第2話 春 常花の村Ⅱ
「リビング……? リビングって何処ですかぁ、ミスター……」
怖がりのリーンは、酷く慎重に一歩ずつ進んでいく。ホールにかけられた二階に続く螺旋階段を通りすぎ、静かな廊下へと辿り着いた。壁にぴったりはめ込まれたいくつかのドアは締め切られていて、一つも開ける勇気は持ち合わせていなかった。壁に背もたれて、リーンは一旦立ち止まった。せめて、場所を聞いておけば良かった。
「やっぱり、ミスターが戻ってくるのを待とうかな」
寒さと心細さに冷える身体を両腕でさする。すると、横からココアを手渡される。
「良かったら飲まない? あったまるよ」
「あ、どうもありがとうございます!」
リーンは明るい声で礼を言って、ごくんと一口飲んだ。まろやかな甘みと鼻の奥まで広がるココアの香りに、思わず心地好いため息が零れた。
全部飲み干すと、空のコップがひょいと横から取り上げられた。リーンは再度きちんと礼を言おうとしたが、あれと辺りを見回す。寒々しい空気が漂う、長い廊下の薄暗闇の中、誰一人の姿も見当たらなかった。誰もいないのに、ココアが出てきて、飲んだら消えた。
「……ど、どうなってるの? 幽霊がくれたの?」
ココアの幽霊なんて聞いたこともない。
温かな絶品を味わったリーンは、怖いのか怖くないのか分からなくなりそうだった。
その時、電話のベルがけたたましく鳴った。
肩を跳ね上げ、後ろから響き渡るベルの音に耳を傾ける。玄関のチェストに置かれていた電話だろう。やはり誰一人いないのか、受話器は取られずベルは鳴り止まない。
どうしても気になって、リーンは踵を返して玄関ホールへ戻ることにした。
誰かが取るのを待ち望んでいるのか、ベルは一向に鳴り続ける。何か重大な用件かもしれない。ならば自分が取って、言付けするくらいなら出来るだろう。決意したリーンは、ここ一番の勇気を振り絞って、受話器を手に取った。大きな声でこの家の名前を名乗る。
「はい、キャンベルです!」
受話器の向こうから砂嵐のような雑音が流れ込んでくる。その中から、一つの声が紛れるようにして呟かれた。
(……キャンベル?)
「そうです、キャンベルですが」
(……お前は、キャンベルなの?)
「い、いいえ、私は違うんですけど」
思わず素直に答えてしまう。けれど、今日からキャンベル家で暮らすのだから、キャンベルで間違いはない筈だ。でもこの質問は、リーン自身に尋ねられたものだ。それは不思議と分かった。
(では、お前はだあれ?)
「わ、私は……リーン=リリー・ガーランド」
(リーン=リリー。……それはだあれ?)
「き、今日からキャンベル家のお世話になる者ですが」
くすくすと笑う声が耳の奥まで明瞭に響く。
(きいたことない)
(キャンベルではないなら、お前はだあれ?)
(お前はだあれ?)
(お前はだあれ? お前はだあれ? お前はだあれ? だあれ? だあれ? だあれ? だあれ? だあれ? だあれ? だあれ? だあれ?)
無邪気な声で何回も重ねて問われる。恐怖で強張るリーンは、受話器を手に持ったままで動けない。こわい。なにこれ。耳元で囁かれている『これ』は、果たして人間なのか、幽霊なのか。それとも――。
リーンの後ろから、何者かが床をギシリと鳴らして歩み寄ってくる。電話に集中している少女は足音に気付けず、背後からの侵攻を安易に許した。受話器が勢い良く奪われ、すぐに妖精の如き鈴の声音が、少女の両耳を直に侵した。
「あなたはだあれ?」
「あたしたちにもおしえて?」
リーンの頭はとうとう真っ白になった。
いやあーーーーーーー!!
