第3話 似たり寄ったり
東方へ着いた二人は、落ち葉も美しい紅葉街道を歩いていた。
風情のある街並みや街道の木々がチルリルの好奇心をくすぐりだす。
「色鮮やかでなんて素敵なのだわ!木の葉っぱが赤や黄色だなんて、こんな景色見たことないのだわ!アルド、待つのだわ。この木の下でお弁当にしたいのだわ。」
「ああ、その気持ちわかるよ、オレも初めて見た時は感動したなあ。」
そうだ、休憩にするなら・・・。
「チルリル、甘いもの好きだったよな?もう少し歩けば、茶屋があって美味い団子があるんだよ。そこまでもうちょっと歩いてくれ。」
「だんご?なのだわ?東方にはさすがのチルリルでも知らないものがいっぱいなのだわ!了解なのだわ。超ワクワクなのだわ。」
少し歩くと茶屋に到着した。団子が焼ける少し焦げた香りと甘辛いタレの香りが混ざって漂ってくる。
「一子相伝のお団子です!どうぞゆっくりしていってください!」
茶屋の娘から団子を受け取り、チルリルは上機嫌だ。
「美味しそうないい香りがするのだわ~。一子相伝だなんてレア物なのだわ?楽しみしかないのだわ。」
アルドの顔をニヤニヤしながら見つめだすチルリル。
「ところでアルド、一子相伝の意味なんてお茶の子さいさいで知ってるのだわ?茶屋だけにだわ?」
「えっ、えっと、ああ、親父さんから受け継いだ味、ってことだろ。一族で受け継いでいくもの、みたいな。」
「よくできました、なのだわ!さすがのアルドも知ってたのだわ。」
良かった、ここの店の手伝いをしたことがあるから印象に残ってたんだ。何事も経験だなあ、とアルドは思った。
「ちなみに、お茶の子さいさいのお茶の子とは気軽に食べられるお菓子のことなのだわ。簡単に誰でもできることの例えなのだわ。」
「へえ、そっちは知らなかったな。」
「ふふん、さすがチルリル先生なのだわ。さあ、お茶の子団子いただきますなのだわ!」
その時、アルドは度々こちらへ向けられる鋭い視線を見過ごすことはできなかった。
「ああ、ちょっと・・・ごめん。」
チルリルから離れ、茶屋の前で佇んでいたサムライの女の子に声をかける。
「アザミ、そんなに睨んでないで一緒に団子食べないか?」
「むっ、ご一緒してよろしいのでござるか?アルド殿はまたおなごと二人で旅でござるか?」
何やら含みのある言い方をしてくるが、アルドはそれを気にすることもなくアザミをあしらう。
「チルリルは西方の神官だよ。この旅は社会勉強みたいな感じかな。それよりほら、団子が冷めないうちに。」
「アルドー!早く早くなのだわー!お侍さんも一緒にどうぞなのだわー!」
チルリルもしきりに急かしてくる。
並んで席に着くと、三人はもちもちの団子に舌鼓をうつ。
「んん!この食感、たっぷりからんだ甘辛いタレ、東方の神秘なのだわ!」
「うむうむ、そうであろう。ここのみたらしは絶品でござる。」
「おむすびはお食事なのに、スイーツにも化けるなんてお米ってすごいのだわ。最の高なのだわー!」
二人ともこぼれんばかりの笑顔で団子をほおばる。
「あはは、美味そうに食うなあ。特にアザミはこっちの大陸にいる時は毎日でも食べられるだろ?珍しいものでもないだろうに。」
怪訝な顔をしてアザミが答える。
「アルド殿、何を言うのでござる。いくら甘味が好物だからとて、毎日食べるものではござらんよ。」
へえ、そういうものかな。そうアルドが不思議そうな顔をしたら、二人が声を上げた。
「甘いものは自分へのご褒美なのでござる!」
「甘いものは自分へのご褒美なのだわ!」
シンクロする甘党の彼女たちはすっかり打ち解けたようだ。
茶屋から紅葉街道を北へ、チルリルが見てみたいと言っていた本来の目的である米が育てられている場所へ歩みを進めていた。東方で育ったアザミから聞いた情報だと、田んぼで育った稲から米が採れるらしい。
そしてどうやら教わった場所に到着したようだが・・・。
「なんなのだわ。この状況は・・・。」
唖然とするチルリル。
「いや、ここが田んぼでござるよ。植えられているのは稲でござる。」
案内に着いてきてくれたアザミがチルリルに教える。
