第5話 油断 ②

 変電所内。


 ルナに襲いかかろうとしているヴァンパイアに、銀次と鉄平は反応出来なかった。

 だがルナは違った。

 ヴァンパイアを見た瞬間に左手のコンパクトサブマシンガンから手を離し、太ももに装着したハンドガンに持ち変えた。握り方も引き金に親指をかけ、下から上に向けてヴァンパイアの首から脳幹の辺りへ銃弾を放った。


「あと数センチで噛みつけたのにね」


 そう言って眼前で後頭部が吹っ飛んだヴァンパイアに対してルナは笑みを浮かべた。暗い闇に紅い瞳が一つ浮かぶ、天使とも悪魔ともとれる悦に浸るような笑みだった。

 ここで銀次が気付く。


「クソ! 外に向かえ!」


 先程までいなかったヴァンパイアが突如現れたという事は、どこかに隠れていて機会をうかがっていたからだと。それならば恐らく複数体は隠れているだろう。それが銀次の判断だ。

 一度外に出る必要があると考えた、だがその考えを止めたのはインカムに搭載された暗視カメラから映像を見ていたサラだった。


「ダメです銀次さん……複数体、出入り口上部の壁や天井に張り付いて待ち伏せしています! 周りにも、次々と熱源が!」

「つまり、出ようとしたら上から落ちてくるって訳か。ありがたい事に入って来た時は我慢してくれたんだ」


 ルナが皮肉混じりに言ったが、鉄平にはそんな余裕は無かった。


「おいおい……これじゃあ俺達の囮作戦と同じじゃねぇか……」


 鉄平の言葉にルナと銀次も同じ考えだった。統率者を失った理性の無いヴァンパイアの戦い方ではない。変電所のどこかに統率者がいる、それは明らかだった。


「ハジメ! 変電所内に入って来てくれ!」

『すいません! 変電所の屋根から大量に飛び降りて来て……理性持ちらしき個体もいます! 中には入れません!』

「どっちにしても壁のヤツらを落とさなきゃ中には入れないっての! サラ! 壁のヤツらの位置教えて!」


 ルナはそう言うと銃の先でサラの視点の中心を探す。ライトの弱弱しい光では探しにくい、それよりもサラが見ている暗視映像と熱源感知での索敵の方が容易だろうとルナは考えた。


『分かった! そこからもうちょっと右に一体いるわ!』


 それを聞いていた銀次が鉄平に指示を出す。


「鉄平、マズルフラッシュでコイツらの位置を記憶して撃て!」

「簡単に言わないで下さいよ……」


 すでにルナはサラの指示を聞きながら視線を出入り口上部に向けている。そしてライトの光に一体のヴァンパイアが照らし出されるとルナはハンドガンの引き金を引いた。

 刹那、ルナのハンドガンから小さな閃光を伴って銀弾が発射される。


 それを合図に今度は銀次と鉄平が三人を取り囲むように近づいてくるヴァンパイアめがけて銃を撃つ。いちいちライトで探していては間に合わない。撃った時に起こる小さな閃光……マズルフラッシュで周囲の敵の位置を把握する。撃つ時には撃つ相手を見ずに索敵するのだ。

 何度も響く発砲音と、暗闇を瞬間的に照らす閃光。一つ間違えば誰かが襲われ、なし崩しに全員が倒れてしまう……そんな状況だ。

 しかし、ルナ達はこの状況を打破していく。


『ルナ! あと一体よ! 右上に五センチ、そこ! それで全部よ!』


 壁に張り付いていた最後のヴァンパイアが落ちた音を聞いて、銀次が銃声と共に指示を発した。


「そのまま進め! ここから出るぞ!」


 ルナは返事もせずに出入り口へと足を進める。その間にも三発の銀弾を発射して迫りくるヴァンパイアの頭を撃ち抜いた。

 出入り口付近まで来ると外の明かりで周囲がよく見える。静かに降る雪とは裏腹に、あちらこちらで銃声と唸り声が響いている。ルナの眼前には、おびただしい数のヴァンパイアの背中が広がっていた。