リーンの絹を裂いたような悲鳴が、館の外にも響き渡った。
裏庭を歩くヨークラインは少女の声を聞いた途端、すぐさま身をひるがえして駆け出した。近道を通り、背の低い植木を飛び越した際に衣服が引っかかって擦れるが、構わなかった。
青年は歯噛みして無意識に叫ぶ。
「リリ……!」
「もういや! もうやだぁ! お化け屋敷なんか住みたくなぁい!」
真っ白な頭は無我夢中だった。玄関の扉を突き破るように開けて飛び出し、すぐ手前にある花の庭園を見向きもせず横断する。清らかな小川を飛び越え、果樹園と畑も追い抜き、牧草地の奥の奥まで駆け抜けていく。
「ミスターごめんなさい……! お化けあんなに怖いのに、私、ミスターと、この家で、上手く暮らしていく自信がない……ッ」
なだらかな坂道を駆け上がり、脚の負担を感じてもリーンは足を止められなかった。
『リーン=リリーをキャンベル家に? よりにもよって、あのキャンベルですか』
『最近、名を馳せ始めたあの若造が曲者だ。我が物顔で我々の領域を揚々と闊歩しておる』
『しかし、これは都市の決定事項だ。何やら我々には見えぬ足がかりを得ているようだ。油断ならぬ』
孤児院の院長たちが呟いていた台詞が、今になって耳にこだましてくる。
半分以上は理解出来ない話だったが、良く思われていない家なのだと分かった。けれど、引き取られるだけで十分に幸運だと思えたのは本当だ。孤児院にいられる期限は十五歳になるまでの、あと数ヶ月きりだった。身寄りのない自分には、その先の当てもない。何より正式な支援により与えられた、暮らすことに不自由しない行先だった。拒むことなど考えもしなかった。
ついに体力の限界を感じてリーンは立ち止まった。
荒い呼吸を整えようと、背を屈めて自然と視線は地面に落ちる。
「……あそこに住むのがだめなら、私、孤児院に戻らなきゃ。……どっちの方向にあるんだろう」
顔を上げて辺りを見回した。丘の上まで到達していたようで、地平線の向こうまで快く見晴らせる。牧草地ばかりののどかな風景と、真っ赤に燃え尽くすような夕焼け空。丘のふもとには、ごま粒ほどの大きさのキャンベル家がちらりと見える。屋敷の前に佇んでいた馬車は、すでにいなくなっていた。冷たい風がリーンに向かって吹き荒れた。
「……院長先生にはどうお詫びすればいいのかな。せっかくの機会を台無しにしたって怒られるかな。どちらにしろ、今度の誕生日までには出て行かなきゃいけなかったし、今更戻っても……、どうしようもないんじゃないかな……」
戻ろうにも、すでに帰るところではないのかもしれない。今度こそひとりぼっちで生きていかなくてはいけない。リーンは足を何処へ向けたらいいのか分からなく、何もない草原の果てを見つめ続ける。独り言はどんどんと弱々しく、震えが止まらなくなっていく。
「私、どっちに行ったらいいの? ……何処へ行けばいいの?」
言葉にすればますますたまらなくなった。ついには涙があふれて嗚咽が漏れる。
「どうしよう……。こわいよ、さみしいよ……。ひとりぼっちは、いやだよ……」
――ヨッカ。
その名は無意識に呟かれる。どうか助けてと、ためらうことなく追いすがれるリーンのただ一人。淋しさに負けて、涙ながらに叫んだ。
「ヨッカ……!」
リーンの悲鳴を聞いてすぐさま駆けつけたヨークラインだったが、怖がりの少女はとっくに屋敷から逃げ出した後だった。
暖炉の火が灯される暖かなリビングにて、その原因を目の前して、腕を組んで盛大にため息をつく。
「まったく、お前たちは! 俺に黙って何をやってくれている?」
こめかみに青筋を浮かべるヨークラインの前に立たされているのは、少女二人と青年一人。このキャンベル家に住むれっきとした人間たちだ。
「だって、このキャンベル家で暮らすんでしょ? ウチは色々大変だから、精神的にタフかどうか確かめさせてもらったのよ」
背の高い方の少女は、悪びれずにしれっと言い訳を述べる。
