遺跡と出現

 どれほど歩いただろう。

 数分のような気もするし、一時間以上歩いたような気もする。

 魔界の森は空が見えないほど樹木が生い茂り、星もみえず、月も見えないので、夜空の星の位置から時間を測ることは難しい。


 ──いや、星や月が魔界からそもそも見えるものかもわからないな。


 この闇だって、夜と称しているだけで、朝がないのだから正しい呼称こしょうかは、わからないのだ。

 そんなことを考えながら進み続けて、ふいにロイスは感じていた視線が消えるのを感じた。


 ──これは?


 文字通りき消えた。そんな変化にロイスは片眉をひそめる。


 ──進むべきか否か……進むべき、だな。おそらく。


 そんは勘だったが、根拠のある勘のようなものだった。


 魔術師の勘というのは、預言よげんにも似た効果をもつとロイスは考えている。かならず当たるということではないが、経験上何かしら意味を持つことが多いのは事実。

 だからロイスは自分の勘を信じてるし、今まで信じてきたからこそ生き残れてきた。

 その勘が、警鐘けいしょうを鳴らしながらも、進むべきと訴えてくる。


 ロイスはごくりとつばを飲みこんで、自らの周辺にまゆ状の防御魔術を作り出す。

 今まで以上に警戒しながら闇を進んだ。



 唐突にひらけた場所に出た。


 ロイスは「あっ」と思わず声を上げた。

 森の鬱蒼うっそうとした木々が低草ていそうに居場所を貸しているのだろうか、そこは、鬱陶うっとうしいほど生い茂っていた木々がほとんど生えていない場所だった。

 見上げれば上空はぽっかりと穴が開いたようになっていて、当然のように月あかりが照らしている。

 

 ふらふらとその月光の下に歩みを進める。視線は月をとらえて離れない。思っている以上にロイスも光にえていたのだろうか。ひどく光を眩しく感じだ。


 ふと、先程のかき消えた気配とは異なる、荘厳な気配を感じてロイスは視線を下げた。


 月光に照らされた空間のその奥、再び鬱蒼うっそうとした暗い森に差し掛かるであろう場所に、それはあった。 

 

 森の巨木にからみつかれて、まるで自然と一体化したかのような巨大な遺跡。目を細めれば、闇の中に人工的に積み上げられた美しい石の壁がみえる。ところどころ崩れているが健在だ。

 ロイスは思わず感激の声を上げた。


「これだ。これを俺は探していたんだ」


 警鐘は今もなお鳴り続けている。が、それを忘れるほどの興奮。

 抑えきれない感情に、速足になる。

 ロイスの気持ちは最高潮にあった。これはもう大発見といえるだろうから。

 しかし、そこでロイスはなんとか一歩立ち止まることに成功した。


 ──いけない。落ち着け。門番でもいたら厄介だ。静かに……。


 はやる気持ちを抑えて、一旦足をとめ、ゆっくりと遺跡に近づいてみる。

 

 ──でかいな。

 

 高さもそうだが、思った以上に遺跡は奥行きのある建物のようだった。

 

 どの部分も石で積み上げられていて、木製のものは見受けられない。扉らしきものもなく、アーチ状にくりぬかれた扉のない門がいくつも億に向かって並んでいる。その門の高さも、ロイスの身長の三倍はあるだろうか。


 再び警戒をし直すように深呼吸をして、ロイスはゆっくりと門を潜り、遺跡の中に入った。


 内部はやはり真っ暗で、ロイスは光の魔術を発動させる。

 

『……光球リヒト

 

 すると、いくつかの発光する球体が宙に浮いて存在をうたう。

 それそのものの色や細部を見るならば、この方法を使って周囲を照らし、肉眼で確認する方がよい。

 ぼんやりと周囲が明るく照らされた。


 見た限りの造りはおそらく一階建て。

 天井は高く、内部も奥に向かって広い。

 いくつもの柱が奥へ誘うように並び立つ。

 その広さに、ロイスは自分が小人になったような気さえした。

 見上げれば、天井に何か絵が描かれている。


 ──巨人……の彫刻か?


