第2話 郷に入っては郷に従え

 アルドとチルリルはバルオキー村に帰ってきた。

「ここがアルドの故郷の村なのだわ?素敵なところなのだわ。時代も違うというのに緑がいっぱいで豊かなところなのだわ。」

 チルリルの活動拠点である西方ゼルベリア大陸は全体的に非常に困窮しており、アルドの住む中央大陸はチルリルにとってはとても恵みに溢れているように映る。

「ああ、ありがとう。良い村だよ。」

 すんなりと村に着いてしまった。みんなに迷惑はかけたくない・・・。アルドは不安で押しつぶされそうになりながら、にこやかに返事をした。


 バルオキー村に帰ると村人たちが次々にアルドに声をかけてくる。

「よお、アルドお帰り!」

「アルド兄ちゃん、お帰り!冒険の話いっぱい聞かせてよ!」

「可愛い子連れてるじゃないか!ここらじゃ見かけない感じの子だね!まさか、アルドにもついにいいお相手ができたのかい!」

「わあ、かわいい真っ白な・・・・猫ちゃん?」


 アルドは笑顔で皆に応える。

「みんな、ただいま。この子はチルリルって言うんだ。旅の仲間だよ。遠いところから来てるんだ。」

「きゅんきゅん!!」

「こいつはモケ・・・。チルリルの相棒だな。」

 可愛い可愛いともてはやされ、モケも上機嫌だ。

「アルドったら村のヒーローなのだわ?会えてみんなとても嬉しそうにしているのだわ。」

「そんなことないさ。まあ、村の警備隊をしているから、頼られることがあるだけだよ。小さな村だし、みんな顔見知りだしな。」

 その時、遠くからアルドを呼ぶ声が聞こえてきた。

「アルドせんぱーい!」

 鎧をガチャガチャ鳴らしながら全力でこちらへ駆けてくる青年が見えた。

「ノマルじゃないか。あはは、久しぶりだな。元気そうで何よりだよ。」

 ノマルと呼ばれた兵装した青年は、まだ幼さの残る顔をしている。

「アルド先輩!お久しぶりです!お帰りなさい!」

 息を切らしながら満面の笑みでそう言うノマルは、アルドに会えたことが本当に嬉しそうだ。

「今はどのあたりを旅してるんですか?」

「そうだな、最近はチルリル達と一緒に古代の西方大陸をまわってるかな。」

「それなら僕も先輩と一緒に冒険の旅に連れて行って欲しいです!西方、行ってみたいです!な、なんでもしますから!やるときはやってみせます!」

 目をキラキラと輝かせながらアルドに懇願する。

「あ、ああ。そうだな。頼りにしてるよ、きっとそのうちな。」

 アルドはそう答えたものの、ノマルを危険な旅に連れて行くのには躊躇いもある。西方の敵はとても強いのだ。

「そんなこと言って、全然呼んでくれないじゃないですか!僕の記憶だと、炭鉱の村ホライに行って以来ですよ?!僕だってもっと経験値積みたいです!」

 痛いところをついてくるな。

「ああ、そうだな、あの時はノマル、本当に助かったぞ。うんうん、頼りにしてるよ。」

 空回り気味に答えるアルド。(まいったなあ。何て言えば納得するかな。)

 前のめりなノマルを前にアルドが頭を悩ませていると、背後から穏やかな声が聞こえてきた。

「・・・騒がしいと思って来てみたら、おい、ノマル、あまりアルドを困らせるんじゃないぞ。せっかくバルオキー村に帰ってきた時くらい、ゆっくり過ごしてもらわないとだめじゃないか。」

 振り向くとそこにはアルドと同じくバルオキー出身のダルニスがこちらを見つめていた。

 アルドはホッとため息をついた。(助かった!ダルニス、いいところに来てくれたな。)

「ノマル、お前もアルドも俺も同じく村の警備隊だ。アルドが留守にしている時は俺たちで村を護るという大切な仕事があるんだから、ワガママ言うもんじゃないぞ。」

 落ち着いた声で話すダルニスの言葉には説得力がある。ノマルも納得せざるを得ないようだ。

「わかりました!先輩、すみませんでした!バルオキー村は僕が護ります!安心してくださいね!」

 素直なところがノマルの良いところでもある。理解してくれてよかった。きっとノマルも成長して皆を護る立派な騎士になる日が来るに違いない。アルドはいつか来るであろうその時に思いを馳せた。


