁王立ちしている、虎柄の体毛をしたロキにそっくりな男がいた。


「待っていたぞ。下民どもが」


 オーディンは重い声を廊下に響かす。アディーはロキと同じ顔をしているその男に「マジかよ……」と呟くと、ロキの方を見た。

 ロキはオーディンを見て、目の前にいる自分と酷似した生き物を見て胃のあたりが熱くなる。それから静かにオーディンが告げる。


「ロキ。お前を俺の手で殺せとボスの命令だ。お前のような下等生物は、プロトタイプを殲滅し、イロハを探し当てた今、もう用はない」


 冷酷な目でロキを貫く。ロキは吐き気がするのをぐっと堪え、オーディンをキッと睨み返す。


「お前は誰だ。何故俺と同じ顔をしている……」


 その言葉にオーディンは顔をしかめ、


「俺だって、お前のような下等生物と同じ顔なぞ、気持ちの良いものではないんだ。だが、このDNAはボスと同じ血を引くものなら仕方の無いことだろう」

「ボスと同じ……?」

「そこも記憶が無いのか。我らのボスこそ、ミハエル・マホーンこそ、我らの父だ。お前は、ビーナスと父ミハエルとの子ども。俺はミハエルと虎のキメラだ」

「き、キメラ……?」

「人道的ではないとでも言いたそうだな。俺は人間のDNAと虎のDNAを持つ。お前の上位互換だ。俺はこの世で戦士として生まれた。父に望まれて生まれた唯一の存在なんだ」


 ロキたちは無言になる。目の前にいる男は言葉を紡いでいるが、ロキたちは頭が追いつかない。オーディンのその目はロキのものと違い、肉食動物特有のギラギラした光を放っている。

 ロキが、ごくりと唾を飲み込むと、


「……お前は。お前は自分を創った父親を許しているのか」

「愚問だ。許す許さないではない。命を与えてくれたのは父だ。ボスだ。それを崇めて何故咎める必要がある」

「……話にならない。お前は俺の兄弟なのだろう? 何の目的か分からないまま創られた俺たちにただ指示をし、この世界を牛耳っているだけの存在をお前は受け入れ、そのまま死を迎えるとでも云うのか」

「父親に従うのは当たり前のことだろう。父が望むことを子どもは行うだけでいい。それ以外の思考などいらん」

「お前は、人間ですらないんだぞ……。お前をそんな姿で生んだ父親を憎くないと云うのか……。俺は許せない。ビーナスとの子どもだと知った俺はショックだった。普通の人間じゃないということだけで辛かった。なのに、お前はキメラだというのに……。それを受け入れるのか? 何故、そんな……」


 ロキは涙が流れていた。そこに佇んでいるのはどう見ても自分とそっくりな兄弟の存在。やっと会えた身内の人間がキメラだという事実に、驚愕し、落胆していた。

 父であるボス。ミハエル・マホーンは地主であった、ジェフ・マホーンの息子だろう。そのミハエルはビーナスとの子どもとしてロキを創り、挙句の果て、自分とのキメラを生み出した。何故こんなことをするのか。ロキには何もかも意味が分からなくなっていた。


 ロキは深く息を吸い、言う。


「お前の名前はなんだ……」


 言われて、オーディンは低く身体を構えると、爪を立て、


「オーディンだ」


 言うと、ロキ目掛けてオーディンは地を蹴り突進した。

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