1-6 始まりの終わり

司教と牢獄

 ジメジメとしていて居心地の悪い場所でも、長い時間放置されれば眠くもなる。うとうととしていたロイスは、不意に結界内に入り込んだ害意ある気配に、むくりと体を起こした。

 カツカツカツと高い靴の音が響く。

 

 ──騎士じゃないな……。

 

 冷たい床に降ろしていた腰をあげて、ロイスは檻の外を睨みつけた。

 現れたのは、二人。

 一人は、ほのかな灯りに照らされていて尚、くっきりと浮き出るような真っ白なローブを着込んだ男。白髪混じりの髪を後ろに撫でつけている。背が高く、ひょろりとした印象を受ける。着ている服はどこかサイズが合っていないのか、なおさらほっそりといているように見えた。

 それからもう一人。男の後ろに、先程襲ってきた魔術師がいた。


 ロイスは思わず鼻で笑ってしまった。

 それを侮辱と取ったのだろう。魔術師が大きく舌打ちをする。

 しかしロイスの方がむしろ侮辱された気分だった。

 魔術師が着ているのは先程の黒いなんでもない外套ではない。神聖都市の司祭が来ている服を黒く染めたもの。要するに、この魔術師は教会が抱える魔術師の一人だったのだ。

 つまりはめられた。ということ。


「気づいたようですね。我々はあなたを待ってました」

 

 白いローブの男が両手を広げて言う。

 

「随分熱烈だな」

「勇者様たってのお願いでしたので」


 なるほど。やはりレイの仕業だったのだ。

 ロイスはハッと再び鼻で笑ってみせると、まるで家にいるかのようにリラックスして座り込み、壁に背を預けた。

 相手が苛立つのがわかるが、挑発の姿勢を崩さない。

 

 ──こんな簡単な挑発に乗ってくれるほど馬鹿に捕まるとはなぁ。


 と内心は苦笑いが隠せない。

 ロイスは嫌味な態度を崩さず、彼らの行動を嘲笑ってみせた。


「お願い? 命令の間違いだろ。あんた司教ってところだろうが、勇者の地位はそれより高いからな。まるで服に着られているあんたじゃあ逆らえないだろう」

 

 あんたに司教服は似合ってない。まるで着られているようだ。役不足だと、暗に伝えるロイス。ピクリと白服の男、司教の眉間に皺がよる。

 それに満足して、今度は司教の後ろの魔術師に視線を向けた。

 

「で、そっちのお前は、どうやって降ろしてもらったんだ? 助けてくれって泣いてすがったのか?」

 

 嘲笑えば、途端に魔術師が檻に掴みかかった。左手には包帯が巻かれ、指がちぎれたままであることがわかる。

 治療魔術使いもいるだろうに、治してももらえないのだろうかとロイスは不思議に思っていた。

 ロイスは教会の内情を細かく知っているわけではないが、街の外であれだけの騒ぎを起こしたのだ。命令だったのかどうかはロイスの知るところではないが、やろうと思えばもっと静かにできたはず。そう言われれば反論もできないだろう。

 まさか大技を使わないと勝てない相手だったんです。などと言い訳を言えるわけもない。そんなこと恥ずかしくて言えもしないはずだ。

 となれば、お仕置きってところだろうか。

 などと勝手に推測して、ロイスは小さく笑う。

 

「なんだ、掴みかかりたいのか。檻をあけて入ってきてもいいんだぞ」

 

 続けて挑発するロイス。


「ちょっとロイス、手も痛いだろうし、この人が牢屋の鍵持っているわけないじゃん。そんな言い方かわいそうだよ」

 

 とカレン。

 

「カレン、そりゃトドメ刺したようなもんだろうよ」

「え? そんなつもりはなかったんだけど……」

 

「この野郎!」

 

 魔術師が叫んで檻がガシャンと音をたてる。


「わっ びっくりした!」


 とカレンが一言。

 そこに咳払いが一つ落とされた。


「よしたまえ。無駄話をしにきたのではないのだ」

 

 司教がそう厳かに告げる。

 魔術師は小さく舌打ちをすると、大人しく司教の後ろに下がった。

 ふうん。とロイスは関心して司教をみる。


 魔術師は能力主義。

 ならばなぜ教会に所属し底辺として使われることに反発しないのか。今までまともにその理由を考えた事はなかったが、もしかしたら、何か弱味を握られているからなのかもしれない。

 従わなくてはならない何か。見当もつかないが。

 それに、失敗をしたり教会の不利益になるようなことをしたら彼らは罰をうけるのだと考えられるが、そうだとして、それは司教の権限でも行われるものなのだろうか。

 司教なんて、微妙な位置のはずだ。少なくともこの神聖都市では、権力を無闇矢鱈と振り上げる資格はないと聞いた事がある。

 

 ──どうにも教会の構造がわからんな。


 ロイスがそんなことを考えている間に、司教は再び咳払いをした。


 自分に注目をさせようとする動作だ。教会関係者はよくこの咳払いをするイメージがあるロイスである。

 

「この都市に来る前から俺を待っていたと言ったな」

 

 話をするつもりだというのなら、こちらも気になることを聞かせてもらおう。そう思って尋ねる。

 

「あなたが草原に降りたことはすぐに感知できました」

「へえ」

 

 それは驚きだ。


「随分感知範囲が広い。優秀な魔術師がいるわけか」


 ロイスが普段からはっている結界は害意を感知する魔術だが、相当広めに張っている。おそらく普通の魔術師では張れない広さだ。

 それ以上の範囲を感知しようとするならば、別の方法で感知するのが現実的。

 例えば、純粋に魔力の感知。

 

 生き物の気配を感知しようとすれば、それは無数。万どころではない単位になるだろう。しかし魔力の気配を感知するならば、そこに引っ掛かるのは魔術師か魔族か魔物というところ。

 魔力を感知するだけならば、結界よりもっと遠くの魔力を感知することができる。

 魔術ではなくただの勘のようなもので、必要なのは、感知しようとする意思とそれを感知する感覚の鋭さだけだから、それが可能なのである。


 とはいえ少しだけ気力が必要で、疲れる行為でもあった。

 だから普段ロイスは面倒くさがってそれをしない。


 例えば魔界ではまったくこの感知をしていなかった。

 理由は、魔力が周囲に充満していて感知するのにいつも以上の気力が必要だったからだ。だからゴーレムに襲われるまで気づかなかったし、カレンがいたことにも気づかなかったのだろうと考えられる。

 また、ヨウラ村で魔王がやってきたとき、あれだって魔力感知を意識的にしようとしていれば、人々の悲鳴で異常事態に気づくなどという致命的な失態を犯したりはしなかった。

 そういう失態を犯したばかりだったから、ロイスは草原に着いた時、すぐさま魔力感知を行なった。

 それで、この檻の外からロイスをにらみつける魔術師がロイスを追いかけていることに気づいたわけだ。


 それでも、流石にあの転移した場所から遠く離れたエヴンスベルトの魔術師の気配を感知するようなことは、ロイスでもしなかった。

 

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