詐欺と商人

 言われて、初めて注意深く前方に視線を向ける。じっと目を細めてみれば、たしかに遠くに何かの影があった。

 ロイスには米粒こめつぶ程度にしか見えないそれだが……さすが、魔族は目もいいらしい。

 そんなことを思いながら、このまま行けばすれ違うだろう人に、「ここはどこですか?」とたずねるしかあるまい。とロイスは思案しあんする。

 たずね方には気をつけないといけないが。

 

 少し前に、記憶喪失詐欺きおくそうしつさぎのようなものが流行はやったのだ。

 流行ったというか、それにひっかかる奴がいたというか。

 その流れはこうだ。まず「記憶がない。ここはどこか」と尋ねられる。場所を教えてもまったく要領ようりょうを得ないので、仕方なく馬車に乗せてやる。すると街についた頃には荷台はもぬけのからで、商品もなくなっていたという話だ。

 これにだまされるのも阿呆あほうのようだが、実際街まで連れて行ってくれませんか。というお願いを商人がされることはよくあることなので、運が悪かったとしかいえないのだが。

 つまり最近商人は「ここはどこですか詐欺」に対する警戒心が強い。

 馬鹿みたいだが。

 

 ──いきなりそう話しかければ警戒されるだろうな。

 

 そんなふうに思ったロイスだった。



 近づいて見れば、一頭の馬が小型の荷馬車にばしゃを引いている。その御者ぎょしゃつとめる人物は、足元の悪さに辟易へきえきとしているのだろう。視線は足元を見るばかりで、こちらに気づいた様子はない。

 一人旅の商人だろうか。

 互いの年齢がなんとなくわかるだろう距離にきた頃、ようやく年老いた商人はこちらの存在に気づいたように顔をあげ、「あっ」と声をあげた。

 普通なら会釈えしゃくして終わる状況だが、ロイスとしてはここで逃すつもりもなく。


「失礼。商人とお見受みうけするが、何か食べ物を売ってはくれないだろうか」


 とロイスは足を止めて話しかけた。必然的ひつぜんてきに、あちらも荷馬車の足を止めざるを得なくなる。


「…………」


 商人はすこしおよび腰の様子でロイスを見ていた。沈黙ちんもくが帰ってくる。

 詐欺が横行おうこうしているからといっても、道を尋ねられたり、通りすがりに商売をもちかけられたり。そんなことは商人ならよくあることだと思うのだが、この商人は随分と警戒心が強い。

 奇妙きみょうに思いながら、ロイスは続けた。


「次の街にたどり着く前に食料が尽きてしまいそうなんだ。なにか扱っていたら売って欲しい」


 相手の反応を待っていると、やはりどこかおびえた様子で、おっかなびっくりこちらを見ている。

 

 ──はて、以前にあっておどかしたことでもあっただろうか。

 

 そんな経験を何度かしたことがあるので、そんなことありえないとは断言だんげんできない。

 

 ──これは情報をもらえないかもしれないな。

 

 そう思った矢先、ひょっこりとロイスの後ろからカレンが顔を出した。

 商人がギョッとした様子でカレンを下から上、上から下とながめる。いくらなんでも派手な格好かっこうだからだろう。不躾ぶしつけな視線と言えるが、ロイスもそういう理由なら同意見なので何も言えない。

 カレンも特に気にした様子はなかった。

 

 カレンは商人をじっと見つめると、にっこりとわらってロイスの袖を引いた。

 

「食べ物がないんじゃ、このままじゃえ死にしちゃう。私それは嫌だわ。ねぇ」

 

 ──こいつ……いや、なるほど。俺一人より、カレンがいた方が相手も警戒を薄めるかもな。

 

「こう相方も言ってるものでな。やれやれ、困ったお嬢さんだ」

「あら、失礼しちゃう。お腹すいて倒れても助けてあーげない」


 そんなカレンの台詞せりふに、肩をすくめ、おどけて見せる。

 

 ──わかっててやってるのか? 策士だな。

 

 思わずカレンの顔を見てしまった。しかしそれこうそうしたのだろうか。互いに顔を見合わせて沈黙するロイスとカレンに何を思ったのか。商人は警戒を解いたように、顔つきをわずかにおだやかにした。

 それから困ったようにまゆを下げる。


「悪いね。衣服を扱っていて、食料は自分の分しかないんだ。分けられないよ」


「そうか……それは仕方ないな」


 と残念そうに答えてみる。

 こう言いつつも、ロイスはこの商人が食料を扱っていてもいなくても、どちらもでよかった。目的は別にあるからだ。

 うんうん。と頷いて。ロイスはキョロキョロと周囲を見渡すそぶりをする。


「それなら──実はこの辺りは初めてで……一番近い街までどのくらいかかるだろうか」


 商人は再び顔をしかめた。

 やっと本題に入った途端とたん詐欺さぎをまた思い出したのだろうか。

 ロイスは苦手な上に下手くそな笑顔を浮かべた。

 

「距離だけ教えてくれればいい。遠いのなら、野宿のじゅくしながら移動するよ」

 

 あきらかに自分は詐欺目的ではないと明言めいげんすれば、商人はバツの悪そうな顔をしつつ、西、つまり自身がやってきた方向を指さした。

 

「エヴンズベルトなら、徒歩だと二、三時間ってとこだと思うがね」


 ──エヴンズベルト……そんなところだったか……。

 

 予想外の地名に、ロイスは驚いて目を丸くした。

 一番行きたくない街と言ってもいい。

 

「それどんな街なの?」


「え?」

 

 商人が驚いた様子でカレンを凝視ぎょうしする。それもそうだ。エヴンズベルトは巨大都市。子供でも知らない者はそうはいないだろう。だいたい現在地がわからないなどと一言も言っていないのだ。次の街がエヴンズベルトだとまさかロイスたちが知らないとは、商人も思っていないだろう。

 何を馬鹿なことを言っているのかと思われても仕方ない。


 ロイスは溜息ためいきを吐き出すと、カレンを後ろに下がらせた。

 下手な言い訳はしないほうがいいだろう。

 

「そうか。ありがとう」

 

 ロイスは商人に手短に告げると、あとは何も言わずにその横を通りすぎた。しかし。

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