酷使と衝撃

 とはいえ、あらゆるものを妨害することのできる術、無名ニヒツはロイスにはかかっていた。

 一瞬草原についた時点では索敵できないじゃないか。とも思ったが、しかし途中でロイスはカレンに無名ニヒツをかけ直した。

 あの瞬間を感知したのだと考えれば、あながち間違ってもいない。

 

「感知は結構疲れるんだが、あの距離を感知できるとはなぁ。そこの二流魔術師よりは骨がありそうだな、その魔術師は」

 

 純粋に興味を持って尋ねると、司教はロイスを嘲笑うかのように顎を上げた。

 

「優秀? 何を言っているのか。そんな魔術師はいませんよ。そもそも魔術師一人の力に依存する教会ではありません。それに優秀な魔術師など存在しません。魔術師は劣等種ですからね。……なんです? 感知の方法がきになりますか? まあ……いくらでも替えがいるのでねぇ」

 

 と、ロイスの神経を逆撫でることを言いきる。

 劣等種。いやな言い方だ。それに、替え、とはつまりがどう扱っても心が痛まない相手ということだ。

 つまり、魔術師に無茶な魔術を使わせていると言うことだろうか。そうすることで、街の、そして街の外を警戒させているということなのか。

 そう考えると胸糞悪い気分だった。

 

「魔術師は使い捨ての道具か。クズだな」

 

 ロイスが思わず吐き捨てると、司教は不満そうに顔をすがめた。

 

「勘違いなさらずに。四六時中感知をさせようとすると、魔術師などすぐに体力を使い果たしてしまうのでね。そこまで酷使こくしできないのですよ。」

「よく言う」

「嘘ではありませんよ。そもそも魔術師など使っておりません。魔術師とて同じ人間。慈悲深い神は、劣等種の魔術師だとしても粗末にはするなとおっしゃる」


 粗末に。と言う言葉も気に入らない。では、しかしどうやって……。

 ロイスはそこでハッとした。


 まさか……。

 魔術を使えるのは魔術師と魔族だけ。魔術師が使えないというのなら、それならば答えはただ一つ。

 

「魔族かっ!」

 

 ロイスの背後でカレンが「え?」と声を上げた。しかしロイスもまた驚きに腰を思わず浮かせていた。

 まさか、魔族をとらえて強引に働かせているというのか。

 ロイスはぎろりと司教を睨みつけた。

 その形相があまりにも予想外だったのか、それとも単に気圧されたのか、司教が一歩下がる。


「とことん腐ってるな」


「どういうことなの……」

 

 ひどく険しい顔をして、カレンがロイスの肩を掴む。答えがロイスから来ないことに気づいて、カレンは今度は司教をにらみつけた。

 

「どういうこと?」

「聞くな」

 

 ロイスの低い声に、カレンがびくりと肩を震わせる。

 この、目の前で妙に楽しげにわらっている司教の口から、魔族をけなす言葉がこれ以上出てくることがロイスは我慢ならなかったし、それをカレンに聞かせるのも不思議と嫌だった。 

 だからロイスは声色を極力おさえて唸るように言った。


「つまりだ。魔族を捕らえて、強引に感知させているんだよ、それもおそらく相当無茶をさせてる。魔術師だろうが魔族だろうが、感知は気力も体力もいる。それに眠っている間までは感知しきれない。それなのに、四六時中させているというのなら、そうとう……。普通あんな広範囲の索敵を常にしてたら気力が持つはずもない……命にかかわることだ」

「え……」

 

 カレンは見る見るうちに青ざめてしまった。

 

「替えって……そういうこと? 魔族なら替えがいるってことなの? なんてこと……」

 

 相当ショックだったのだろう。ロイスと同じように思わずあげていた腰をおとし、座りこんでしまう。

 

 魔族を捕らえて利用する。それも過去のものかと思っていた。

 しかしそうではなかったのだ。

 教会の内部で思想が分裂している時点で、一般人からですらも信頼が失われつつある。もちろん、敬虔けいけんな信徒たちもまだまだ多く存在するわけだが、それでも離れていった者たちの信頼を取り戻すためならどんなことでもする姿勢でいる。

 

 実際に教会側が口先でなんと主張しようと、真実は単純明快だ。

 教会は魔術師と魔族を悪として淘汰とうたしようとしている。それが真実。

 これが教会の深淵、目に見えない奥の奥にある闇。それを今少しだけ覗き見たのだ。


 ロイスは隣でショックを受けているカレンの頭に手をおいた。帽子を押さえつけるように強引に。それは彼女の正体がバレるのが、今もっとも危ない状況だからだ。

 万が一、彼女の口から何か、例えば自分の同族がそんな目にあっているなんて。というようなセリフが出たとしたら、どうなってしまうことかわからない。

 態度だけではダメだ。

 そう思って、カレンに口を閉じるよう指示しようとしたその時。

 唐突に強い魔力の気配がロイスの全身を真下から刺し貫いた。

 

「なんっ⁉︎」

 

 驚いて立ち上がるロイス。足元をにらみつけてロイスは驚愕に目を見開いた。

 つい先ほどまで微力に感じていた魔力たち。それが強大な波となって足元から噴き出してきていた。

 突然動いたロイスをいさめようというのか、司教が何事かを言おうとする。

 しかし次の瞬間。すさまじい爆発音が轟いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 地鳴りとともに、大きく地面が揺れる。

 ドカンとしたから突き上げるような衝撃が全員を襲った。

 立ち上がりかけていたロイスは思わず手を床につき、カレンは小さく悲鳴をあげる。司教と魔術師は体勢を崩し、檻に捕まってなんとか転倒をまぬがれていた。

 それほどの衝撃。

 臨戦体勢をとるロイスの耳を、今度は悲鳴のようなサイレンが突き抜ける。

 甲高いその音はロイスにとっては聞きなれない音。しかし、間違いなく緊急事態を告げる音だ。

 

「この、サイレンは……」

「魔物が!」

 

 返事は司教がしてくれた。誰が何を言っているのかも分からなくなっているのかもしれない。

 

 ──魔物……魔物の襲撃? 神聖都市に魔物が? ありえないだろう!

 

 都市は魔界との境界線から遠い場所に作られている。仮に近くに境界線が発生すれば、即座に街を移動させるだろうといわれているほど、魔物から遠ざかろうとする。

 魔物に対抗できないということを、人々に知られないために。

 その神聖都市に魔物が現れるなど、あり得ない。

 

 ──いや、つい昨日、それを見たじゃないか。魔王がきたあの瞬間、境界は生まれたんだ。あれと同じことが起きているのか?

 

 そう考えるロイスの全身は、先程の魔力に包み込まれていた。

 結界を『ココン』を張るべきか否かを真剣に考えてしまうほどの圧力に、ロイスは驚きを隠せない。

 巨大な魔力の波動。そして大きな揺れ。

 

 ──まさか……?

 

「司教様!」

 

 ロイスの予感を肯定する者がそこに現れた。

 服装は簡素な司祭服。おそらく下っ端の教会の人間だ。

 男がさけんだ。


「地下です!」

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