「は、は、畑が水浸しなのだわー!」
想像もしていなかった水田を見てチルリルは信じられないといった表情だ。
「どこにもあの真っ白なお米が実ってないのだわ?ただの緑色の草なのだわ?しかも地面がびちゃびちゃなのだわ?」
「左様でござる。ここの民がこれから丹精込めて育てていくのでござるよ。田植えから収穫までは長い道のりでござる。」
力が抜けたようにへなへなと膝から崩れるチルリルを慌ててアルドが支える。
「おい、大丈夫かよ。」
「全然大丈夫じゃないのだわ。こんなの教会では育てられないのだわー!」
(この作物があれば大勢の人の飢えがしのげると思ったチルリルがおバカだったのだわ。肥沃な土壌も天候も恵まれないあの地でなぜ育てられると思ったのだわ?チルリルったら甘々の甘ちゃんだったのだわ。)
「ああ、そうか、チルリルは西方の皆のことを想ってたんだな。見たいだけじゃなくって育て方を教わりたかったのか。ここにたどり着くまでに気付いてやれなくてごめん。」
アルドは自分にも責任があるような思いで、気落ちするチルリルに優しく話しかける。
「アルドが謝ることじゃないのだわ。チルリルが勝手に思い込んでいただけなのだわ。そう、チルリルはただ西方でお米を育ててお団子を独り占めしたかっただけなのだわ!」
いつもの調子で強がりを言うチルリル。そんな彼女の傍にモケが寄り添っている。
「もう!お団子みたいな顔しないで欲しいのだわ!」
「きゅう~ん。」
モケのおかげで少し元気が出てきたかな?ありがとう、モケ。アルドはその団子のような頭をなでた。
アルドがチルリルに提案する。
「そうだ、東方にもゲヴュルツ教会みたいに広くはないけど、神様を祀っている場所があるんだ。ちょっと寄ってみようか。」
アルドの言葉にゆっくりと頷くチルリル。
道中でアザミとは別れ、目指すのは猫神神社。気晴らしに良かれと思って美しい彩りの紅葉街道を進むも、チルリルはまだしょんぼりとした顔のままずっとうつむいて歩いている。アルドも何と声をかけていいのかわからず頭を悩ませながらしばらく歩くと、猫神神社の朱色の玉垣が見えてきた。
「ほら、チルリル。もうすぐ着くぞ。見てみろよ、猫がいっぱいだぞ。」
アルドの声にやっと顔を上げたチルリルは、その東方感あふれる雰囲気とあしらわれた猫のデザインに目を見張った。
「ここが東方の教会なのだわ?なんて可愛らしいのだわ!」
「そうだな、こっちでは神社って言うんだ。神様が祀られているからお参りしていこう。」
「お、お参りなのだわ?」
「ん?どうした?」
「了解なのだわ。ロゼッタにさえばれなければ平気なのだわ。」
「ああ、そうか・・・。東方の神様にお祈りすることって、異端者扱いされそうだよな。考えも無しに連れて来ちゃってすまなかったな。」
チルリルが神官であることの意味をすっかり失念していたアルド。ロゼッタは異端審問官であり、教会内でもとても厳しいことで有名である。
キリっとした顔つきになってチルリルが言う。
「大丈夫なのだわ。チルリルの正体は剣持つ救世主なのだわ。神の生まれ変わりであるチルリルが東方の神様に無礼を働くわけにはいかないのだわ。時代も場所もこんな遠いところに来ている時くらい、ロゼッタに怯えてる場合じゃないのだわ。早く中に入りたいのだわ。」
「えっと・・・。よし、じゃあ入ろうか。」
猫神神社の境内に入ると、丸くなった猫の形をしたお地蔵さまが並んでいる。
「なっ、何なのだわ、東方にもモケがいるのかと思ったのだわ!」
「あはは、確かにちょっと似てるな。」
「ちょっとどころじゃないのだわ。寝姿が瓜二つなのだわ!」
チルリルが明るく笑い転げている。良かった、いつものチルリルに戻ったみたいだ。
アルドが安堵していると、後ろから威勢の良い声が聞こえてきた。
「にゃー!おい、こら!騒がしいと思って来てみればアルドではないか!にゃはは!猫神様のお出ましじゃぞー!」
あれ、この感じ、なんだろう既視感があるぞ。
「妾の猫神神社へよく来たのう。にゃんじゃ?悩み事か?何でも言うてみい?」