 天井をみて、左右をみて、入ってきた入口をみて、遺跡の奥に視線を戻す。

 まるで神殿のようだと、ロイスは思った。とはいえ、人間が作った神殿のような過美かびな装飾はなく、ただ隙間なく積みあげられた石の壁が美しい。


 そばにある壁にそっと触れてみる。


 さわりと手のひらの表面をくすぐるような、水が流れていくような感覚。魔力の感覚がした。



 かつて、数多あまたの勇者……自称勇者たちが魔界におもむき、魔王に太刀打ちできずに負け還った。


 彼らは正しく負け犬だったが、その都度つどいくつかの遺跡のカケラを持ち帰った。その価値を知らない者たちは役立たずと勇者たちをののしったが、のちにそこから魔界の、魔族の文明の深さが確認されたのだから素晴らしいことだった。


 しかしその発見以前から、ロイスは彼らをほめてやりたいと常々思っていた。

 なぜなら、その遺跡のカケラには、魔界の魔力がこもっていたからだ。

 それだけで、魔界の魔力の研究、古い魔術の残影ざんえいの研究、魔界を構築する物質の研究。魔力を豊富に含んだ物質の耐久度等の性質の研究。

 ともかく様々な研究に使える希少なものと言えた。


 ──だが……。


 ロイスがそれらを目にすることはできても、手にすることは難しかった。たとえできても時間がたちすぎてほとんどただの石屑いしくずになってしまっていたのだ。

 

「もったいない」

 

 思いだしてつぶやく。

 無能な金持ちどもが。価値も知らないくせに魔術師には渡したがらなかったのだ。

 一般公開と称して、自慢という名の展示をすることはあっても……。

 

 でも今、目の前に、カケラではなく本体がある。

 

 ロイスはひたすらに魔力の流れを手のひらで感じ続けた。


 しばらくそうしていたが、ロイスはやがて深く呼吸を繰り返すと、遺跡の奥に目を向けた。

 

 ──この先に、何があるんだろうか……。


 期待を胸に、ロイスは遺跡の奥へと歩み始めた。




 途中いくつかの脇道をみつけつつ、ロイスはかまわずまっすぐ進んでいた。

 いくらか進んだころ、唐突に突き当たりにぶつかった。

 正確には正面に小さな──と言ってもロイスの身長のこれまた倍は高さがありそうな、門扉もんぴのないアーチ状の入り口があり、その先に部屋がある。

 小さい部屋だ。

 アーチの外からみて、突き当たりの壁の石がはっきり見えるほどに小さい。

 興奮するロイス。こういう場所には何かある。と勘が告げている。


 アーチをくぐり、部屋に脚を踏み入れて周囲をみる。

 特に何もない。出入り口も今潜ったアーチだけらしい。

 

 ──何もなし……か?


 そう思った次の瞬間、ロイスはハッと身構えた。

 刺すような視線。

 敵意。

 それがロイスに向けられている。

 首筋が粟立あわだつ感触がして、ロイスは周囲を見渡した。

 

 ──近いっ! 索敵さくてきの術に引っ掛からなかった?


 わずかな焦りがにじみ出る。

 周囲に張り巡らせた害意に反応する魔術。その領域内に、術者に気づかれずに入り込むなど不可能だ。

 しかし不可能なことが起きている。

 荒い息を抑えて、耳を澄ます。

 感覚を鋭く尖らせて、キンっと意識を張り詰める。


 ゴドンッという音。


 ガリガリという音


──何か固いものが石を削る音?


 その音は少しずつ近づいてくる。

 ゆっくり、背後から……。


 ハッとして振り返った瞬間、ロイスは目を見開いた。

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