十一章 「名前で呼ばれて」

 頼られてる。

 おかしいと思うだろうけど、彼が謝ってきた時私は一番初めにそう感じた。

 彼は前回より、派手な黄色の服を着ていた。ピアスも開けているんだと今更耳元に光るものを見て思った。それでも似合っているから彼はすごい。おしゃれな遺伝子でも持っているんだろうか。

 彼が自分の弱いところを私に見せてくれた。

 イエスマンなところを認めて、それを隠そうとしなかった。

 きっと今までたくさん損をしてきたし辛い思いもしてきただろう。

 そんな背景を私は全て知りたいと思った。

 そう思ったのは他の誰でもない私を頼ってくれたから。

 それが嬉しかった。

 そしてこの感情は、私の今の感情の中で大部分を占めていた。

 だから、「なんで最初に言わなかったのよ」という怒りの感情は表に出てこなかった。

 問題ばかり起こして人とうまくいかない私が、誰かに頼られた。

 そんな事今までなかった。

 誰かに必要とされる事がこんなに嬉しいなんて思わなかった。

 彼の力になりたい。

 胸がドキッと大きな音を立てた。

 これは間違いなく私は彼に……。


 彼が選んだ服屋さんは、少しファンシーな感じのお店だった。

 かわいい感じの服はあまり持ってないかもと私は思った。そういえば、彼はかっこいい系と言うより可愛い系の服をよく着ている。

 店内をのぞくと店員は私よりだいぶ若くて、ムッとした。そんなことを感じるなんて、なんだか私らしくないと驚いた。彼が服を買いに来るたびにこの店員と話してると思うと、嫌な気持ちになった。

「隣の店は同じ店? この店と服の系統が似てるけど」

 私は少し驚きながら気持ちを切り替えてみた。なかなか似てる店はない。

「隣は系列店で、あっちはメンズを扱っているんだ。両方見てみようよ」

「珍しいわね、じゃあメンズから見よー」

 私はこんなところにも彼の優しさがあるなと感じた。

 すぐ隣ならあちこち歩いたりしなくていいから、女性もつい長くなりがちな買い物の時相手のことを気にしなくていい。

 彼の優しさはすごく心地いい。それは丸くて柔らかいものに包まれるような感覚だった。

「これはちょっとかわいすぎない? 男物でしょ?」

 ピンクと黄色のグラデーションの服を手にとって彼の目の前にばーんと見せた。

「最近はかわいいピンクの服を男の人も着るのが流行ってるらしいよ。雑誌に載ってたよ」

「雑誌なんて見るんだ。なんか意外」

「そう? 結構雑誌を見て分析する方だよ」

「そう言われるとわかるー。秋月さんなら服一つで何時間も考えてそう。私なんて直感だから早いよ」

「直感かあ。小鳥遊さんらしいね」

 二匹の小鳥がちゅんちゅんと遊んでいる。まるで私たちのようだ。

 話していて楽しい。ただ話しているだけなのに、それが楽しい。

 これってまるでデートをしているようだ。急にそう思い、恥ずかしくなった。彼に気づかれてないだろうかとハンカチで汗を拭くふりをしてごまかしてみた。

 私が面白い服を見つけて彼に見せようと走って行ったとき、彼の目の前でつまづいた。

「あっ、手早くつかなきゃ」と思っている時、前にいる彼が走ってきて、抱きかかえてくれた。

「美桜、大丈夫か」

 真剣な顔でいきなり名前を呼ばれて私は完全にときめいてしまったのだった。

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