「ところで今日はどうしたんだ?バルオキーに用事か?」

 ダルニスの言葉で現実に引き戻されるアルド。

「ああ、ええと・・・、なんて説明したらいいのかな。ダルニスは何かこう、困ってるというか・・わからない事とかあるか?」

 怪訝そうな顔でダルニスが答える。

「アルド、どうした、いきなり何を言っているんだ。」

「ああ、いや、何でもないんだ。忘れてくれ。」

「困った顔をしているのはアルドの方じゃないか。どうした、相談ならなんでも言えよ。聞いてやるぞ。」

 ダルニス、いい奴である。

 それを聞いてノマルも身を乗り出す。

「そうですよ、アルド先輩!僕だってさっきからずっとお役に立ちたいって言ってるじゃないですか!何でも話してください!」

 まいったな。・・・あれ?そういえばあんなに息巻いていたのにずっと大人しいじゃないか、と思ってアルドはチルリルの方を向いた。

 じっと顔を見つめていると、その視線にチルリルが気付いたようだ。

「何を見ているのだわ。言いたいことがあるなら言えばいいのだわ。」

 いやいや、チルリルが皆に話したいって言うから来たんじゃないか。

 アルドは眉をひそめながらチルリルに聞く。

「チルリル、何か二人に教えることはないのか?」

 チルリルも負けじと眉をひそめる。

「アルド・・。何を言っているのだわ。こんなに平和な村でお二方にチルリルが教鞭を執るだなんて失礼極まりないのだわ。」

 なんだって。予想もしてなかった反応が返ってきたぞ。

「アルドは久しぶりの再会を楽しめばいいのだわ。チルリルはこのまま待っているのだわ。」

 これは拍子抜けしたな。まあいいや、肩の荷が下りたぞ。アルドはホッと胸をなでおろした。

 チルリルは胸の内で思う。

(小さな村だと聞いてはいたけれど、村人たちがみんな楽しそうに過ごしているのだわ。恵みに満ちているとはこういうことなのだわ。アルドを慕う眼差しがとても眩しいのだわ。チルリルなんかが口をはさむことなんて何もないのだわ。)

 チラリとダルニスに視線をやる。

(アルドとはまた違うタイプの村人なのだわ・・。チルリルの暑苦しい部下とは全然違って超爽やかなのだわ。笑顔といい、サラサラの金髪といい、大人びた落ち着いた声といい、これも神のお恵みによってもたらされているのだわ?チルリルがこの村に生まれ育っていたらどうなっていたのだわ?お、お嫁さん候補なのだわ?!)

 チルリルは妄想に酔い始めた。だがその時、引っかかる会話が耳に入る。

「アルド、立ち話もなんだし、村長の家に戻ったらどうだ?フィーネも待っているだろう。」

「ああ、そうだな。チルリル、オレの育った家に行こうか。」

 目を見開いたチルリルが問いかける。

「今、何と言ったのだわ?村長むらおさの家って言ったのだわ?」

「ああ、そうだよ。オレを育ててくれた爺ちゃんが村長むらおさをしているんだ。」

「違う、違う、そうじゃないのだわ!村長むらおさって村長むらおさって」


「一般的には村長そんちょうって言うのだわー!」

「えっ」

 アルド、ノマル、ダルニスそして村人全員が驚愕する。

「いや何を言い出すんだチルリル、むらおさなんだから村長むらおさに違いないじゃないか。」

 皆うんうんと頷く。

「それはそうなのだわ。当然チルリルだって理解できているのだわ。ただチルリルが思うに一般的なのは村長そんちょうなのだわ。村長むらおさ呼びしているのはきっとこの村の人間だけなのだわーっ!」

「ええーっ!!!」

 しばらく言葉を失う村人たち。困惑の表情で今までの自分たちの常識を確認する。

村長むらおさ、だよなあ。」

「今更改めて言い変えるのもねえ・・・。」

「なんてこった、長く生きてるってのに知らなかったぜ。」

 ざわざわとあちらこちらで慌てる村人の姿がある。

 その時、アルドが皆の意見をまとめるかのように話し始めた。

「なあ、爺ちゃんのこと村長むらおさって呼ぶの、間違いではないんだろ?だったらこのままでいいじゃないか。いきなり変えられるはずないさ。他の村では村長そんちょうって呼んでる、ってことを知ることができて良かったと思えばいいだけだろ。」

 村人たちが明るい表情になる。

「ああ、そうだな。村長むらおさ万歳だ!」

「良かったな、俺たち一つ賢くなったな!ありがとうよ。」

「お嬢ちゃん、せっかく教えてくれたのになんだか申し訳ないねえ。」

 チルリルが頬を赤らめながら答える。

「そんなお礼を言われるようなことじゃないのだわ。むしろチルリルの方が空気を読むべきだったのだわ。郷に入っては郷に従えというのだわ。皆様の気分を害したのなら謝らないといけないのだわ。」

