6 一路、東海岸へ

「ええっ! そんな! 危ないじゃないですか!」


 ハカセは信じられない、という顔でムギを見ている。


 対するムギは、ちょっと得意げな顔で答えた。


「いや、俺、ケンカはそこまででも、足が速くて高い所に登るのが早いし、隠れるのもめっちゃ得意なんッスよ。だがら、いつもはおちょくり倒して適当に撒いてるんッス。ただ、さっきは普段より数が多くて、振り切るのに苦心していたんで。割って入ってくれてマジで助かりました。ほんと、この御恩は一生忘れねぇッス」


 若は呆れかえった顔でハカセを見ている。


「いや、お前、ツッコむポイントはそこじゃねーだろ。そいつ、あの虎徹の知り合いなんじゃねぇか?」


 若に指摘され、仲間たちはハッとした顔をした。


「え? え? 虎徹って、もしかしてあの駐在さんの所の?」


 びっくりするマグロを見て、ムギもびっくりしている。


「もしかして、兄貴たちも虎徹さんの知り合いなんッスか?」


「正確に言うと、その弟の虎丸の知り合いだな。虎徹って奴は、俺が初めて出会った時にはもうおっ死んでいたからな。俺たちの縄張りにある西の方の浜辺にそいつの死体が打ち上げられた。死因は全身の外傷で、どうやら何者かに殺されたらしい。俺たちは、その下手人を探している」


 若の言葉を聞いたムギは、目を丸くしてヨロヨロと後ずさった。動揺し、全身の毛を逆立てて叫ぶ。


「う、うそだ! そんな……だって! あんなに強い虎徹さんが、そう簡単にやられるわけないッス! そ、そうだ、きっと何かの間違いに決まってる!」


 若は嘆息して首を横に振った。


「弟の虎丸が死体をしっかり検分して、本人で間違いないと言っていた。残念だが……」


「そんな……。ああ、なんてことだ……」


 ゆらりと立ち上がったムギの目は、ギラギラと怒りに燃えていた。


「誰が……誰がやったんスか? 絶対許さねぇ!」


「それを今、調べているところだ。弟の虎丸はこの島の町長が犯人に違いないと言っていた。しかし、死体には恐ろしいほど大きな鈎爪で引っ掻いたような傷が無数についている。あれを人間がやったとすると、明らかに辻褄が合わない」


 ムギは若に頭を下げて頼み込んだ。


「自分もその調査に協力したいッス! 虎徹さんは俺にとっての命の恩人なんです! 昔ヘマをやって、絶体絶命って時に助けてくれて。俺まだ、その時の恩を返せてないままで。どうか、どうかお願いします!」


「いいのか? 西部のヤシチの部下とつるんでたなんて知られたら、ソンチョーたちが黙ってないぞ?」


 ムギはキッと顔を上げて言い切った。


「あいつらみたいな卑怯者、ぜんぜん怖くないッス!」


「よし、よく言った! じゃあまず、聞き込みに協力してもらおうか」


 若はこれまでの経緯をざっと説明し、4日前の夜に町長の姿を見かけなかったかと尋ねた。


「いや、見てないッスね。それと、このあたりの飼い猫で外を出歩いているのは、虎徹さんか俺くらいしかいねーはずです。毎日パトロールしてるから、間違いないかと」


「ソンチョーの仲間以外で、目撃証言が得られそうな奴は?」


 ムギはきっぱりと首を横に振った。


「このあたりの野良猫は、全員ソンチョーの家来ッス。食べ物をぶん取るにしても、もともとエサ場にあぶれた連中ばかり。一匹一匹は弱いんで、群れないと何もできねぇんッス」


 たんぽぽは不思議そうな顔をした。


「でも、なんで首輪をつけてるだけで襲ってくるんだろう?」


「あの野郎、人間から食べ物をたっぷりもらえる奴らに嫉妬してるんッス。小型犬も襲ったりするんで、この辺の人間は猫を家に閉じ込めて暮らしてます」


 若は渋い顔をした。


「それじゃ、ここらの飼い猫に聞き込みをしても意味がなさそうだな。ソンチョーたちは、条件によっては聞き込みに協力してくれそうか? たとえば、食料をたんまり分けてやるとか」


「うーん。おそらく難しいかと。被害者が虎徹さんとあのひな子さんってのがネックなんだよなぁ……」


「え? もしかして、その2人、ソンチョーたちと仲が悪かったの?」


 とマグロが首をかしげると、ムギはその言葉に頷いた。


「虎徹さんはソンチョーたちを蹴散らして、力ずくで弱いものいじめを止めさせていたから、敵対関係でしたし。それに、ひな子さんは北のクロネコ団びいきで、食べ物を定期的に運んでいたから……。目の前で困っている自分達は助けてくれないのに、あいつらばっかりズルい、と。ソンチョーは、あの人間をひどく恨んでいるようでした」


