魔界と目的

 夕暮れ色の髪をなびかせて、青年魔術師──ロイスは暗い森を歩いていた。


 隆起りゅうきする巨木の根を上手いこと飛び越え、れ下がるシダを交わす。

 月明かりすらなく、行先は全くの暗闇でありながら、迷いなく軽やかに進む。


 気持ちは軽く、足取りも軽い。

 ついさっき勇者一行に追い出されたばかりで、それを思うとイラつきはするが、それほど残念ではない。


「追い出されたものは仕方ない。さっさと忘れよう」


 そういう思考のもとでは、彼の足もまた自然と軽くなる。


 そうして軽快に歩くロイスのゆっくりとまばたきを繰り返す両の目は、わずかに光を放ち、夜行性の獣のごとく、周囲を油断なく見渡していた。


 その目には、わずかに色褪いろあせた世界の輪郭りんかくが、くっきりと見えている。

 

暗視あんしの術をかけていると、夜目よめがよく効いていい」

 

 辺りがどれほど暗くとも、魔術師であるロイスにはなんら問題はなかった。何一つ困らない。


 勇者の言うとおり、ロイスは攻撃には参加しなかった。それは契約外だからということもあるが、実際得意でもなかった。

 事実、炎を操ったり水を操ったりなどという攻撃系の魔術をロイスは使えない。しかし、暗視の術、【暗視ナハトスコープ】しかり、光の球を生み出す【光球リヒト】しかり、使える便利な魔術もあるのだ。

 それで今まで不便を感じたことはなかったし、今回に限っていえば、戦いなら勇者に任せておけば良かった。そもそも魔王退治に協力してくれと言われたわけでもなかったわけで、問題ないと思っていたが。


「あいつ、戦いに参加してほしかったのか。可愛いところもあるな」


 ロイスは、怒り心頭という顔つきで怒鳴っていた勇者を思い出して小さく笑った。

 

 とはいえ、置いてきた彼らのこれからを思うと、それなりにあわれではあった。

 

「暗闇で、今頃大慌てだろうな。勇者一行は……」

 

 とつぶやく。

 

 ──いいや、すでに他人事だ。


 ロイスがいなくなったことで闇におおわれて困っていようと、魔界の魔力に当てられて一気に消耗しょうもうし始めようと、どうでもいい。魔王退治など勝手にやっていろというものだった。

 それでも少しの間共に行動した身。後悔しても遅いぞと、あわれんでも誰も文句は言うまい。


「ま、あの聖剣の力は本物だ。大丈夫だろう」


 他人のことなので、楽観的すぎる思考のままロイスは彼らのことを忘れることにした。



 さて、勇者一行と離れてしまえば、普通魔界ですることはないと言える。今するべきことがあるとするなら、人間界にかえる、それのみだ。

 

 ただし。


「その前に俺は俺の目的を果たさないとな」


 ロイスが勇者の依頼を受けた理由であり、勇者一行を追い出されても平然と、むしろ嬉々ききとしていられた理由。


 すなわち。

 魔界の遺跡さがし。


 それこそがロイスの最大の目的だった。

 勇者についてきたのはそのついでだ。


 魔界は人間界よりずっと昔からあったといわれている。

 ある時、魔界から持ち帰られた遺跡のカケラがあった。人間のもつ技術力では、到底とうていつくることのできないもの。

 それは魔族が人間よりはるかに優れた文明を持っている証だった。

 ロイスにとって大事なのは、それが魔術に関しても言える、ということ。


 ──魔界には、人間界にはない古い魔術に関わるものがあるのじゃないか? 人間の知らない未知の魔術が存在するのではないか?


 遺跡を見つければ、古い魔術の痕跡こんせきや魔術の書、魔力のこもった装飾具などに触れ、知ることができるかもしれない。とロイスは考えた。


 ロイスには他に何もなかった。魔術以外なにも。

 だからひたすら研究し、ひたすら試した。人間界にある魔術はもう研究し尽くした。

 それでも退屈だ。

 退屈すぎて旅に出るほど退屈だ。

 ただただ退屈で、けれど魔術以外何もないから。だからロイスは魔術のその先を求めるしかなかった。


 ──魔術のことをもっと知ることができれば、このかわきも少しはまぎれるだろうか。


 ロイスはただ、自分自身の退屈と探究心を紛らわせるために、魔術を求めていた。

 他にあっただろうか。思い浮かべても過去のどこにも寄る辺はない。

 彼には、他に何もなかった。





 しばらく歩いたところで、ロイスは小さく空を仰いだ。

 てもなく歩いて見つかるほど、魔界は甘くはなかったらしい。

 

「そう簡単には見つからないか」

 

 一人つぶやきながら、今度は周囲に視線をめぐらせた。見える範囲にそれらしいものはない。

 遺跡といっても、これといったはっきりとしたビジョンはなく、ただ、魔界にある古い建造物を総じて遺跡と呼んでいるだけだ。

 そのどれかを、場所もわからず、あるかどうかすら不明のまま探しているのだ。

 

 こんなところに人間はいやしないが、もしいたとして、ロイスの姿を見たならば、まさか目的地が決まっていないのに歩いているとは思いもしないだろう。

 それほど堂々とした歩みを進めているが、残念ながら事実上の迷子である。


「明確な目印がなければみつけるのは絶望的だよな……」


 ロイスはため息まじりき肩をすくめた。



 ふとロイスは視線を感じて顔をめぐらせた。

 ついと目が細められる。

 

 どこからか見られている。

 視線を感じる。

 けれどもそれがどこから向けられている視線なのか、なんとなく方向はわかるが、はっきりとした距離、場所が把握はあくできない。

 警戒心がにじみ出る。


 ロイスが現在周囲に張りめぐらせている、一定空間内の害意ある生物を探査たんさ索敵さくてきする術、それはだいたい直径三百メートルほどの円状で展開されている。その範囲に引っかからないということは、さらに外からの視線ということになる。


 ──よくそんなに遠いところから、これほど鋭利えいりな視線を向けられるものだな。


 ロイスは内心で感嘆かんたんした。

 この距離で遠距離攻撃を仕掛けてくるだろうか。それとも異常な移動能力を有している魔物だろうか。ロイスの頭の中で様々な仮説が立てられるが、どれも確証を得られるものではない。

 ロイスはやれやれ。と肩をすくめた。

 

 ──なんのてもなく歩くより、聞いた方が早いしな。はてさて、相手はどういう反応をするかな。

 

 ロイスは乱暴な思考をもちつつ、視線を感じた方角へ方向転換をした。

 

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