1-2 ヨウラ村にて

面倒と溜息

 


 ヨウラ村は、比較的魔物の被害に会いにくい村だった。


 近くに魔物が発生しやすい魔界との境界きょうかいがない。というのが一番大きな理由だ。


 境界は、魔界と繋がっている唯一の場所であり、世界各地に存在している。

 その場所は明確に目に写るものではないが、黒いモヤを発生させるという特徴があって、そこに迷いこむとあちらにいってしまったりする。

 魔物はこの境界を通ってやってくるのだ。

 逆を言うと、境界が側に存在しないということは、魔物が少ないと言うことであり、要するに、そういう場所では、村であろうとおおいに栄えるものだ。

 

 ヨウラ村もその例に漏れず、村という形をとっていながらも人の交流が盛んで、昼間でも夜でも大きな通りには人があふれていた。


 ロイスがこの村に転移の先を指定したのは、ここが魔界に転移する前、最後に立ち寄った村であったこと。そして物流が充実しているこの村からであれば旅の準備には困らないだろうと思ったからだった。

 ロイスはすぐにでも村を出る予定だったのだ。

 

 だから彼にとっては、このような状況は予想外。むしろ厄介やっかいな事態が起きているといえた。

 もくして固まるロイスの目の前で、村の住人がおいおいと泣き出す。それを皮切かわぎりに、彼らは一斉に話し始めた。

 

「ううぅ、勇者さま、おいたわしい」

「魔術師様だけでもご無事でよかったです……」

「それにしてもご帰還がお早い……さすがでございます」

「魔王を退治してくださり、本当にありがとうございます」

「それで、魔王はどんな姿でしたか?」

 

 村人たちの質問攻めに顔をひくつかせるロイスの横で、カレンが小さく吹き出す。

 クスクスと笑うカレンを横目でにらみつけて、ロイスは内心で悲鳴を上げた。


 ──勘弁してくれ!

 

 それは、さかのぼること数時間前。

 

  ◇ ◇ ◇

 


 魔界から転移してきたロイスは、村の前で地面に散らばった本を拾っていた。


 目の前には赤い煉瓦れんがの壁がそびえ立つ。

 とはいっても、魔界で見た巨大遺跡に比べればなんとも心もとない壁ではあった。

 これで村一つを守っていると考えると、頑丈がんじょうさにかけるのだが、魔物の侵略が少ない村というのは大概たいがいこんなものだった。

 むしろ村という単位でいうなら、普通、木柵もくさくが一般的であるから、これでも堅牢けんろうなほうなのかもしれない。


 村の入り口もすでに視界のはしに納めている。

 パラパラと出入りする人たちはまだロイスの存在には気づいていない。ならばと、ロイスは本を拾うことに集中することにした。


 拾ったいくつかの本を見比べて、一旦開いては、空を仰ぎ、また開いては、唸る。を繰り返す。

 読みたい。

 が。今読むのは少し、いや、かなり問題がある。なんと言っても、魔界から返ってきたというより、逃げてきたに近い状況だ。

 呑気に読んでいて大丈夫なのかあやしい。


 仕方なく、ロイスは落ち着いて読む場所にいくまでは、どこかに収納しておこうと考えた。


 おもむろにロイスは無言で左手の人差し指と中指をクロスさせて指印しいんを作った。この印とは、すなわち【クライス】の代わりだ。


【青の書】にある「【クライス】とは指輪や腕輪のことである。」という文言を信頼している魔術師が多いのだろうが、実際は、指輪などの道具に頼ることもない。輪さえつくれれば、なんでもいいのだ。


 そういう考えのもと、ロイスが始めた魔術の使い方。

 現在でも同じように魔術を使う者に会ったことはないが……。

 

 ──もったいない。

 

 ロイスは多くの魔術師が、もっと魔術について研究すれば、魔術のレベルも飛躍的に上がっていくと考えている。残念ながら、魔術師は脳筋が多いので難しい問題だ。

 それとも誰もできないのだろうか。

 きいたことはないからわからないが。


構築こうちく


 ロイスが唱えると、音もなく突然空間に黒い球体が生まれた。そこにズズズと音をたてて、腕ごと魔術の本を突っ込む。腕を抜くと、手には本がなくなっている。

 ちょっとした収納庫しゅうのうこである。

 本の行き先はロイスがいくつか所有している隠れ家の一つだ。家は本だらけになるだろうが、それは帰った時に整理すればいい話。

 ロイスは満足げにうなずくと、本を次々と空間に放り投げた。

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