「いやいや、誰も怒ってる奴なんていないさ。お嬢ちゃんは物知りなんだねえ。うちのアルドをどんどん鍛えてやっておくれよ。」

 チルリルは思う。バルオキー村の暖かさは神の恵みによるものだけではなさそうだと。

「よし、じゃあ爺ちゃんとフィーネが待ってるから行こうか。」

 アルドに連れられて村長むらおさの家に二人は向かった。



「アルドお兄ちゃん、お帰りなさい!チルリルさん、いらっしゃい!」

 フィーネがニコニコと出迎えてくれた。

「おお、お帰り。遠いところからチルリルさんもよういらっしゃったの。ゆっくりしていって下さいな。」

 爺ちゃんも嬉しそうだ。声が弾んでいる。

「二人とも、ただいま。ああ、いい匂いがしているな。ちょうど腹がすいてきてたんだよ。今日はサンドイッチじゃないんだな。」

 ムッとした顔になったフィーネが言う。

「もう、お兄ちゃんったら、フィーネがサンドイッチしか作れないとでも思ってるの?」

 しまった。これは大失言だ。

「ごめん、フィーネ。いつも作ってくれるのが美味いからさ、つい。」

 慌てて弁解するアルドだが、頬をふくらませたままフィーネが追い打ちをかける。

「今日はね、シチューなの。覚えてる?フィーネが連れ去られたあの日に作ってたお祝いのシチュー。お兄ちゃん、もう一回言うけど、覚えてる?」

「ああ、もちろんじゃないか。すっごく楽しみにしてたのにそのままオレは未来に・・・。」

「じゃあクイズだよ。フィーネが作ってたシチューは次のどれ?

 ①お肉トロトロ お祝いのシチュー

 ②お魚ピチピチ お祝いのシチュー

 ③野菜グツグツ お祝いのシチュー

 簡単だよね?お兄ちゃん?当たらなかったらごはん抜きだよ。」



 えっと・・・確か・・・・。遠い記憶と漂う香りに集中してアルドは答えを決めた。

「③野菜グツグツ お祝いのシチューだ!」

 どうだ、当たったか?!

「うふふ、大当たり。よくできました、お兄ちゃん。さあさあ、席について!チルリルさんも一緒にご飯にしましょっ。」

 ああ、良かった。

 チルリルの足元でしきりに鼻をひくひくさせていたモケも一緒になって喜んでくれているようだ。

「きゅんきゅん!」

「モケちゃんの分もちゃんとあるからね♪」

 こうして四人と一匹は食事をとりながら冒険の話に花を咲かせた。


 チルリルとフィーネはすっかり仲良くなったようだ。

「聞いて聞いてチルリルさん!アルドお兄ちゃんったら、ホントに寝起きが悪くてね、いっつもフィーネが起こしにいくまで寝てるんだよ。しかも二度寝するし。」

「フィーネちゃんってなんていい子なのだわ!妹に家事や身の回りの世話まで何もかもしてもらってアルドは恥ずかしくないのだわ?」

「いや・・うん。それは返す言葉がないな。」

「アルドの妹にしておくのはもったいないのだわ。チルリルの部下とチェンジして欲しいのだわ!チルリルの傍にはサラマンダーのように熱い男よりもフィーネちゃんのような乙女が必要なのだわ!」

「プライさん、フィーネは素敵だと思うよ?いつも一生懸命だし。」

「暑苦しいだけなのだわーっ!室温は上がるし存在感が強すぎるのだわ。かそけき乙女とは大違いなのだわ。」

 ん?かそけき?いや、黙っておこう。そうアルドが思ったところ、チルリルが見透かしたように言う。

「アルド、今、一瞬ちんぷんかんぷんな顔をしたのだわ。チルリルは見過ごさないのだわ。どうせかそけきの意味がわからないのだわ?」

「ああ・・・。お願いします。」

かすかな今にも消えてしまいそうなほど、薄い、淡い、仄かな様子のことなのだわ!しとやかなフィーネちゃんやチルリルみたいな乙女の事だと思えばいいのだわ!」

「えっと、うん、ありがとうチルリル。」

「何か言いたげなのだわ?」

「いや、何でもないよ。さすがだな、チルリルは物知りだな。」

 冷や汗をかきながらアルドは懸命に答える。

「うんうん、ホントにチルリルさんはすごいよね。お兄ちゃんも見習ってね。」

 フィーネまでいたずらっ子のような顔をして相槌を打つ。

 アルドは自宅に居ながらにして居心地の悪さに逃げ出したくなった。


「な、なあ、チルリル。そろそろ出かけないか?オレちょっと体を動かしたくなったよ。西方で悪さしてる敵の討伐にでも行かないか?」

「突然何を言い出すのだわ。でもそれも一理あるのだわ。チルリルは奉仕活動が忙しいからここでのんびり油を売る暇もないのだわ。村長むらおささん、フィーネちゃん、お邪魔しましたなのだわ。とっても楽しかったのだわ!」

「うんうん、また来てくださいね。そうだ、お弁当持って行ってください。東方で教えてもらったおむすびです!」

「おむすび・・・?なのだわ?」

「そうか、西方には無いよな。パンとはまた違って美味いんだよ、これが。腹持ちも良いしな。東方ではこれが主食らしいんだ。」

 白くてつやつやのおむすびがずっしりとチルリルの手のひらに収まる。

「これが、おむすび、なのだわ?この大陸よりさらに東方の食べ物なのだわ?チルリル、東方に行ってこの作物、見てみたいのだわ!」


 ああ、西方に連れて帰るのはまだ先になりそうだ・・・。

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