家出少女の夕夏
「……」
目を覚ました
起き上がってベッドに座り込み、まわりを見ながら少し考えを巡らせていた。
いまは自分しか居ない。
室内は明治を思わせるレトロなもの。
そこはいままで夕夏の生活にはなかった場所。
そしてイブとヤエ。
先ほどまで居た、ゴスロリの格好をした二人の少女にも出会った。
二人から聞かされたのは、いままで天使の翼だと信じていたものが魔物で、命を勝手に吸われていたこということ。
自由になり、生活の何もかもが無償でとは都合が良すぎるだろうと考えていたため、合点がいったものの、まさか魔物とは思わなかった。
翼から解放されたため、現実世界に帰れると言っていたが、正直、帰ったところで居場所がない。
家に帰れば親がののしり合っているだろうし、学校へ行っても一人ぼっち。
誰もあてにできず、思い切ってパパ活をしようかと思ったが、相手の変態ぶりに激しく嫌悪し、ホテルで顔面を蹴って気絶させ逃げてきた。
独立するには衣食住における費用を捻出しなければならない。
高校生で特に才能のない自分はやはり、嫌でも親のそばにいなければ生きていけないのだろうかと呟くと、二人は大丈夫だと言った。
あなたは能力に目覚めた。
それを実感できる状況を用意する、と。
「うん?」
見ると、ベッドの横にあるサイドテーブルに厚紙でできた小箱と手紙があった。
ローファーを履いて立ち上がると、夕夏は手紙を手に取って読んでみた。
「それを使ってここまでくるといい。気をつけて。イブ、ヤエ」
万年筆できれいに書かれた文章のほかに、現在位置とゴールが記された、館の見取り図があった。
「それ?」
該当するのものはこれだと思い、夕夏は小箱のフタを開けてみた。
「銃……、じゃない。スピールだ」
左手で持ち上げながら、呟く夕夏。
たしかに一見するとオートマチック拳銃なのだが、それは銃の感覚で魔法が放てる、スピールであった。
弾倉部を抜いてみても弾丸はなく、魔力充填素材の一部が露出している直方体のもので、バッテリーを思わせた。
「
右手に手紙を持ちながら、スピールの仕様を確認する夕夏だが、その手際はプロのように無駄なく効率的だった。
「ここに居てもしゃーないし、行ってみるか」
再装填して弾倉部を戻し、手紙を折りたたんでスカートの右ポケットに入れた。
夕夏の服装は白いブラウスに薄茶色のサマーベストを着て、赤を基調としたチェック柄のプリーツスカートをはいているため、私服ではあるが制服にも見えるものであり、激しい運動をしても問題ないものだった。
そして、スピールを持たせたということは何かあるということ。
慎重に行動した方がいい。
「……」
すっとそばにより、気配を探る夕夏。
「……」
近くに誰もいないと判断し、右手にスピールを持ち、左手でドアノブを静かに回すと、音を出さないように引いた。
覗き込んでみても、赤い
素早く廊下に出て、無音でドアを閉じると、夕夏は奥の方へと向かった。
「……」
五メートルほどいったところにある
クランクになっている廊下を進んだ。
その角から
見取り図では部屋を囲うような回廊になっている場所であり、左へ行ってそのまま進めば最短でゴールできる。
小走りで音を立てずに警戒しながら、角から角へ移り、そっと覗いてみた。
「なんだよ、あれ」
心の中で呟く夕夏。
その廊下の先、夕夏からゴールのある部屋に至るドアまでおよそ十メートルほどなのだが、そのドアの前にオオカミがいた。
正確にはオオカミの頭をした一体の獣人であり、漆黒のスーツを着こなして、SPよろしく立っていたのだ。
身長は二メートルほどもあり、筋骨隆々で、手足にある鋭い爪は人間の身体など簡単に引き裂いてしまいそうだった。
「スピールを使っても、まともに戦ったら勝ちはねえ。うまくやらねえと」
すると夕夏はいったん離れて回廊を反対にまわり、その角から覗くと、先ほどみた獣人の左半身が見えた。
「おっと」
獣人は真っ直ぐに立って正面を見据えているため、一瞬、人形かと思ったが、呼吸をしている動きと、こちらに顔を向けたことから、それは否定された。
「とにかく、あいつをあそこから動かして、その隙にドアを開けていけばいい。鍵がかかっていたらスピールで壊す」
方針を決め、早速、動く夕夏。
状況を
右上の角に夕夏がいて、そこから右下の位置に移動。
その右下の角から無音発動に設定したスピールだけを出すと、左下の方にある床にだいたいの狙いをつけ、引き金を引いた。
パシン!
「ボァッ?」
魔力だけの弾丸は床に着弾して火花のように弾け、それは思惑どおり獣人の視界に入ったらしく、文字表記の難しいうなり声をあげた。
夕夏は右上にきて歩いていく獣人の姿を確認した。
「いまだ」
すっと駆け出し左手でドアノブに手をかけた。
鍵はかけられておらず、簡単にノブは回ったが──。
ガコン!
大きな歯車の歯、一枚分が動いたかのような大きな金属音がした。
「やば」
見ると、獣人は振り返り、夕夏を見ていた。
そして、頭部が示す猛獣のごとく獲物となった夕夏に襲いかかった。
「くっ──」
ドアを開け、中へ入る間にその爪は夕夏をとらえ致命傷を与える。
だが、夕夏の脳裏にはこれまで人類が経験してきた戦いの記憶がめぐり、その中から最善手を導き出していた。
「うおおおおおおー!」
夕夏は飛び込んでくる獣人の勢いを利用して背負い投げ。
獣人は両足を思いっきり回転させてドアに叩きつけられると、ドアは派手に壊れ、さらにその部屋の床へ背中を打ちつけられた。
これが人間であれば倒れたまま動けなかっただろうが、獣人はゆっくりと起き上がっていった。
ダメージを負ったが狩りを止めるほどではない。
そんな雰囲気が感じられた。
こうなれば獣人を無力化する以外に方法はない。
夕夏は獣人に左手を突き出して広げ、その手の甲にスピールをあてると、そのまま引き金を引いた。
すると夕夏の左手から巨人のような特大の
獣人は投げつけたおもちゃみたいに床を転がって向こうの壁にぶつかると、あり得ない方向に関節を曲げたまま、ぴくりとも動かなくなった。
そして画像が乱れたようにブレると、獣人の身体は消え、細長い紙だけが残った。
「あのオオカミ、式神ってやつだったのか」
呟く夕夏。
そしてゴールである部屋に入ったんだと気がついた。
五メートル四方くらいあるフローリングの部屋で、ここも明治を感じさせる内装だが、これといった調度品もなく、何を目的にしたところなのか分からなかった。
「それがあなたの能力」
「タタカイノキオクよ」
言いながら、夕夏の前にイブとヤエが姿を現した。
「なるほど。よーく分かったぜ」
納得した夕夏だったが、ふっと力が抜け、その場に座り込んだ。
「やべ、めっちゃ疲れた」
「最初だから」
「じきに慣れる」
「はは、そうだな。それにタタカイノキオクを使いこなせればたしかに一人でも生きていけそうだ」
──五年後。
夕夏は警察の魔法版ともいうべき
凶悪な魔法犯罪者を相手に立ち向かい、市民の平和を守っていた。
「……」
「……」
その様子を、館からイブとヤエが見ていた。
そして縁をもった人物の活躍を自分のことのように喜んだ。
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