「タフどころかあたしよりすっごくすっごく泣き虫っ子! 弱虫っ子!」
背の低い方の少女は、幼い顔で無邪気にきゃらきゃら笑う。
ヨークラインがひと睨みして、隣の青年にきつく言い放った。
「ジョシュア、お前の監督下でどうしてここまで好き勝手させた?」
ヨークラインとさほど歳の変わらない青年は、へらりと苦笑した。
「僕は一応反対したんだよー? だけど、メグとプリムがどうしてもやるってきかなくてさ」
「お前のその甘さが、この姉妹の傍若無人ぶりを始末に負えなくさせているんだ」
「いやだなあ、ヨーク。僕が甘かろうがそうでなかろうが、このレディたちはいつだって驚天動地に我が道を行くのさ」
「そーよそーよ、ジョシュを責めるのはお門違いよ、ヨーク兄さん。あたしたちはあたしたちなりに歓迎しようとしたつもりなのよ。年季の入った屋敷ならではの、ホラーよろしくスリル満点のサプライズ歓迎。ホントはすぐにネタばらしするつもりだったんだけど、あの子ビビりすぎだし、足は速いし、どっか行っちゃって困っちゃったわ」
「メグねえちゃまもあたしも困っちゃったわ!」
少女たちの言いぐさに、ヨークラインは再び小さくため息をついた。
「ホントならもう少し肝っ玉のある子が良かったんだけど。あんなことで逃げ出すようじゃあダメね。ここでちゃんとやっていけるのかしら」
「それは要らない心配だ。彼女に、俺たちの『仕事』を手伝わせるつもりはない」
きっぱりと言い放ったヨークラインに、メグと呼ばれた姉妹の上にあたる少女は、不思議そうに眉を寄せた。
「ヨーク兄さん、ならどうしてあの子を連れて来たの? 天空都市の『慈善事業の一環』って話はホントにホントだったの?」
「ああ。そうだと思ってくれ。それはともかく、お前たち。浮かれて騒ぐのは結構だが、今は彼女の気持ちになってみろ。……孤児院育ちの天涯孤独の身の上で、縁もゆかりもない土地で誰かも分からぬ者たちと暮そうという時に、更に心細くさせるような振る舞いをされたらどう思う? ……彼女の泣きわめく声が、外まで聞こえていた」
少女たちは、はっとした表情をするとお互いの顔を見合わせた。ようやく事の重大さを悟ったようで、揚々とした態度が萎んでいく。それに構うことなく、更にきつく問い詰めていく。
「どう思う、と聞いている。答えてみろ」
「……この世の終わりと思うわね」
「すっごくすっごくかなしいね」
姉妹の気落ちした声を聞き、ヨークラインはふんと息をついた。
「結構。良く理解しているようだ。では本来ならばどう接するべきなのか、次からは慎重に考えて行動するんだな」
冷たく静かな響きの説教は、最後に憂いの色を付け加えて終える。
「独りの痛みを知らぬお前たちではあるまい?」
気まずそうに目を伏せてしまった二人を見て、隣の青年もばつが悪そうに笑みを浮かべている。
「ヨークの言う通りだよ。僕たちがやりすぎちゃったね。レディたちも、今日ばかりはちゃんと反省しておこうか」
「わ、分かってるわよ、あたしたちが悪かったわよ。ちょっと調子に乗りすぎてたわ」
「ごめんなさい、ヨークにいちゃま」
姉妹が素直に頭を下げると、ヨークラインはむっつりとした顔のまま、リビングから出て行こうとする。
「あれっ、ヨーク。説教はもうお終いかい? いつもより短すぎやしないかい?」
「ちょっと、ジョシュ! 余計なこと言わないでよ!」
「言っちゃだめなのよ!」
青い顔の姉妹は、すかさず青年に訴える。ヨークラインは低い声で答えた。
「彼女を迎えに行ってくる。お前たち、今度こそ大人しく待っていろ。下手に驚かせるような真似は、二度とするな」
乱暴な音を立ててドアが閉まり、姉妹二人は肩をびくつかせた。困惑の表情をしながらお互いの顔を見合わせる。
「ヨークにいちゃまが、めちゃくちゃ怒ってる……!」
「な、何なのよアレ……。あんなの、あたしたちのイタズラにしちゃ可愛いもんじゃない」
