第11話 かなでまお

 俺は放心状態の中ゆっくりと部活動へと向かう。そこには体育館横で着替えるサッカー部のメンバー。


「遅かったな、何してたんだ?」


 木村の言葉に正気に戻った俺は、ようやく今どこにいるのかを理解した。


「あ、いや、ちょっと友達と話してて……」


 何も嘘はついていない。


「あのさ、奏真緒って知ってる? ってか知ってるよな」


 その名前を聞いて、またも懐かしくも思い出す。木村が当たり前のように知っていると言ったのには理由がある。


「そりゃそうだろ、クラスメイトなんだから」


 そう答えたのも、この後何が起こるかわかってしまった。当時、木村経由で奏さんから言われたことがあった。それは今でも覚えていることの一つだ。


「その奏真緒がさ、お前の連絡先知りたいんだって、教えてもいい?」


 当時、あまり話したこともなければ、メールも少し苦手だったので、断ったことを覚えている。

 それも断ったというよりも、安易にそういうのは自分で聞いてきてほしいなぁと言った言葉が否定的に取られて、後日、メールが嫌いだから断っておいたと言われたのだった。

 誤解という形で断ったことで、少しの罪悪感を覚えてしまった。

 ただ友達になりたかっただけかもしれない、少し話してみたいと思ったのかもしれない。


 昨日、夢の中で自分がどれだけ頑張ってちーちゃんに話しかけたのかを思い出すと更なる罪悪感に包まれる。高校生が異性に声をかけることがどれだけ勇気がいるのか、それを二十九歳になっても実感した。


「あ、うん、大丈夫だけど……」


 自分で聞きに来てほしかった。と言いかけてやめる。高校時代に言えなかった。夢の中では言えた。そんな自分を棚に上げて、人には自分からなんて言えた義理じゃない。


「おっけい」


 木村は携帯電話でメッセージを打って送信した。

 当時、聞いた話では奏さんが木村と繋がっていたわけではなく。木村の彼女が奏さんと友達だったので、経由して聞いていたみたいだ。

 まぁ連絡先を教えたからって何かあるわけじゃあない。過去の後悔というものを別の方向へ持っていっただけだ。

 だから後は、夢の中にいる過去の自分が後悔しないような運命を辿っていってくれればそれでいい。


 俺は未来を知っているし、後悔しないように導くことはできる。そう、俺はこの世界で生きられないのだから。

 準備を終えて、部活に向かおうとした瞬間。


「危ない!」


 そんな声が大きく響いた。

 その声に反応して、肩に力が入り振り向くと、サッカーボールがすごい勢いで飛んできた。振り向いた瞬間に目の前にあるボールに反応できるわけもなく、顔面にボールを受けた。

 なんだこれ、こんなこと十年前もあったのかな。

 痛みよりも先に過去を振り返っていた。目の前が真っ暗になるように視界がだんだんと暗くなっていく。その上、頭がぼーっとしてくるのがわかる。

 人が死ぬ時ってこんな感じなのかな。


「大丈夫か?」


 歪んだ声でそんな言葉が聞こえた気がする。でもそんな言葉もむなしく、まるで電池が切れた携帯電話のように、目の前が真っ暗になり視界と音が遮断されていった。

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