街並と騎士


 数分後、ロイスとカレンは無事エヴンズベルトの中に入っていた。

 

「うわぁ」

 

 カレンが歓声を上げる。

 と、その隣で、ロイスがゲンナリと顔をすがめた。

 みわたすかぎり。人。人。人。人。人である。

 ロイスの苦手な人ごみがそこにあった。

 

 ゲートからまっすぐ続く大通り。

 ヨウラ村の大通りの数倍の道幅があり、馬車も走っているからか道は規則的に石が敷かれ美しい。

 道の両脇には人間が歩くための広い歩道があった。その側にはこれまた白い漆喰しっくいの建物がずらりと並ぶ。

 さらに歩道には等間隔とうかんかくに白いみきの巨木が生えており、人間たちの頭上に傘のように枝を伸ばしていた。

 森の中にいるかのように、木漏れ日が道を照らしている。

 

 眩しいほどの真っ白な街並み。そこに、多様な人間たちが乱雑に存在している。


「きれい!」

 

 とカレンはいうが、ロイスは「そうか?」とそっけなく答えた。

 人間たちがいるだけで、そこはただの雑踏ざっとう。うるさいだけだ。

 そしてこれほど美しい街並みも、多くの人間の血と汗でできているのだ。労働者の賃金が他の街に比べて高いともいうが、それもどうだか。

 

 ロイスは教会があまり好きではない。

 多くのうそを塗り重ね、都合のいい言葉で人々を煽動せんどうする。

 全くもって嫌な組織だと思う。しかもそこから勇者が排出はいしゅつされているというから、それもレイの顔を思い出すと嫌な気分になる原因だった。

 レイが嫌いだからなのか。教会が嫌いだからレイが嫌いなのか。もうよくわからないが。

 ともかく嫌いな教会の管理するこの街を、ロイスはあまり好きになれなかった。

 

 物珍しそうにあちこちを見ているカレンを監視しながら、ロイスは考える。

 たしかにあれこれ物珍しいだろう。だからそういう反応もわかる。しかしどの魔族も同じ反応をしていたら、中には不審に思われて教会に連れていかれる者もいるだろう。

 いや、そもそも……。

 

「カレン」

 

 ロイスは小声で呼びかけた。

 耳がいいのか、雑踏の中でその声を聞いてカレンがふりかえる。

 

「何?」

「聞きたいんだが、魔族は人間界に結構来てるのか?」

「うーん。最近はそんなことないと思うよ。特に子供は最近少ないと思う。だって、ほら、人間に捕まるとひどいことされるじゃない」


 ロイスは息をのむ。

 たしかにそうだ。

 昔。魔界へ勇者を送り出すために、魔族の子供に転移魔術を強引に使わせて魔界に移動していたことがあったらしい。

 あるいは強引に境界を作らせたり。

 そしてそれは教会の先導で行われた。


「境界をあけるのって簡単じゃない。普通の魔族がやったら、それだけで死んでしまうこともあるような、危険な術なの。それを強制されたりしたんだって。私も聞いたことがある程度のことなんだけど」


 とカレンは続ける。今では、魔族を恐れる者たち。つまり教会の教えが浸透しんとうしている者たちは、魔族の子供を見つけると殺してしまう。

 奴隷のように使われるのと殺されるの、どちらがマシかなどわからないが。


「人間界と境界が曖昧な場所から渡ってしまうのは、魔物だけじゃなくて、魔族もなの。特に、子供が多いかな。だから、そうやって行方不明になった魔族は多い。人間嫌いの魔族が多いのは、そういう背景があるからなの。今は、徹底的に魔族の子供を管理しているから、そういうこともすくな言って聞いてるけど」


 ロイスは無言でその言葉を聞いていた。

 それではまるで、人間が全ての元凶のように思える話だった。

 恐ろしさから、そういう行動に出たのだろうが。ひどい話だと思う。それでもどか、人事ひとごとのように感じるのだが。



 街はとにかく賑わっていた。あらゆる他の街からやってきたのであろう人々がひしめき合っている。

 清廉せいれんされたこの街が、どことなく乱雑らんざつな印象を受けるのは、あらゆる服装の人々が集まって無秩序むちつじょに行動しているからだろうか。

 

 不意に、ロイスは近くの小道に滑り込んだ。ついでにカレンの首根っこをつかんで一緒に路地に隠す。

 そう、隠した。彼女の存在も自分の存在も隠れるように大通りから、日の当たらない影の中の道へ


「ちょっと!」

 

 とカレンが文句を言う。

 それを黙殺して、ロイスは大通りのほうをじっと見つめた。

 カレンもロイスの様子に気づいて沈黙する。

 やがて、ガシャガシャと金属の擦れる音が響き始めた。

 

「なんの音?」

 

 無邪気な問い。やがてその問いを口にしたカレンの表情が曇る。

 

 銀色の鎧。赤い旗。手にたずさえる槍の先にも赤い布が巻かれ、規則正しく列をつくり大通りを進む。人々は道の中央を開けて、彼らの行進を戦々恐々と眺めていた。

 物々しい雰囲気の彼らが通り過ぎた後には、ため息を吐き出す者たちが数人いた。

 ロイスもまた、じっとその行進をみつめ、通り過ぎれば息を吐き出す。

 無意識に気を張っていたのだろう。首をコキッとならして、ロイスは今度はため息を吐き出した。

 

「あれ、何?」

 

 カレンが恐々と尋ねてくる。先程までの高揚感はなりを潜めてしまっていた。

 大通りに再び顔をだし、日の光を浴びたところで、少しばかりカレンの顔色が悪いことに気づく。

 少しだけ気にはなるが、それには意図的に気づかないふりをすることにして、ロイスは淡々と説明をした。

 

「都市の守護者。教会の騎士たちだな」

「なんで隠れたのよ」

「……巡回中って感じだった」

 

 巡回は普段から行われているとは思われるが、それにしては周囲に向ける目線の鋭いこと。

 

「それが?」

「何かを探しているんだろ」

「何かって何?」

「さあな」

 

──ただ、おそらくろくなことじゃない。

 

「俺、あいつら嫌いなんだよ。特に魔術師見つけるとすぐいちゃもんつけてくる」

 

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