21 決着
若は思わぬ援軍の登場に驚きつつも、嬉しそうな声を上げる。
彼は司令官として自分の周りにいる新しい戦闘員に感謝の言葉を述べた。
「おまえら、ほんとにありがとうな。応援に来てくれて、マジで助かったぜ! ……あれ? っていうか、お前らどこのシマの奴らだ? 猫集会でも全然見たことのない顔ばっかりだが?」
見知らぬ猫たちは、若の姿に怯えたり困ったりしているようで、返答をよこさない。
そこに、猫の波をかき分けて見覚えのある顔が姿を現した。
「若さ~ん! 助太刀に来たッスよ!」
「お前! ムギじゃないか!」
「はい! 俺たち、虎徹の兄貴の仇討ちに来たッス! ハカセさんも一緒です! 東部連合軍って、カッコいい名前まで付けてもらいました!」
「おお、戻って来たかハカ……ハカセ!? 一体どうしたんだ!? 全身傷だらけじゃないか!」
なぜが全身がボロボロになって、片耳の先が裂けた状態のハカセを見て、仲間たちは目を丸くした。
おそらく、猫と殴り合いのケンカをした結果だろう。
命に関わるようなひどい怪我ではないが、普段から争いごとに縁がないハカセにしては珍しい姿だった。
「虐められたのか? 一体どいつにやられた?」
そう尋ねたたんぽぽの目は完全に据わっていた。
彼は温厚な平和主義者だが、仲間や庇護対象と定めた相手に危害を加えられることには、全くもって我慢ならない性格をしている。
今にも戦場を放り出して報復に行きそうな姿を見て、ハカセは苦笑した。
そして、爪に引っかかっている誰かの白い毛をヒラヒラさせながら答える。
「いいえ、ご心配なく。自分も本気でやり返していますので。お互い傷だらけになりましたし、これでおあいこかと」
「なぁ、いったい誰とやり合ったんだ?」
若が尋ねると、ハカセはどことなく清々しい顔で答えた。
「ソンチョーと、ちょっとね。いや、最後にダメもとで頼みに行ったんですけど、ケンカをふっかけられまして。防戦しつつ、何とか説得しなきゃと思って。必死だったので良く覚えてないんですけど、大声で騒いでいたので、野良猫だけでなく周囲の飼い猫たちが集まってきたようで」
なぜだか分からないが、ムギはハカセのことを心底尊敬するようになったらしい。
彼はヒーローを見るようなキラキラとした目をして言った。
「聞いてくださいよ~。ハカセさん、ソンチョー達の一味に怯えて引きこもっていた飼い猫たちを、戦場に引っ張り出してきたんッスすよ! マジですごかったッス! 鳥肌立ちましたもん! まさに名演説! これだけの仲間をかき集めて来るなんて、マジでヤバくないっすか?」
「いっこうに話がつかめないんだが。どうしてこんなことに?」
と若が尋ねると、ムギはまるで自分の事のように誇らしげな顔でフンスフンスと鼻を鳴らして答えた。
「ソンチョーの野郎にどんだけ殴られても、必死で食らいついて説得を続けたんッスよ。頑張っているハカセさんの姿を見て、東部の猫たちの気持ちが変わっていったみたいで。もちろん、最初のうちは、全然そんな雰囲気じゃなかったんスよ。ケンカを見に来た野次馬とか、怖いもの見たさで冷やかしに来た奴ばっかだったんスけど。なにせ、ハカセさん、一方的にボコられているような状態だったし。でも……」
「ソンチョー達から猛攻を受けつつ、何やら必死で説得しようとするハカセさんを見て。ただ事じゃない雰囲気というか。とにかく、気迫がすごかったんス!」
ムギは興奮した様子で説明する。
「正直、俺たち東部の飼い猫は、外に出ることにうんざりしてて。ソンチョーに見つかったらボコられるし。猫集会をやったことがなくて、情報も入って来ない。だから家の外の話ってなると、どこか他人事っぽい感じになるんスよね。でも、ハカセさんの話を聞いているうちに、初めて事情を知ったみんなも、だんだんとマジな顔になってきて。これは他人事じゃない、一大事だ。このまま家でぬくぬくしていたら、家族が全員化け物にやられちまう。そんな空気に変わっていったんッスよ」
「あー。確かにアイツ、そういうのを分かりやすく伝えるの、他の奴より上手いもんな」
若の言葉に頷くムギ。
「はい。それで、いつの間にか周囲がハカセさんの仲間だらけになってたという訳で。俺たちも一緒に戦いたい。そう思った奴らが自然と集まってきて。前線にいるボスの所に戻るっていうハカセさんの後をゾロゾロついて来たってわけッス」
「なるほど。確かに、奴らの侵略はこの島の全ての猫に関わる一大事だからな」
「まぁ、島の危機ってのもありますけど、死んだ猫が誰だったのかを知って、仇を討ちたいって言いだす奴も多かったみたいで。虎徹さんに危ないところを助けられたことがある奴が、たくさんいて。いやー、それにしても、あれだけの大群を引き込んだって言うのに、ハカセさん本人がめっちゃビビッてキョドってて面白かったッス。でも、そんなことより何より――」
「おい、そこのお前ら! 仲良くピーチクおしゃべりしてないで身体を動かせ! そこのメガネ野郎もだ! あんだけ大口叩いておいて、奴らとの抗争に負けたら承知しねぇぞ!」
と、ドスの利いた声でどやしつけてきたのは、意外なことに噂のソンチョーだった。