「やあ、オトハ。騒いでしまってごめんな。東方が珍しくてつい声が大きくなってたよな。チルリルと一緒にこっちに来たから寄ってみたんだ。悩み事があって来たんじゃないんだよ。」
「まったく、偉大なる猫神オトハ様が願いを叶えてやると言うてるのに欲がないのう~!」
たまらずチルリルが自己紹介を進み出る。
「チルリルは西方教会の神の生まれ変わりなのだわ!よろしくなのだわ!」
「にゃはは!妾は猫神の生まれ変わりなるぞ!お主も神か!よろしくぞ!」
「息がぴったりなのだわ!これぞまさに神の生まれ変わり同士による阿吽の呼吸なのだわ!」
・・・出逢うべくして出逢った二人だろうか。似たり寄ったり神様同士、ケンカしないのは何よりだけど、この設定持ちの二人同時相手は疲れそうだ。だがここに連れて来てしまったからには仕方がない。心の中でそう思いながらアルドは静かに覚悟を決めた。
「ところでその足元におる白いのは何じゃ?西方には変わった猫がおるのじゃのう?」
「モケはモケなのだわ。猫ではないと思うのだわ。」
「そうなのか?ちょいと抱っこしてもええかのう。」
「どうぞどうぞなのだわ。猫神様の好きにしてもらったらいいのだわ。」
「にゃー!ありがとうなのじゃー!さあ、妾の胸に安心して抱かれるがよいぞー!」
そう言うや否やオトハはモケをサッと持ち上げ頬をすり寄せた。
「うほほ。可愛い顔をしておるのう。よーしよし、良い子じゃ良い子じゃ♪」
「きゅっ?!」
激しめの愛情表現をくらい、モケはつぶらな瞳を白黒させている。
「なんと鳴き声も可愛いことかー!確かに猫ではなさそうな声じゃの。でも可愛いから良い良い。ほれ、もっと鳴かんかー!こしょこしょしてやるじょ。」
さらに撫でまわしが増すオトハ。耐えてくれ、モケ。心の中でアルドは謝罪した。
「きゅんきゅん!きゅうーん!」
「にゃははー!可愛いのう。妾は気に入ったぞ。うちで暮らしてもいいのじゃぞ~?美味いもの色々食わしてやるぞよ~?」
圧の強い愛情表現に慣れてないせいか、モケはもう限界だと言わんばかりにするりとオトハの腕から逃げ出した。
「にゃっ!恥ずかしがりやさんじゃのう!ほれほれ、こっちへ来んかい。」
「いや、待ってくれ、オトハ。その辺で勘弁してやれよ。ほら、モケも遠出でちょっと疲れてるんだって。」
アルドが必死にモケを助ける。
「うにゃー!もっと撫でまわしたいにゃー!じゃがそう言われては仕方がないのう。」
物足りなさそうにモケを見つめるオトハ。
モケはチルリルの後ろへスッと隠れてしまった。
「西方には可愛いのがおるのじゃな~。いや、うちの猫たちが一番なのは当然じゃが、その間の抜けた顔は初めて見るのう。たまらんのう。」
「あはは、確かにモケは唯一無二の顔をしてるよな。でも西方にはいっぱい生息してるんだよな。」
「にゃんじゃとー?!いっぱいおるのか?この顔が?」
「ああ、西方のとある海域にいるらしいよ。」
「ほほう!妾はそこに行きたいぞ!連れて行ってくれ、アルド~。」
「ああ、構わないけど絶対に出会えるとは約束できないぞ?」
「良いのじゃ良いのじゃ、見つかるまでいくらでも待つぞよ。」
アルドはだんだん嫌な予感がしてきた。
「待ってどうするんだ?」
「そりゃ、まず撫でまわすじゃろ、抱っこじゃろ、すりすりじゃな。」
「いや、野生のやつはモケみたいにそんなことさせてくれないんじゃないかな。」
「にゃっ、確かにそうかもしれんの。じゃあ妾になつくまでエサで釣るかの。とりあえず一匹連れ帰って・・・。」
「いや、それはダメだって。」
「にゃー!ダメかのー!」
「ああ、だってモケはピンピンしてるけど、住むところが変わっても大丈夫なのって、偶々かもしれないだろ。特定の海域にしか居ないってことは、そこでしか生きていけない可能性があるじゃないか。大陸も時代も違うここへ連れ帰るのは危険だよ。」
「そうじゃな・・・。口惜しいがアルドの言う通りじゃな。しょうがない、諦めるといたすのじゃ。代わりにもうちょっとだけその子を撫でさせてくれ~い!」
俊敏な動きでチルリルの足元にしゃがみこみ、再びオトハはモケを捕まえた。
「も゛っ?!」