「こわいようこわいよう。にいちゃまのプディング、勝手に食べた時より、すっごくこわいよう……!」
「……なぁんか、アヤシイわね。妙に肩入れしているっていうか……」
「それはそうだよ。あの子は、ヨークの昔馴染みの筈だよ」
「ええっ! そうなの!?」
「昔のヨークにいちゃまの!?」
驚きの声を上げる姉妹に青年は微笑むと、窓の向こうに視線をやった。屋敷の庭道を抜け、広い丘へ走っていくヨークラインに向けて呟く。
「彼女がガーランド家の生き残りか……。ヨークにとっては、必然の巡り会わせだったのかもしれないな」
*
ヨッカという名前は、リーンの付けた愛称だ。本当の名前は忘れてしまった。ヨッカという名前がとても気に入っていたのもある。その名で呼べば、いつも困ったように微笑みを返してくれていた。
リーンの遊び相手であると同時に、彼は恩人でもあった。
自分の家の客人であった彼は、身体の弱い母の病を直してくれた人だった。
泣き虫だった自分をいつも優しく慰めてくれた人だった。幼いリーンにとっては心強い人だった。
彼と一緒にいられたのは一年にも満たない月日だったが、今でもリーンの心に優しい記憶として大切に根付いている。初恋という言葉で片付けるにはまだ捨て置けなくて、心の奥に未だ大切に眠り続ける大事な想い出。
悲しい時にはその記憶を思い出して心を慰め、勇気を奮い起こす為の糧にしていた。
――泣き虫リリ。何度泣いても構わないが、泣くだけ泣いたら顔を上げて空を見ろ――
「ヨッカ……あなたの言葉があったから、これまできっと大丈夫だったの。でも、私、まだ全然変われていない」
膝を抱えて座り込むリーンは、嗚咽を止められずにいる。幼いままのそれが情けないことだと分かっているけれど、相変わらず我慢すら出来ないのだ。
(今でも弱虫で泣き虫な私を見たら、ヨッカはどう思うのだろう?)
ガサガサと草を踏み分ける音を聞いて、うずくまっていたリーンはゆっくりと後ろに振り返った。
「もうすぐ夜になる。勝手に遠くに行くのは感心しない、ミス・ガーランド」
「ミスター……」
少々息の荒いヨークラインは、泣き腫らした顔のリーンを見ると、苦々しげに顔をしかめた。
「君に一言でも警告しておくべきだったな。我がキャンベル家の人間は、少々手に余る時があるのだ。すまなかった。まず家長の俺から詫びさせてくれ」
頭を下げられて、リーンは戸惑ってしまった。立ち上がってヨークラインにおろおろしながら声をかける。
「え、あの、何でミスターが謝るんですか? 勝手に出て行ったのは私なのに……」
「君を酷く驚かせ、悲しませてしまっただろう。悪ふざけをした彼らにはきつく叱っておいた。君を泣かせるようなことはもうしないと思う」
ヨークラインは本当に申し訳ないと思っているようで、その表情は痛むように歪められている。走って追いかけきてくれたのだろう、額に浮かぶ汗で黒い前髪が貼り付いていた。
無愛想な口調で冷たい印象だけれど、人を気遣える優しい人なのだ。そう思ったリーンは、困ったように笑う。
「泣き虫な私がだめなんです。幽霊とも仲良く暮らせるぐらいの強い心が欲しいって、それこそちっちゃい頃から思っているのに、いつまで経っても怖い時には涙が出ちゃうんです。いい加減、弱虫の泣き虫から卒業しなきゃいけないのに……」
言っている傍から、じわりと涙があふれそうになって、自然と顔が俯く。
ヨークラインの手が、少女の頬に触れた。そのまま滑り、おとがいを掴んで上に向ける。
「み、ミスター?」
「泣きたくないなら顔は上げたまえ。いじけて下ばかり見ているのがいけない」
無理矢理に視線を空へと向けさせられ、リーンは暮れていく空を見つめる。
夕暮れ空は水色から山吹色、茜色にかけてのグラデーションで彩られていた。それに白色の雲がうっすらとかかる。色彩はどんどん紺色に近付いて、やがて煌々とした光の粒がばら撒かれる。穏やかに陽の沈む間際まで、リーンは彩りの変化を見守った。見上げている時だけは毎日綺麗な色があると、リーンは知っている。知っているのに、気付けばすぐに忘れてしまうのだ。