全身がボロボロに汚れていて、よく見るとそこかしこにひっかき傷がついている。
低い位置に浅い傷しかつけられていない所を見るに、おそらく、運動音痴なハカセと殴り合いのケンカになってついた傷と思われた。
若たちは新しい持ち場に散りながら、小声で話し合う。
「なんだぁ? 奴さん、めちゃくちゃヤル気じゃねぇか。そりゃ、港の見張りとして少し役に立ってくれたらラッキー、程度には思っていたけどよ。あの臆病者が何でまた、こんな前線に出張って来たんだ?」
ムギは肩をすくめた。
「さぁ。ただ、ハカセさんの話を聞いている途中で、唐突に攻撃するのをやめたんッスよね。しかも打って変わったように、俺もお前について行く、とか言い出すし。何を思ってそうなったのか、良く分かんねぇッス。近くで見聞きしていたけど、俺にはさっぱり」
ハカセは感慨深そうに言う。
「おそらく、彼にもこの島に何か守りたいものがあったんじゃないかと。家族との大事な思い出とか、そういうものが。誰かの名前を呟いていたので、多分。詳しい事情は分からないですけど」
敵の援軍が上陸して来たのを見て、若がシャキッと背を伸ばす。
「さぁ、お前らもうひと踏ん張りだ! おかわりが来たぜ!」
仲間を得て勢いづいた猫たちは、若の激励に応じて元気よく雄たけびを上げる。
「作戦どおり、まずは敵の親玉を……」
号令を飛ばそうとした若は、目を丸くしてただ一点を見つめていた。
そして、突如ブチ切れた様子で唸り声を上げた。
「お前ら! 敵の指揮官を見ろ! あいつが虎徹を殺した犯人だ!」
若の指摘で、猫たちは、殺気だって一斉にどよめいた。
「おい! あの魚面、体中に猫にやられたひっかき傷があるぞ!」
「あれはたった今ついた傷じゃねぇ!」
「あいつだ! あいつが例の猫殺しだ!」
「殺せ! 絶対に生きて返すな!」
仲間の仇を見つけた猫の軍団から、殺せ!殺せ!という、物騒な怒声が戦場に響き渡る。
その時。
色めきだつ猫たちの足元を、小さな毛玉が風のように駆けて行った。
先陣を切って、敵前に飛び出したのは。
見覚えのある茶トラ柄。
「兄ちゃんの仇!」
子猫の虎丸だった。
向かってくるのを見た敵が、敵意に満ちた目で槍を構える。
無防備に飛びかかろうとする子猫に向かって。
「ダメだ!」
たんぽぽが、必死の形相で虎丸の後を追いかけて行く。
一歩遅れて駆け付けた、若の目の前で。
グサリという嫌な音ともに、赤いしぶきと鉄の臭いが広がった。
虎丸をかばったたんぽぽが、串刺しになっている。
「おい、うそだろ……?」
その呟きを否定するように、グッタリと力をなくした猫の手足がブラブラと宙に揺れていた。
「――ッ! たんぽぽぉ~ッ!」
と若が叫んだ瞬間。
戦場の猫たちは、天上からまばゆい光が降り注いでくるように感じた。
敵軍の動きが、不思議と止まっているように見える。
そして、威厳に満ちた女性の声が天から降りて来た。
どことなく懐かしく、それでいて厳格で恐ろしくも感じられる力強い声。
“ あの日、虎徹という猫は深きものの槍により倒されました。
この世に送り出すときに、私がお前たちに与えている余分な命のいくつか。
その全てを他の猫を救うために使い果たして。
彼の者は立派に役割を終えて、私の元へと戻ってきたのです。
だが、たんぽぽよ、お前にはまだ私の与えた命がまだ2つも残っているはず。
お前が永遠の眠りを得るにはまだ早い。
さぁ、立ち上がるのです! 私の愛する勇敢な戦士よ! ”
猫たちは指一本動かすことができず、ただ目を見開いてその光景を見ていた。
まるで逆再生されるように、ほんの少しだけ世界が巻き戻り。
あの槍が“命中しなかった”という未来に書き換えられていく。
まばゆい光の中、傷が消えたたんぽぽはパチリと目を開いた。
その光景を目の当たりにした猫たちは悟る。
バステトの神威が、通常ではあり得ない奇跡を起こしたということを。
それはおそらくほんの一瞬の出来事で。何事もなかったように戦場は動き出す。
たった今、猫が死んだという事実をなかったことにして。
今回のたんぽぽは、敵前に闇雲に飛び出すことはなかった。
虎丸から注意をそらすように、大きく恐ろしい威嚇の声を上げる。
釣られた敵は、反射的にターゲットを子猫からたんぽぽへと変えた。
たんぽぽはその槍を巧みに交わす。そして、深きものの足に食らいつき、動きを封じこんだ。
その直後、奮闘する巨体の陰から一匹の猫が猛然と飛びかかっていった。
「死ねぇぇぇッ~!」
死角から飛び出してきた若の鋭い爪の一撃が、敵の腹を大きく引き裂いた。
他の猫たちも興奮した様子で参戦し、敵軍を次々と蹴散らしていく。
「バステト神のご加護じゃ~!」
「あの大きな猫に後れを取るな!」
「猫の敵を、バステト神の敵を倒せ~!」
勢いの付いた猫の軍勢は留まるところを知らず。
次々と襲ってくる敵を押し返し、猫たちの圧勝のまま勝敗は決まった。
そして、うっすらと朝日が昇り始める頃には、海岸線は魚面の化け物たちの死体だらけになっていたのだった。
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