「おお、すまぬすまぬ。なんじゃ、今の声は。今度は優しくするからの。そうじゃ、エサをやろう、ちょいと借りるぞ。」
オトハはモケを抱えたまま奥へ消えていった。
「チルリル、モケ連れて行かれたけど良いのか?」
ふとチルリルの方へ目をやる。
チルリルは何やら考え込んでいるようで反応がない。
「おい、チルリル、どうしたんだよ。大丈夫か?」
ハッとしてアルドを見つめるチルリル。
「何でもないのだわ。モケはエサがもらえるなら誰にでもなつくのだわ。心配ご無用なのだわ。」
「ああ、いや、モケじゃなくてチルリルの心配してたんだよ。ボーっとしてないか?大丈夫か?」
「大丈夫なのだわ!何でもないって言ってるのだわ!アルドは黙らっしゃいなのだわ!」
アルドにはなぜチルリルの機嫌がすぐれないのか見当もつかなかったが、一方、チルリルはアルドの言葉に大きなショックを受けていた。
(アルドったらおバカかと思ってたらそうじゃなかったのだわ。違う土地の違う時代の生き物を移動させるのは良くないなんて、なんでチルリルは気付かなかったのだわ?チルリルったらここに来た目的は米を教会に持ち帰ることだったのだわ。しかもそれが叶わないとわかったらここの神様に頼んでみようかとも思った次第なのだわ。チルリル、愚かなのだわ。アルドに教えられるなんて不覚だったのだわ。)
チルリルは意を決してアルドに聞いてみることにした。
「アルド、どうしてすぐにモケの一族をここに連れてくるのは良くないって思えたのだわ?普段のアルドからは想像もできない頭の回転の良さだったのだわ。」
「おい、それ、褒めてるのか貶してるのかどっちだよ。まあいいけど。その、オレはさ、初めて時空の穴で時代を超えて未来に行った時、歴史改変の恐ろしさを目の当たりにしたんだよ。だから歴史に干渉するようなことは避けるべきだって思うんだ。オレたちは改変された歴史を救うために戦ってると思ってるから。」
アルドの話に納得するチルリル。
「そうだったのだわ。チルリルもアルドが行った未来を見てみたいのだわ。今から連れて行って欲しいのだわ。」
「ああ、じゃあエルジオンのエアポートがいいかな。オレが初めて時空の穴に吸い込まれて着いた思い出の場所なんだ。」
「初心忘るべからずなのだわ。アルドったらお利口さんなのだわ!いい子いい子してあげるのだわ!」
「げっ、それはやめてくれ。」
「にゃははー!なに、アルドも撫でられてるのじゃー!ほれ、モケ様のお帰りじゃ~!」
ちょうどオトハがモケを連れて戻ってきた。ああ、プライの気持ちが良く理解できたぞ。めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか・・・。
「モケったら猫神様にごちそうしてもらったのだわ?ありがとうございますなのだわ!」
「にゃんの、礼を言われるほどのことでもないのじゃ!うちの猫たちと一緒にエサを食べる姿がとっても良かったのじゃ~。眼福とはこのことよの。」
モケはまだモゴモゴと口を動かしているが目をキラキラさせて満足気な顔をしている。
「モケも戻ってきたし、そろそろ行こうか。オトハ、またな。」
「もう行ってしまうのかのー?できればまたモケを連れてここに来て欲しいのじゃがの~。」
「もちろんなのだわ!定期船でアクトゥールに着いた時に合成鬼竜に頼めばここまでピューンとあっという間に着いちゃうのだわ。」
「楽しみに待ってるぞよ!そうそう、アルド、お主も度々お焚き上げにくるのじゃから、妾と立ち話くらいしてくれい。いつもいそいそと帰ってるからの~。」
「あ、ああ、ごめん。次来た時には必ず。」
「約束じゃぞ?そもそも境内に入る前には手水でちゃんと手を洗い、口を清めるのが作法というものじゃ!いつか言うてやろうと思っとったのじゃ!」
「ああ、不作法でごめん・・・。次は必ず、従うから。」
「わかれば良いのじゃ!にゃはは!」
こうしてアルドとチルリルは、現代の東方から未来のエルジオンへと向かうことにした。
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