Disc.01 - tr.12『新入部員とパプリカとUR』

ふと、目を射貫くあかに窓の外を見る。

 気付けば既に日は傾き、下校を促すように6時の予鈴が流れ始めていた。

 もうそんな時間だったなんて――

 ふと窓辺に佇む響一郎に目を遣ると、彼は夕日を親の敵のように睨み付けていたが、何故かその眼は親に逸れた迷子のようにも見えた。


「――あら~~もう6時ね~~早いわ~~」

「そろそろ帰り支度に掛からないといけませんわね」

「そうだな。宴たけなわ、という感じで名残惜しいところではあるが」


 楽しい時間は過ぎ去るのが早い。

 そっか、楽しかったんだ、私――

 そう自覚して先程険しい顔をしていた響一郎を見ると、彼はさっきの表情が無かったかのようにニヤニヤ笑いを復活させ、いつの間に取り出したのか、今までとは別なカセットテープを手にしていた。


「先輩方」

「「「?」」」

 響一郎の呼びかけに片付けに掛かっていた先輩トリオが怪訝そうに振り返る。

「本日の締めに、こいつを聴いて終わりませんか?」

「それは…何ですの?」

「今までのと見た目は似ているが…また別なテープだな?」

「同じ透明だけど~~スモークがかっててシックな感じね~~」

「あ、ホントだ。ちょっと違う。MUSIC GEAR…みゅーじっく・ぎあ?」

「通称ミューギア。今まで聴いてたそこのテープ――URの上位機種だな。つっても20年ばかり前の代物だが」

「20年っ! 私より年上なの、それ!?」

「むしろこの部屋の備品で俺らより若い奴なんて無ぇよ」

「上位…と言っても、見た目が小洒落ている程度にしか見えませんけど」

「それは実際、聴いてからのお楽しみってことでw」


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「――ふわぁ」

 欠伸とも感嘆ともつかない声が漏れて、慌てて口を塞ぐ。幸い、隣を歩く響一郎は考え事でもしているのか気付かなかったようだ。

 その彼が先程睨み付けていた陽は水平線近くまで落ち、帰路に向かう二人の影を長く長く引き摺っている。

「ところでさ、雨音くん――」

「ん?」

「なんであんなに詳しいの、カセットのこととか。親の影響、みたいな?」

「いや、ありゃぁ全部、師匠の受け売りみたいなもんだ」

「師匠って――」

「今は居ない。居なくなった」

 短く答えた彼の顔は、まるで置いてけぼりを喰らった子供のような頼りなさがあった。

 真貴はそれ以上何も言えず、黙って歩きながら、先程の部室でのことを反芻していた。


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 本日何度目だろうか、こんな気分。

 さっきまでのURでも相当に衝撃的だったのに。

 まだ、上があるなんて。

 先輩トリオを見ると、同様に呆けたような表情で固まっている。

 とろんと焦点の定まらない眼をしどけなく彷徨わせるソニア。

 今にも立ち上がってアリアでも歌い出すんじゃ無いかといった体で両目をと見開き遙か彼方を凝視している真紅。

 平常運転と思いきや、細く開いた両目の奥は魂の抜けたように光が消えている日々希。

 要するに、皆さん逝っちゃってしまっている。

 その先輩トリオの状態異常を目の当たりにして逆に正気に戻った真貴は、響一郎ににじり寄る。

「……な、なに何ナニーっ!! これどうゆーことー!!」

「近い近い!!落ち着け落ち着け!!」

「だってだってだって!! さっきのも凄かったけど、今度のは、なんてゆーか!!」

 興奮のあまり語彙力が空っぽになっている。完全に正気という訳でもないようだ。


「……先程のテープとは、中身が全く別物、ということなのかしら?」

 真貴の大騒ぎに漸く正気付いたソニアが問う。

「別物ですね。URは本来は会議録音とかので、音楽用にも取り敢えず使えるという代物ですが、さっきも言ったようにミューギアはそれの上位機種で、グレードの製品です」

「それだけでこんなに違うものなの~~?」

「かてて加えて、こいつはこのデッキの基準テープとほぼ同じものですね。発売時期が10年近く後になりますが、性能差は然程さほど無かった筈です」

「……つまりは、これが」

「ええ。この本来の音、と言っても」

「つくづく奥が深いものだな……」

「何というか、兎に角、濃密なのですわ。特に中域から低域の重さ、腰の据わり……」

「そうね~~駄菓子のチョコとG○divaくらい違うかも~~」

「そんな高級なチョコ、食べたこと無いから喩えが解りません(´・ω・`)」

 ちょっと卑屈になる庶民な真貴。

「どうぞ~~」

 日々希がひょいと目の前に差し出したを思わず口にした真貴は全てを悟った。

ふぁふぁふぁりまふぃふぁ~わかりました~

 初体験のG○divaは、それはもう、甘くて濃密で……そうか、確かに感じの音だ!!

 てか、何でこの部室、普通にその辺にG○divaとかあるの!?

 新たな疑念に苛まれる真貴は、口中のG○divaが全て溶けるのを名残惜しく思いつつ、向かいで同様に口を動かしている響一郎に訊く。

「で、でもさっ、テープが違うだけでこんなに変わるものなのっ!?」

「カセットの素材なんざ、テープに限れば基本、鉄と酸素とコバルト少々、稀にクロムがあるくらいだ。その配合とか処理方法だけでも千変万化、仮に同じ材料を使っても塗布のやり方や表面処理ひとつで別物になるからな。それこそチョコレートも似たようなもんだろ」

「チョコに喩えるとしっくりくるわね~~」

「……これは、これはっ!! 是非とも研究せねばっ!!」だから眼が怖いです真紅先輩。

「と、取り敢えず、今後の活動目標が決まった、というこで宜しくて?」

「うむ」

「異議な~~し」

 いつの間にかそんなものまで決まってしまった。

「それじゃ~~」

「2人とも」

「宜しくお願いしますわね」

 揃って完爾にっこりと笑う3人。うわ破壊力パネっすパイセン方、と若干語彙力が怪しくなっている真貴がちらと隣の響一郎を見ると、彼は至極どーでも良さげに頷いてる。が、唇の端がほんの僅か上がっているのを彼女は見逃さなかった。どー見ても悪魔メフィストフェレスの嗤いにしか見えなかったのは、気のせいだと思いたいが――。


[Disc.01『新入部員とパプリカとUR』本編 完]


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【特報】


 時は21世紀、史上稀に見る未曾有の災害に見舞われたこの地球を陰から狙わんと蠢く悪の帝国――

 世界を蹂躙する猛威にすべての希望が潰えたかに思われたその時、敢然とそれに立ち向かわんと戦う者が現れた!!

 彼女らこそは地球最後の希望!! 今こそ較正こうせいせよ、キャリブレンジャー!!


 きゃりぶれ! Bonus Disc『劇場版 磁帯戦隊キャリブレンジャー! -出陣!!新たなる戦士-』 絶賛(?)公開中!!


 G.W.連続公開!! ……結局、本編Disc.2は間に合いませなんだorz

 

 大参謀オングーロ、ブラック、ピンクについては追って公開予定の本編Disc.2をお楽しみに!! (おぃ)


 ※磁帯;カセットテープの中国語表記

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