世界で一番美しい色

マドカ

世界で一番美しい色

僕の父は世界一高名なバイオリニスト。



だったらしい。



僕は父がバイオリンを弾いている姿を見たことがないのだ。



僕が産まれてすぐバイオリニストを辞めたらしい。



それはそれは色んな人が引き留めたらしい。



しかし父は頑なに引退を選んだ。



世界的バイオリニストの衝撃の引退は世界中でニュースになった。



だから僕は父のバイオリニストの顔を知らない。



しかも父は徹底して

音源、コンサート映像、巨匠と共演したDVDでさえ絶版にした。



そんな父に何があったのか。



僕は幼い頃一度聞いてみた。



「おとうさんはなんでばいおりんやめたの?」



父は複雑な表情を浮かべこう言った。



「……………んー、お前にもいつか分かる日が必ず来るさ」



*********



ある日、父の旧友であるバイオリニストが家に押し掛けてきた。



押し掛けてきた、というのは

父が音楽関係の交遊を全て絶っていたからだ。



そのおじさんはどうやって来たか

わからないが家に押し掛けてきた。



「あなた程のバイオリニストが!!! なぜ!?!? 世界の損失だっ!!!」



父は何も答えない。



僕は見知らぬおじさんの怒声に怯えていた。



察知したのか父が自分の部屋におじさんを連れていった。



聞こえてくるひそひそ話。



数時間後、おじさんは泣きながら残念そうに父の部屋から出てきた。



「……君に、これをあげる。 これは子供でも弾けるバイオリン。 弾いてみて楽しかったら続けてごらん。 つまらなかったら捨ててもいいよ。

じゃあ、もうおじさんはここに来ないけど、君とはまたいつか会えるといいな。」



そうして僕はバイオリンを手に入れた。



子供心に茶色で光沢のあるボディ。

綺麗なフォルム。

音が鳴る弦に。

心が踊った。



その日から僕はバイオリンの虜だ。



僕は世界一のバイオリニストの息子!

お父さんが嫌になってバイオリンを辞めたなら僕が跡をつぐ!!!!



そう決意した。



********



生まれつき僕には音が「色」に「視える」。



母が朝食を作る時に奏でる、包丁とまな板の音は黄色が踊っているように視える。



春の穏やかな風の音はうす緑色。



梅雨の雨はどんよりとした灰色。



秋の木々の囁きは藍色。



冬の雪は透き通った銀色。



僕には音が「色」に「視える」。



初めて弾けるようになった曲。

モーツァルトの「きらきら星」。



金色と水色が踊る踊る踊る。



僕はバイオリンに首ったけだった。

練習すればするほど視たことがない色が視える。



僕は小学三年生にして

奏法を全て習得した。

スラー、スタカート、セミレガート、ポンティセロ、トレモロ、、、、



ニュースで取り上げられ神童ともてはやされた。



父は「やるじゃん、なかなか頑張ってるな」。



と誉めてくれた。

でも少し悲しい色の声。

なぜ??




********



僕が20歳になる頃には

世界的な賞は全て手に入れた。



僕にとって綺麗な色を奏でる奏でる奏でる。



観客のスタンディングオーベーション。



与えられるトロフィー、賞状。



全て当たり前に貰っていた。



僕はバイオリンの虜。



バイオリンさえあれば何も要らない。



だってこんなに綺麗な色を奏でられる。



毎日12時間以上は弾いていた。



もっと美しい色を!!



もっともっと彩り豊かな色を!!



完璧な色を!!!!



海外へ渡り、あらゆる有名な巨匠達とも共演した。



「世界的バイオリニストの息子、父を超える」



こう報道されるのに時間はかからなかった。



けれど



父は相変わらず嬉しそうだったが、同時に悲しそうだった。

上手く説明出来ないが色で分かるのだ。



僕は不快だった。



なぜなぜなぜ!!??

僕はあなたを超えた!

それに嫉妬しているのか?

バイオリンを途中で放棄した負け犬め!



僕は当時父が嫌いだった。



そして父がバイオリンを辞めた理由を知ることになる。



******



僕はピアニストと結婚した。



彼女の音は美しい色。



バイオリンとはまた違う美しい色。



「バイオリンの天才がピアノの天才と電撃結婚」



当たり前に報道された。



そして彼女が妊娠した。



僕は父とは違う。



産まれてくる子供にバイオリンを。



そして僕が手取り足取り教えるのだ。



期待に胸が熱くなる。



そうだ、子供の為の練習曲も作ろう。



僕はもう夢中だった。



そして運命の日がやってくる。



*******



僕はバイオリンを辞めた。



そして父と同じように音楽、コンサート映像、巨匠と共演したコンサート、貰った数百のトロフィー、賞状全てを捨てた。



僕の子供が産まれた日。



僕の子供が産まれた時。







「♪おぎゃあおぎゃあ♪おぎゃあ♪」




僕はこんなに美しい色を




初めて




視た。




虹色、、、まるで虹色、、、

この世界のどんな色よりも美しい色。



子供の鳴き声が音に変わり、色に変わる。




僕は




こんなに美しい色を




バイオリンで




表現




出来ない。。。。



********



「父さん、父さんがバイオリンを辞めた理由ってまさか、、、?」



「…………そうだ。 お前が産まれて産声をあげた日。 忘れもしないあの旋律、あの衝撃。 俺はあんなに美しい音楽は演奏出来ない。 そう悟ったんだ。」



目が熱くなる。

温かい涙がボロボロと落ちる。



「父さん、、、父さん、、、僕は調子に乗ってバカだった。 自分が出すバイオリンの音色が、色彩がこの世で一番だと思っていたよ」




「だから言っただろ?」






「お前にもいつか分かる日が必ず来るさってな。」




世界で一番美しい色は



僕が渇望していた色は



生命が産声をあげた



美しい虹色だった。




********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界で一番美しい色 マドカ @madoka_vo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