 若はう~んと唸った。


 やはり、東部の猫たちの力は借りられそうにないようだ。


「そうか、良く分かった。じゃあ、これが最後の質問だが、お前は町長の家がどこにあるか知っているか? どうやら東部にあるらしいってことしか知らなくてな」


「いえ、そこまで詳しくは……。張り切っておいて、あまりお力になれなくて面目ないッス。……あ。そうだ!」


 ムギは何か思い付いたようだった。


「こっからずっと東に行くと、海浜公園があります。その南の岬にはでっかい灯台があって、その近くに海の家があるって話です。そこがソンチョーの息子の一人、ブッチっていうボス猫の根城だとか。ちょっと粗っぽい奴ですが、男気のある正義漢だと聞いてます。東部で生まれ育ったブッチなら、きっと町長の家の事も知っているかと」


「ふーん。そいつは親父よりは話が通じそうか?」


「はい、ブッチの旦那は、父親のことを毛嫌いしてるってもっぱらの噂なんで。話の持っていき方によっては、協力してくれるかもッス! 聞いた話だと、跡目を継ぐのを拒否して東海岸の海の家に拠点を構えたとか。ソンチョーの方針についていけない野良猫たちも、離反してみんなブッチに付きましたし。もともと東部の住宅街で暮らしていた野良猫たちの集まりだから、この辺の地理に詳しいかと」


 ハカセは不安そうな顔でくちごもった。


「でもそいつ、怖い奴なんじゃ……」


 マグロはシャキーンと背筋を伸ばして自信満々な顔をする。


「まぁ、さっきのソンチョーみたいにいきなりケンカ売ってくるのと比べたら、ずっとマシでしょ? 悪い奴じゃないみたいだし、話せばわかるって。交渉ならボクに任せて!」


 ハカセは半信半疑といった感じで顔をひきつらせた。


「だ、大丈夫かなぁ?」


 とはいえ、他に打開策もなさそうなので、一同はムギの案内で東海岸にある海の家へと向かった。


 ここは若たちの縄張りから最も遠い場所だ。


 まぁ、遠いと言っても猫島は非常に小さな島なので、近道をまっすぐ歩いて行けば、そんなに時間はかからないのだが。


 一行はムギの案内で住宅街を突っ切り、海岸へたどり着いた。そのまま海浜公園に降りる階段を進もうとした時。


 ドスの利いた声が飛んできた。


「止まれ、検問だ」


「お前らソンチョーの縄張りから来たみたいだが、まさかあいつらの仲間じゃねぇだろうなぁ?」


 いつの間にか複数の猫に囲まれていた。見た感じ、ボスと言うより下っ端のチンピラと言った風体か。


 ただし、痩せて小柄とはいえ、ソンチョーやその仲間と比べるといくらか強そうに見えた。


 チンピラたちは、若たちの匂いを嗅ぎながら、ハイエナのように周りをグルグルと回っている。


 ビクビクするハカセとは対照的に、若は落ち着き払って答えた。


「いいや、違うね。俺たちは西のヤシチの親分の部下だ。一応それなりの数の舎弟がいて、ボスからは幹部として目をかけてもらっている。唐突で悪いが、ここの頭のブッチに会わせてもらえないか?」


「あ? なんで他所モンがこんな辺鄙な場所まで出てくんだよ? 討ち入りか?」


 若は笑った。


「ばーか、はやるなよ。俺は別にケンカを売りに来たわけじゃない。ソンチョーと敵対していた茶トラの虎徹っていう猫のことで、調べ物に来たんだ。そいつの弟と、ちょっとした知り合いでね。東部の飼い猫で虎徹っ奴を殺した下手人を探すために、色々と聞き込みをして回っているって寸法だ」


 若は横目でチラリとムギを見やった。


「で、ここまで俺たちを案内してくれたこの猫は、ソンチョーの縄張り内に住んでいる飼い猫のムギだ。飼い猫といっても、多勢に無勢でしかけてくる卑怯者のソンチョー相手に一匹で立ち向かっていたくらいだし、なかなか骨のある奴のようだぜ」


 暗に全員がソンチョーの敵であるとほのめかすと、相手の態度が一気に軟化した。


「む。それなら、歓迎せざるを得ないな。ちょっとここで待ってろ。ブッチの旦那に話を通してくる」


 しばらくして、ボスにお伺いを立てに行った猫たちが戻って来た。


「ついてこい。ブッチの旦那に会わせてやる」


「助かる」


「なぁに、こういう時はお互いさまよ。俺たちもな、あの虎徹の奴の死には心を痛めていたんだ。ブッチの旦那にとっては付き合いの長い旧友だそうだが、あいつが人間の家で暮らしていたせいで、町を出るときに袂を分けることになったと聞いている。あいつを殺った下手人が誰かは、俺たちも関心を持っているところだ。ブッチの旦那も、お前たちの話をぜひ聞きたいと言っている」


 マグロはちょっと拗ねている様子だ。自分が口を出す前に、ものごとが万事解決したのが気に食わないらしい。


「ほら、いくよマグロ」


「ちょっと! 首根っこをくわえて持って行こうとしないでくれる?」


 こうして一行は、ボス猫のブッチの根城に足を踏み入れたのだった。

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