「……ありがとうございます、ミスター。涙は止まりました」
ヨークラインはほっとしたように小さく息をついた。リーンから手を離し、遠くに佇むキャンベルの屋敷を目で追う。
「ならば戻ろう。家に着く頃には、目の腫れも少しは引いているだろう」
ヨークラインが踵を返し、リーンもその後ろを大人しくついていく。風が静かに草の音色を鳴らし、少女の長い髪をなびかせる。頬にかかる髪の一房を耳の後ろへよけつつ、リーンは照れ臭そうに、けれど嬉しそうに言う。
「私の小さい頃、ミスターみたいに『顔を上げろ』と教えてくれた人がいました。なんだか今、とても懐かしい気分」
振り向きもせずにヨークラインは淡々と言葉を返す。
「……そうか、君が泣き虫だったことは良く覚えているが、自分の言葉は存外覚えていないものだな」
「え……?」
「『泣き虫リリ』。そう呼んでいた覚えはあるがな。君が俺の記憶と違わぬぐらい、その泣き顔が相変わらずなのは少々呆れたが」
ぽかんとするリーンは、首を傾げて訊ねた。
「……どうして昔の私を知っているんですか? 『泣き虫リリ』は、ヨッカがからかって付けた私のあだ名…」
ヨークラインは渋い顔をして苦々しそうに言う。
「いい加減その名で呼ぶんじゃない。俺の名前はヨークラインだ」
目をまるまると見開いて、リーンは立ち止まった。
「……ヨッカ、なの? 本当に……ヨッカ? ミスターが、……ヨッカ?」
「そうだ。昔、ガーランド家で世話になったことがある。君とも一緒に過ごした。それより、ミス・ガーランド。歩みを止めるな。早く家に帰るぞ」
「そうよ、それ!!」
いきり立つようにリーンは声を張り上げた。突然生じた少女の勢いに、ヨークラインは少しだけ怯んだ。
「その他人行儀な呼び方は何なのよ、ヨッカ! いかにも知らぬ存ぜぬって顔して、堅物な物言いで説教して!」
「堅物とは何だ、失礼な。生まれた時からこの性格だ。君が良く覚えていないだけだ」
「ヨッカは少なくとも隠し事なんかしなかったもん! あ、もしかして、私がこうして逃げ出してなかったら、自分がヨッカであることも言わないつもりだったんでしょう!?」
それは本当だったようで、ヨークラインは気まずそうに目を泳がせた。
「やっぱり! ……どうして知らないふりをしようとしたの」
どんな再会であろうとも、ヨッカとまた言葉を交わすことが出来たのだ。嬉しくないわけがない。二度と会えないと思っていたリーンの昔からの大事な人。それとも、大事だと思っているのはリーンだけで、ヨークラインにとっては気にも留めないことなのだろうか。
「また会いたいと思っていたのは、私だけだったの……?」
少女が自分の思うほどよりも悲しげな目を向けてくるので、ヨークラインは気まずそうな表情を更に色濃くし、眉間にしわが寄る。このままではまた泣いてしまうかもしれない。小さなため息と共に、静かな声で理由を告げる。
「……あの頃の俺は、死んだことになっているからな」
「え……?」
「出来れば、昔の俺のことは忘れてくれると助かる」
予想外の台詞を聞き、ぼうっと未だ立ち尽くすリーンの手を取って、ヨークラインは歩き出した。青年の歩くペースで自然と小走りになるリーンは、その大きな背中に向けて訊ねる。
「どういうこと? ……ヨッカは、もういないの? いなくなってしまった方がいいの?」
「……俺の名前はヨークラインだ。ヨークライン・ヴァン・キャンベル。キャンベル家を束ねる家長だ」
自分に言い聞かせるようなヨークラインの台詞は、リーンの胸を寂しげに痛ませた。
――ヨッカ。
そっと呼びかける少女の声に、ヨークラインは決して振り向かなかった。
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