 ルナはその光景をどこか俯瞰に見ていた。


 ――――思えば最初から間違ってた。


 見えていたヴァンパイアの一体がルナ達に気付くと、踵を返して迫ってくる。それを皮切りに多くのヴァンパイアが建物の前にいるルナ達に向かって走りだした。


 ――――統率者のいない群れなんか……簡単に倒せると思ってた。


 建物内からもヴァンパイアが出てくる。ルナ達は挟まれる形で戦う事を余儀なくされた。銀次は道を作る為にルナの少し前に出た、ルナ達の銃弾が残りわずかと判断しての事だ。


 ――――罠だった……そして。


 鉄平はルナのすぐ後ろで変電所から追いかけてくるヤツらを近づけまいとサブマシンガンを撃ち続けている。その間で前後の状況を見ながらルナは戦っていた。

 だが、やがて訪れるだろうその時が来た……。

 ルナが引き金を引くも銀弾は発射されない。気づかなかったがスライドが下がったままで次弾を装填しない。つまり銃弾切れだ。


 ――――銃弾が尽きた。


 予備のマガジンはもう無い。そしてそれは銀次や鉄平も同じだろう。そう考えたルナは深く息を吸って……ゆっくりと息を吐いた。


 突然、銀次の目の前にいるヴァンパイアの顔に刀が突き刺さる。それはルナが投げた銀の刀だった。


「銀次さん! それ使って!」


 そして鉄平の背中に自分の背中を押しつけて、お互いの方向を入れ替えた。


「はい?」


 一瞬の事に鉄平は何が起こったか分からない。ついでに鉄平のナイフを拝借したルナが背中を合わせる鉄平に呟く。


「鉄平は前、お願い」

「おい! ちょっと待て! ナイフ二本で無理だろ!」

「これしかないんだよ……いいから前!」


 そう言うとルナは後ろから追従してくる群れをナイフ二本で足止めする。

 銀次は自分の銃を鉄平に投げ渡して倒れているヴァンパイアからルナの刀を引き抜いた。そして腰に携えていた短刀を抜き……二本の刀を使って道を開けていく。


 銀次と鉄平は、ルナを残しヴァンパイアの群れを斬り裂き、撃ち抜き、突き進んでいく、そしてついに群れを抜けてハジメ達と合流した。


「銀次さん! ルナは?」

「まだ群れの中だ! コウタ! 早く銃を!」


 ハジメの問いに答えると、銀次はコウタから予備のサブマシンガンを受け取った。

 鉄平もまたマガジンを受け取ってリロードする。そしてルナを助ける為にもう一度群れに向き直った。


「耐えてくれよ、ルナ」


 どれくらい経っただろうか。外に広がっていたヴァンパイアの群れも小さくなってきた頃、鉄平の視界に白い髪が映る。両手をだらんと下げて俯き立つ華奢な背中。


「ルナ!」


 ルナの姿を捉えた鉄平は駆ける。数体のヴァンパイアが立ちはだかったがすべて両手の銃で撃ち殺した。


 鉄平が傍まで行くと、その有り様に言葉を失った。

 肩を上下させるルナの黒いロングコートは所々が引きちぎられ、右肩からは白い腕が出ていた。息は荒く、空気を白く濁しては消えていく。

 体にはいくつもの噛み跡と爪痕がつけられていて、白いシャツから真っ赤な傷痕が見える。

 それだけではない。左の太腿、腹の辺りも服を食いちぎられて白い肌が露わになっている。至るところから紅い血が流れていた。


 ルナの前には生き絶えたヴァンパイアが無数に転がっている。


「ルナ……こんなに……」


 鉄平の口からそれ以上言葉が出ない、代わりといわんばかりに目頭が熱くなりその茶色い瞳が揺れる。

 他の班員はまだ少し残ったヴァンパイアを殲滅しているが、銀次、ハジメ、コウタは次々とルナの傍に駆け寄った。そして銀次が声をかける。


「おい! 大丈夫か!」


 しばらく間が空いてからその問いの答えが返ってきた。


「……チョコバー……ある?」

「る、るなぁ」


 その言葉を発してからルナは力が抜けたように情けない声を出した鉄平の体に肩を預けた。そしてインカムから喚くサラの声にルナは首を傾ける。その様子を見ていた銀次が低い声を発した。


「このバカ娘が。無茶して死んだら笑い話にもならねぇぞ」


 そう言ってルナに肩を貸した銀次は気遣うようにゆっくりと歩き出した。


 そんな第Ⅶ班の様子を変電所の屋根の上から見下ろす人影が一つ。


「あれがそう……ゾクゾクしちゃう」


 そう言って見下ろす人影に見送られ、ルナ達の殲滅任務は終わった。

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